5 知らないあなた
少女と少年の邂逅はそれからも続いた。
朝、目を覚ますと鍛錬に向かっていた少年の一日は少女に挨拶をするところから始まるようになり。生活用品を買い足すだけの週に一度の外出では、すぐに寄宿舎に戻らず食料を腕に抱えたまま露店を巡るようになった。
何が好きかも知らない。
けれど毎日、毎日。文机の上に置いた、紙と筆。数冊の本のページを繰り続ける少女の姿に何も思わないほど情が湧かないわけではなかった。
もっと見た目が煌びやかな花や簪。そういった物の方が良かっただろうか。
美しい挿絵に心惹かれ購入したは良いものの、年季の入った表紙の本を抱え、少女の部屋を前に少年は逡巡していた。
だが、そんな少年の悩みをよそに少女は目を輝かせる。
時の流れと共に絹糸が輝く手毬や、千代紙で折った鶴。
少しずつ無機質だった少女の部屋に彩りが添えられていく。
毎週、毎週何かしらの物が増えるから、「もう隠しきれないね」と少女は微笑んだ。
嬉しかった、それだけのことが。
独りぼっちの神様と、孤独な少年。
そんな時間がいつからか、彼らの心の拠り所になっていた。
彼らが心を通わすようになるのに、さほど時間は必要としなかった。
けれど。
少女は今、少年の目の前でどこか遠い場所を見つめている。
その視界を捉えるは、春爛漫の桜色。
季節外れに咲いた花びらの隙間からは、澄み渡った空が覗く。
少女は少年が持ち帰った『桜』を見るなり目を大きく見開くと、寂しそうにそれをじっと見つめていた。
「…見に行けなかったね」
花瓶を取りに戻っていた少年の存在には気づかないまま、こんな言葉を口にする。
――誰に
それは誰に向けた言葉なんだろう。
見たこともないほど切なげに歪められた横顔を見て、少年は思う。
近づいているはずなのに、どんどんと遠ざかる。
隣にいるはずなのに。遥か先に見える背中。
――あなたはそこで笑っている
己の知らない誰かと。
胸を刺す、疎外感にも似た感情。
分かっていた。
少年と少女の間には、超えることのできない明確な壁がある。
――そんな顔をさせてくれるな
どこの誰かも知らない人間に向けて思う。
共に過ごす日々を重ねる度、より顕著になっていく想いを持て余しながら、少年は少女の横顔を見つめていた。




