1 姉弟
春光が空より降り注いでいる。
「カイ、見える?」
水面を割るようにして進む渡船。
どこか遠くの小さな島を目指して進んでいくそれをじっと見つめていた少年は、隣からかけられた声に顔を上げた。
「貴方の名前はね、この海を見て父上と母上が付けてくださったのよ」
そう言って目を細めて笑う人は姉だった。
同年代の女性たちよりも母性に溢れた表情は、少年の姉というよりも母のように見えなくもないが無理もない。
歳の離れた姉弟。両親は事故にて他界。
幼くして父を、母を失った少年は両親よりも姉に育てられた時間の方が長い。
「あなたが生まれた時ね、数日と荒れ果てていた海が急に凪いだの。だから父上も母上も、この子には海の神様の祝福があるんだって」
そうして自分は名付けられたのだと、懐かしそうに姉は言った。
「…お姉ちゃんが守るからね」
優しい人だった。
両親がいなくなったと同時に失った日常。
後ろ盾のない姉弟への世間の風当たりは冷たく。
「お前だけであれば引き取ってやっても良いぞ」
そんな親戚の言葉を一蹴して姉は弟の手を掴んだ。
しかし生まれた時代は、瘤付きの女が一人で生きていけるほど寛容ではない。
幸せになって欲しかった。
父にも母にも、自分にも。己の運命にすら、恨み言一ついわず。
真っすぐに生きようとするこの人に。
「カイ!待って!」
幸せになるべき人だと思った。
人間の悪意にばかり巻き込まれるんじゃなくて。
陽だまりのような世界で生きていて欲しいと。
『…お前には才能があるな。戦いの才だ』
『お前の人生を売り渡せ。ならば姉の未来くらい守ってやる』
「…お家のためです、姉上」
「…でも!」
世界でたった一つ、その人だけが幸せになってくれればそれで良かった。
…それだけで良かったのに。
なのに、どうして。
【この世界はそんなちっぽけな願いすら、叶えてくれないのだろう】




