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死神のとどけびと  作者: 花
4章 『青薔薇の円舞曲』
32/46

2 おもちゃ

 アンジェリカ・ベルシュタイン。

 その名を聞いた人間は皆、口を揃えてこう言った。


 ――ああ、ベルシュタイン家の『お姫様』のことかと


 夜会に出ればひとたび、紳士たちの視線を掻っ攫い。

 人より優れた容姿を持つと自負するお嬢様たちを、その美貌で殴りつける。

 同じ生き物の瞳とは思えないほど、透き通ったアクアマリン。

 真珠を閉じ込め編み直したような曲線を描いた髪色は、豊満な体に沿って波打ち。

 どんな高価な宝石ですら、彼女の傍にいれば主役になることは叶わない。


 そして。

 本人の持つ、圧倒的なオーラ。

 我儘放題のくせして、人を引き付けて離さないその性格。


「下がりなさい。狐も狸も」


 触れた人間を狂わせる。

 毒花のような存在。 

 真似しようとしてできるものではない。


 それがアンジェリカ・ベルシュタインという人物だった。


 だがそんな彼女すら。

 出会ってしまったのだ。


「お前、そこで何をしているの?」 


 綺麗とは言い難い相貌に、血濡れた服。

「お前に言っているのよ、答えなさい」

 中庭で腹を押さえ身を隠すようにして塀にもたれかかっていた男。


「わたくしの言う事を無視するなんて、お前良い度胸してるのね」


 アンジェリカの姿を見て邪な視線を送らないどころか、反応すらしない。

 何なら殺気にすら近い眼差しを注いでくる。

 礼儀もない。


 初めてだった。

 そんなことをされたのは。

 だからだろうか。

 興味を持った。


「医者を呼びなさい」


 下々の者などお前にとって取るに足らない存在だと、そう父には教えられてきた。

 普段のアンジェリカであればいくら男が血を流していたとしても、その場に捨て置いたはずだ。

 けれど助けた。

 思い返せばこの時、既に歯車は回り始めていたのだろう。


 全てが偶然という名の、『運命』だった。


「お前、どこから来たの?」

「お前、何なら食べるのよ」

「お前、いい加減名前を教えなさい」


 男を屋敷の一室へと運び込むように指示したアンジェリカは、その日より初めて飼った犬か猫の如く男を構い倒していた。

 これまで生きてきて父以外に、アンジェリカの言う事を聞かない人間はいない。

 けれども目の前の男は相も変わらずアンジェリカの言葉に返事をしないどころか、わざわざ作ってやった粥すら食べない始末。


 正直、意地になっていた。


「お嬢様。あれは…お嬢様がわざわざ気に掛けるようなものでは…」

「うるさいわよ、わたくしのやることに何か文句でもあって?」

「…」


 怪我をしているから、優しくしてやりたいとかじゃなくて。

 ただ自分を無視するこの男の存在が腹立たしい。

 何とか言う事を聞かせてやりたい。


 生まれて初めて出会った、自分の思い通りにならないもの。

 アンジェリカにとって、その男の存在は。

 人形のように動かず、喋らない男は。


 ―おもちゃ?


 少なくともまだ恋ではなかった。


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