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死神のとどけびと  作者: 花
4章 『青薔薇の円舞曲』
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1 嘘つき少女

 霧雨が世界を白に染めていた。


 ぬかるんだ大地に、纏わりついてくる雨土の匂い。

 進んでも景色を変えない古木たちは迷い歩く人々の心に不安を生じさせ。

 数メートル先の景色すら覆い隠す視界。


「ねえ、足が痛いわ」

 そんな場所には今、場違いにもほどがある幼く甘い声が響き渡っていた。


 苔の生えた木々を何とか跨いだ小さな足が履いているのは、白い靴下に赤い靴。

 手入れの行き届いた柔らかなブロンドは、湿気であちらこちらへふわふわと遊び。

 太陽など知らないとでもいうような真っ白な手は、生まれて初めて触れる泥にまみれて汚れている。


 誰の目から見ても世界を知らない『箱入り娘の少女。』

 一見するとその可憐な姿に全てを許されてしまいそうな…天使のような風貌をしているが。

 だが、騙されてはいけない。


「聞いているの?犬。わたくしをその背に乗せなさい」


 自身より一回り程小さなサイズの犬に悪魔のようなことを要求する少女の名を、リリィ・ベルシュタインと言う。


 少女と相対するは、少女の纏う雰囲気に気圧されながらも、健気に立ち向かっている犬こと『レオ。』

 そして。

 そんなふたりに巻き込まれないように、背後で一人気配を消していた黒髪の女こと『ミツキ』は、目の前で繰り広げられるやりとりに小さくため息を吐いた。


 入れば二度と戻ってこられないと噂される禁足地で、野営中のふたり組の前に、突如として現れた少女はこう言ったのだ。


 自分は今、家族と喧嘩をし、家出をしている真っ最中なのだと。

 そうして歩いているうちに、たどり着いた山の中。気がついた時には、四方八方を濃霧に囲われ困っていたのだと。


「だからお前たち、わたくしを助けなさい」

「えぇ…」


 全ての出会いに、大した理由があるわけでもない。



「ねえ、ミツキ。お前、恋をしたことはある?」

「何ですか?いきなり」


 出会った頃よりわがまま放題のお嬢様だったが、他者に決定的な拒絶を与えない辺り、天賦の才ともいえる厄介な魅力を兼ね備えていると言えた。

 犬と争いを続けること数分。

「もう歩けないわ」

 ようやく諦めたのか、これ以上は不毛だと思ったのか。

 言葉の矛先を変えた少女が次に話しかけたのは、後方にて佇むもう一人の同行者だった。


 特等席を確保するなり好き勝手喋り、歌い。最後は夢の世界へと旅立っていた少女だったがそんな呟きと共に目を覚ましたのは、女の背にて小一時間ほど眠った後のことだった。


「わたくしはあるわよ」

 問いかけておきながら、答えは特段求めていないらしい。

 大きく欠伸をした少女は女の背から飛び降りると、

「クイック、クイック、スロー」

 呟きながら、その場で華麗なステップを決めてみせる。


「こうしてね、月下のもと…彼と一緒に踊ったの」


 閉じられた瞼。

 高揚した頬。

 洗練された動きには、見る者全てを虜にする魅力が詰まっている。


「彼はね、わたくしよりもずっと大きくて」


 その人のことを思い浮かべる彼女の表情は、心底幸せそうで。

 本当に幸せそうで。

 きっとこの場にいたのが黒髪の…世界で唯一の『魂を還す』という役割を持った女でなかったとしても、違和感くらいは覚えていたはずだ。

 これは本当に子供なのか、と。


「ぎこちなく手を握り返してくれて」


 時折漏れる息遣いからは、色香ともいえる大人のそれすら感じられる。

「その人に会うためにも、家に帰らなくて良いんですか?」

「屋敷にはいないわ、彼はお父様に追い出されてしまったんだもの」

「それが喧嘩の原因ですか?」

「ええ、だってお父様ったらわたくしの話をまったく聞いてくれないんだもの」

「それでその人に会うために、こんな森の中へ?」

「そうよ」



「だから、その子の体を()()()んですか?」



「そうよ。じゃないと会って、名前で呼んで、抱きしめてもらえないじゃない」


 あら、と口を押さえた彼女に本当にその事実を隠し通すつもりがあったのかは分からない。だって彼女は今、むしろ面白がった様子で黒髪の女へと話しかけているのだから。


「お前、ぼんやりしているようで変なところが鋭いのね。いつから分かっていたの?」

「体の中に、魂が二つ入っていたので」

「へぇ。なら、やっぱりお前を選んだわたくしの目に狂いはなかったっていうわけね」


 笑みを深めた女があっさりと、少女の体を脱ぎ捨てた。

 倒れゆく少女の体を抱き留めながら、黒髪の彼女は問う。


「あなたは誰?」


 淡い青氷晶より放たれる苛烈な光。

 どこまでも美しい淑女の一礼。


「アンジェリカ。アンジェリカ・ベルシュタインよ」


 妖艶な表情を浮かべた女はそう言って、もう一度笑った。


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