黒い天使
私の過去がベースになっております
真冬の夜。黒いコートをきた、長髪の青年がいた。青年は丘の上に立ち大きな病院を見下ろす。そして過去を思い出していた
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小学三年生ごろ、俺は幸せだった。家には俺と母、そして父はいなかったが祖父が父親がわりをしてくれていた。あるひその祖父の会社が倒産寸前だということが発覚した。祖父は何十年と働いていたのでその分の退職金をもらうため倒産する前に自ら会社をやめ半分の退職金を自分の田舎、つまり実家の親達にわたし、のこりの半分で今自分たち三人が住んでいる社宅から引っ越すことになった
ここからが悲劇の始まりだった。母は何を思ったのか給料が十万にもみたないのに家賃八万のマンションに俺と一緒に引っ越した。母が一番おかしいがそれを止めなかった祖父や不動産屋もおかしい、ちなみにこのとき俺はまだ何もしらなかった
ある日母が俺にゲームなどの売れる物を売ってくれと頼んできた。あとあと聞いた話だがこのとき資金援助してくれていた友人ともめていて切迫つまってたらしい。俺は離婚した父親と密かに交流を持っていた。そのちちから貰った隠していた大量の最新ゲームとお金を母に渡した
それからしばらくして俺は祖母からお小遣いやお年玉をもらうようになる。だがそれも母に全部あげた。何年もあげた。財布の中身は常に三円だった。それでも母は俺にお金を貸してなどといってきた。それでも何いてんだよもう!。と冗談で済ませていた
このとき俺は小学六年生。母は三年間に渡り家賃を滞納していたのである。母は何度も謝っていた。ごめんねと。こんな親でごめんねと。でも俺は笑って大丈夫だよと言えた。それは金の話し以外の母との会話がとても楽しかったからだ。俺は母に金を渡して誰にも言わないでという約束をまもり何年も母を助けただがそれにも限界があったそれには一つわけがある。俺は小学三年生の時引っ越すと同時にいじめられていた。理由はただきにいらないから。物がなくなるなんてしょっちゅうだった。流行りのお笑い芸人の真似をして俺の黒歴史を披露してくれた。家の玄関を殴る。ガムをつけるなんてしょっちゅうだった。こうなると母にも当然知られる。だが母の答えはお前が悪い。その一言だった。俺は母の教えを信じた。自分が悪いんだとおもってひたすらたえた。だがあるていど成長すると当然疑問におもってくる。本当に俺がわるいのか?
答えはNOだ。だが同学年の生徒はみなおれをいじめるか無視する。その鋭い刃に俺は太刀打ちできなかった。かわりに母を殴ってしまった、それいらい母は俺に怯えていた。中学生になるころだった。完全に上下関係が逆転していた、俺の命令には逆らわなかった。そんな歪んだ関係が続いたある日。具体的には中学二年生。おれは学年で一番の人気者&ワルの一馬と仲良くなった理由は簡単そいつも俺とおなじオタクだったのだ。俺は小さいころからアニメやゲームが好きだった自覚はなかったがその知識は既にオタクだったらしい
俺は一馬にいろんなことを教えて貰った万引きや親父狩りケンカのやり方。そしてあるひ決定的な物を教えてもらう。ネットだ。一馬はゲーム機で野良無線LANを使ってやっていた。だがそれではまんぞくにできなかった。すぐに俺はノートパソコンを児童館から盗んだ。そしてたまたま自宅からアクセスできた野良無線LANを使っていろんなことをした。楽しんでいた。いや、逃げていた。俺は様々な魅力的なソフトやフリーゲーム、オンラインゲームをやるうちにプログラマーになってゲームを作るという夢を持っていた。すぐに俺はC++というプログラミング言語を学ぶようになる。かんたんなソフトなら作れるようになっていた。ちょうしにのった俺は有名企業のサイトをハッキングしようとした。結果的にはできた。できてしまった。それを友人に自慢した。真似をされた。収集がつかなくなる。俺は途端に怖くなった。友達にやめるように散々言ったら嫌われた今でも絶縁状態だ。一馬とも。それを母に言った。怖くてたまらない。警察がきてインターホンを鳴らす幻聴が聞こえる。通行人が私服警官に見える。盗聴されてるんじゃないか?。いやもしかしたらパソコンがウイルスに感染していて全部筒抜けだったかもしれない。IPアドレスは野良無線LANだから平気かもしれないがばれたらよけい罪が重くなるかもしれないと散々言ったら母は迷惑かけてもいいんだよ。とやさしくいってくれた。俺はやっと目が覚めた。だが恐怖は消えてくれなかった。祖母に事情を説明し病院に行った。強迫性障害だと診断された。そこの先生は薬をくれるだけでなにもしてくれなかった。俺はすぐに図書館にいき森田療法や不安障害。もちろん強迫性障害についても勉強した。その知識を実践しようとしたがダメだった。常にパニック状態だった。家族も俺を怖がっていた。俺も自分が怖かった。しばらくたっておれは病院をかえた。自殺したいといったら励ましてくれた。いい先生だとすぐにわかった。俺の症状は段々落ち着いていった。そんなあるひ、俺は既に18歳になっていた。ここまで非常に長かった。俺は生活保護法を受けて母と2人ぐらしをすることになっていた。そのための資金は母がだすことになっていた。結論からいうと何も準備してなかった。あろうことか俺にまた金を貸してと言ってきた。俺は頭がおかしくなった。母を殴る。何度も。母は目を回していたそこで我にかえった。医者からは下手したら死んでいたといわれた。家族から信頼されなくなった。俺は死にたくなったもう母に暴力を振るいたくない、死ぬしかないそうおもったが情けないことに俺には死ぬ勇気がなかった。かわりに家族と距離を置こうとおもって入院することにする。これが正解だった。俺の強迫性障害はみるみるよくなっていき。過去の母の行いにも考えの整理がついた。俺は無事病院を退院した。20になっていたので一人暮らしを始める
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ここまでが俺の過去だ。そしておれは短い人生経験の中からある夢を見いだす。誰かを救いたいその一心だった。家族は旅行にいったりなどおもいでをたくさん作ってある。なにより俺の幸せが自分の幸せだというような人なので自分の好きな夢を実行しながら安心させる意味をこめて俺は時々ご飯をおごり一緒に酒をのんで楽しんでいる。家族はこれでいい。だがおれにはほかにもどうしても助けたい人がいた
そのために今日病院に忍び込む
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