EP 9
祝・十六歳! 階級『巡査長』への昇進と、毒舌職人の魔改造ショットガン
ブルルルルンッ!
乾いた単気筒エンジンの排気音が、嘆きの荒野に響き渡る。
「ヒャッハー! 風が最高に気持ちいいぜ!!」
俺はヘルメットのシールド越しに荒野の景色を眺めながら、支給されたばかりの『125ccMTバイク』のアクセルを捻った。
あの絶望の追放劇、そしてヴァルキュリアによる地獄のスパルタ特訓の開始から、実に十三年の月日が流れていた。
ルナミス帝国において、十六歳は立派な『成人』として扱われる。
三歳児だった俺も、今では身長百七十センチ後半まで成長し、防刃服と防弾チョッキをスマートに着こなす、立派な青年(警察官)へと育っていた。
「ストーップ。一時停止よし、左右確認よし」
荒野の岩場を仮想交差点に見立てて、キッチリと教習所並みの一時停止を行う。交通ルールを破ると、あとでヴァルキュリア教官から『コンプライアンス違反』として千本投げの刑に処されるからだ。
事勿れ主義の俺が、なぜ十三年間もあんな地獄の特訓を耐え抜けたのか。
理由は単純である。
【名前】 リオン・フォン・アルディス
【年齢】 16歳
【階級】 巡査長
【月給】 基本給20万円(※交番維持費4万円天引き、手取り16万円)
【配備】 巡査ゴーレム×1、125ccバイク、防護盾、M870ショットガン
「昇給と、ボーナス装備のためだよ!」
俺はバイクを停め、ステータス画面を見上げてニヤリと笑った。
月一回の過酷な昇級試験(学科試験と、近隣住民であるポポロ村の住人たちへのご機嫌取り)を地道にクリアし続け、俺はついに平の『巡査』から『巡査長』へと昇進を果たしたのだ。
昇進の恩恵は絶大だった。
基本給が二万円アップし、夢の手取り十六万円に到達。
さらに、交番内に『PX(酒保・売店機能)』がアンロックされ、地球の嗜好品(お菓子やインスタント食品)が買えるようになった。
極めつけは、俺の命令に絶対服従する『巡査ゴーレム』が一体支給されたことだ。
「よしよし、ゴーレム君。今日も裏庭の太陽芋の草むしり、ご苦労様」
「ピー。リオン巡査長、オ疲レ様デス。任務ヲ続行シマス」
交番に戻ると、身長二メートルほどの無骨な鉄人(巡査の制服を着ている)が、母さん(マリア)と一緒に畑仕事を手伝っていた。面倒な雑務を押し付けられる部下の存在。これぞ階級社会の醍醐味である。
「リオン、おかえりなさい! バイクの運転、すっかり板についたわね」
「ただいま、母さん。ゴーレム君のおかげで、少しは楽できてる?」
「ええ、とっても! 重い肥料も軽々運んでくれるし、本当に助かってるわ」
母さんはすっかりこのスローライフを満喫しており、今ではタローマンのパート時代を凌駕する見事な農地を開拓していた。
俺はヘルメットを脱ぎ、交番の奥にある『武器・装備庫』へと向かった。
昇進のもう一つの目玉。それが、新たに支給された制圧兵器の確認である。
ガチャリ。
指紋認証でロッカーを開けると、そこには鈍い黒光りを放つ銃器が鎮座していた。
「おおお……! ついに来たぜ、ポンプアクション式散弾銃『M870』!」
俺は震える手でその銃を手に取った。
ずっしりとした金属の重み。これまでのニューナンブ(回転式拳銃)とは比べ物にならない、圧倒的な制圧力の象徴。
ガシャッ、とフォアエンドを引くと、極めて暴力的な、しかし頼もしい金属音が交番内に響いた。
「ふふふ……これさえあれば、荒野に群がるゴブリンの集団だろうが、クレーマー気質の悪徳商人だろうが、一発で黙らせることができるぜ……!」
「物理的な運動エネルギーとしては、確かに優秀ですね」
不意に背後から声が掛かり、俺はビクッと肩を震わせた。
振り返ると、いつの間にか腕を組んで立っているヴァルキュリアがいた。彼女の容姿は十三年前と一ミリも変わっていない。永遠の十七歳(自称)の天使は、今日も厳しい教官の目をしていた。
「ヴァルキュリアさん。驚かさないでくださいよ。どうです、このM870! 巡査長になった俺にふさわしい、最高の相棒ですよ」
「ええ、人間の犯罪者相手なら十分な威嚇と制圧力になるでしょう。しかしリオン。ここはアナスタシア世界です。ロックバイソンの岩の皮膚や、魔族が展開する『魔法障壁』の前に、ただの鉛玉は意味を成しません」
「うっ……それは、まあ」
「ルチアナ様の気まぐれで支給された地球の武器は、あくまで『物理』。この世界の高位の存在と渡り合うには、これに『魔導』の概念を付与する必要があります」
ヴァルキュリアは俺のM870を指差した。
「行きましょう、リオン。あなたを最強の警察官にするため、その銃を『改造』してくれる凄腕の職人に心当たりがあります」
* * *
バイクのタンデムシートにヴァルキュリアを乗せ、俺たちは荒野の先にある緩衝地帯『ポポロ村』の郊外へとやってきた。
そこには、奇妙な工房が建っていた。
「ここが、その職人の家ですか? なんだか、野菜の直売所みたいですが……」
「彼は『ポーン』の突然変異体。世界樹の端末でありながら、ドワーフの鍛冶技術を極めた稀有な存在です。……ただし、少々性格に難がありますが」
工房の奥から、モクモクと紫色の煙が漂ってくる。
奥に進むと、そこにいたのは……頭から緑色の葉っぱを生やした、木星人とも植物人間ともつかない奇妙な人型の生物だった。
彼は切り株に腰掛け、ポポロ村名産の高級嗜好品『ポポロシガー(葉巻)』をふかしながら、右手で何かを研いでいた。
よく見ると、研いでいるのは鋼鉄の剣……ではなく、異様に長く、金属のような光沢を放つ『ネギ』だった。
「チッ……なんや、やかましい羽虫が来たと思ったら、天使のネーチャンか。それに、そっちのヒョロい兄ちゃんは誰や」
コテコテの関西弁(ルナミス帝国南部の訛りらしい)で凄んできたのは、植物型樹人の『ネギオ』だった。
「初めまして、俺はリオン。このアルディス領周辺の治安維持を管轄している警察官(公務員)です。ネギオさんですね。ドワーフの地下帝国ドンガンで『鍛冶師通信講座一級』を取得したという凄腕だと伺いました」
「ほう、ワテの経歴を知っとるんか。せや、ワテがネギオや。で、この『ネギカリバー』に何の用や。ワテは忙しいんや、帰れ帰れ」
ネギオは葉巻の煙をフーッと吐き出し、面倒くさそうにネギカリバー(鋼鉄すら切り裂く無限に伸びるネギ)を振るった。シュパッ、と空気が裂ける音がする。
「リオン、彼の技術を借りるには『論破・説法ゲーム』をクリアしなければなりません。彼を納得させるだけの理屈を提示できなければ、話も聞いてくれませんよ」
ヴァルキュリアが小声で忠告してくる。
なるほど、気難しい職人キャラか。
だが、相手を論破し、気持ちよく首を縦に振らせる『交渉』ならば、俺の最も得意とする分野だ。前世、家電量販店で数々のクレーマーを沈静化させ、オプション契約を取りまくった社畜の営業スキルを見せてやる。
「ネギオさん。単刀直入に言います。俺のこの散弾銃(M870)に、魔導回路を組み込み、魔法障壁を貫通できる『魔改造』を施してほしいんです」
俺がM870を差し出すと、ネギオは鼻で笑った。
「アホか。ワテはな、争いが嫌いやねん。武器を作って戦争を助長するなんて、ナンセンスや。だいたい、そんな鉄の筒っきれで治安維持やと? 笑わせるな。平和は力で押し付けるもんやない」
「お言葉ですが、それは『治安維持』のシステムを理解されていない発言ですね」
俺は一歩前に出た。
同時に、スキル【犬の五感】を全開にする。ネギオの表情、心拍数、そして発汗。彼から漂う『嘘の匂い(酸っぱい匂い)』を嗅ぎ分ける。
(こいつ……争いが嫌いと言いながら、手元のネギカリバーをウズウズと撫で回している。自分の鍛冶技術を自慢したくてたまらないんだな。それに、葉巻の吸い方が浅い。本当に欲しいものは別にあるな……?)
「平和は力で押し付けるものではない。その通りです」
俺は、前世の営業時代に愛読した『人を動かす』の極意を脳内で再生しながら、滑らかな口調で語り始めた。
「ですが、ネギオさん。真の抑止力とは『使わずに相手を諦めさせる力』です。この散弾銃のポンプを引く音(ガシャッ!)。これを聞くだけで、大抵のゴロツキは戦意を喪失します。つまり、私がこの銃を持つことは、無駄な流血を防ぎ、あなたの愛する『静かな時間』を守ることと同義なのです」
「……ほう? 屁理屈のようやが、一理あるな」
ネギオの目が僅かに見開かれた。酸っぱい匂いが薄れていく。俺のロジックが刺さっている証拠だ。
「さらに言えば、ネギオさん。あなたはルナミス帝国の『経済講座一級』も取得されている知的な方だ。等価交換の原則はご存知ですよね?」
俺は防刃服のポケットから、交番の『PX』で買ってきたばかりの紙袋を取り出した。
「あなたの技術に対する対価。金貨ではありません。地球の叡智が詰まった究極の嗜好品……『特製ブレンド・インスタントコーヒー』と、それに合う『三種の金平糖』です。ポポロシガーとの相性は、保証しますよ」
「な、なんやて……!?」
紙袋から漂う芳醇なコーヒーの香りに、ネギオの葉巻がポロリと地面に落ちた。
植物でありながらカフェイン中毒気味の彼にとって、それは喉から手が出るほど欲しい品だったのだ。
「公務員のネットワーク(PX)を使えば、これを毎月安定して供給できます。この取引、悪い話ではないはずですが?」
「…………くっ、くははははっ!」
数秒の沈黙の後、ネギオは腹を抱えて爆笑した。
「オモロい兄ちゃんやな! ヴァルキュリアのお堅いネーチャンが連れてきたからどんな堅物かと思えば、口八丁手八丁のヤバい営業マンやないか! ええやろ、その取引、乗ったるわ!」
交渉成立。
俺は内心で(よっしゃ、チョロいぜ職人!)とガッツポーズを決めた。ヴァルキュリアが「なんと……あそこまで頑固なネギオが、わずか数分で……」と驚愕している。
「貸してみい!」
ネギオは俺からM870を受け取ると、自身の『ネギカリバー』を器用に使い、銃身に緻密なルーン文字を刻み込み始めた。
さらに、自身の植物エネルギーとドワーフの魔導技術を融合させ、銃全体に淡い緑色のコーティングを施していく。
「完成や! 名付けて『魔導制圧散弾銃』や! 弾倉に魔力を流し込めば、お前の闘気や魔力が『魔導バックショット(散弾)』に変換されて射出される。魔法障壁や岩の皮膚ごと、相手を粉砕できるで!」
「おおっ……! すげえ、銃身がうっすら光ってる!」
俺はカスタマイズされたM870を受け取り、構えた。
ずっしりとした重みはそのままに、まるで自分の手足のように魔力が馴染むのを感じる。
ガシャッ! とポンプを引くと、薬室に膨大な魔力が装填される心地よい音が響いた。
(これなら……いける。逃げるだけの警察官(お巡りさん)から、圧倒的な武力で相手を沈黙させる『法執行者』にレベルアップした気分だ!)
「ネギオさん、ありがとうございます。これで心置きなく、俺の平穏な手取り十六万ライフを守り抜けますよ」
「おう! コーヒーのおかわり、忘れんなや! あと、ロイヤル皇帝カンチョウ液の試供品もつけといたるから、便秘の奴に撃ち込んだったれ!」
「いや、それは撃ち込みませんけど」
強力な武器(と謎のカンチョウ液)を手に入れ、俺とヴァルキュリアはネギオの工房を後にした。
荒野を走るバイクの上で、俺は背中に背負った魔導ショットガンの感触を確かめていた。
十三年間の地獄の訓練で培った、一般警官レベルを遥かに凌駕する格闘術。
嘘を見抜く犬の五感。
そして、魔法すらぶち抜く強力な火器。
逃げてばかりのニート志望だった俺は、気がつけば、この理不尽な異世界で生き抜くための『牙』を、完璧に研ぎ澄ましていたのである。
「リオン。素晴らしい交渉術でした。これで、あなたの武力は一定の基準に達しましたね」
「まあ、営業トークは前世の杵柄ですからね。これでもう、ヴァルキュリアさんの千本投げの訓練は免除でいいですか?」
「ふふっ。甘いですね。武力を得たならば、次はその武力を正しく振るうための『実戦』が必要です」
タンデムシートから聞こえるヴァルキュリアの声に、俺の背筋がスッと冷え上がった。
「実戦……? まさか、魔獣討伐とか行かせる気ですか? 俺、残業代出ない仕事は管轄外なんですけど!」
「警察官が市民の危機を見過ごしてどうするのですか。ちょうど良いタイミングです。……前方の街道を見てください」
ヴァルキュリアが指差した先。
嘆きの荒野を貫く街道で、一台の豪奢な馬車が、巨大な狼型の魔獣の群れに包囲されていた。
馬車の紋章には見覚えがあった。十三年前、俺と母さんをゴミのように捨てた、あの『アルディス伯爵家』の紋章だった。
「……マジかよ」
俺はバイクのブレーキを握りしめ、ヘルメットの中で深くため息を吐いた。
事勿れ主義の俺にとって、実家との関わりは最悪のトラブル(サービス残業)でしかない。
しかし、背中に背負ったM870の冷たい感触と、脳裏に焼き付いた『警察官職務執行法』の条文が、俺の逃げ道を塞いでいた。
「さあ、リオン巡査長。あなたの正義を執行する時です」
「あー、くそっ! やってやるよ! 公務執行妨害で全員しょっぴいてやる!」
アクセルを全開に捻り、俺は魔獣の群れへとバイクを突進させた。
手取り十六万の意地と、十三年分の怒りを込めた、俺の最初の『実戦』が今、始まろうとしていた。




