EP 4
スキル検査と理不尽なる追放宣告。犬っころは喜んで実家を捨てて荒野を目指す
アナスタシア世界における三歳児の『スキル検査』は、貴族にとって一族の命運を左右する極めて重要な儀式である。
ルナミス帝国に広く信仰されるルチアナ教会から神官が招かれ、一族郎党、さらには親戚の貴族たちまでが見守る中、厳かに執り行われる。
アルディス伯爵家の広間は、重苦しい緊張感に包まれていた。
第一夫人の息子である長男アルベルト義兄さんは、見事に【炎魔法・適性A】と【剣術】のスキルを開花させ、周囲から盛大な拍手を浴びた。次男のベルンハルト義兄さんも【土魔法・適性A】と【闘気強化】という素晴らしい戦闘スキルを引き当て、第二夫人は勝ち誇ったような顔で扇子を揺らしている。
そして、いよいよ俺——三男坊リオンの番がやってきた。
「リオン、大丈夫よ。どんな結果でも、あなたは母さんの大事な宝物だからね」
母さん(マリア)が、俺の手をぎゅっと握って囁く。その手は微かに震えていた。
平民出身の彼女にとって、ここで俺が貴族らしい立派なスキルを発現できなければ、伯爵家での居場所が完全に無くなることを悟っていたのだろう。
(ごめんよ、母さん。俺のスキル、すでに『犬のお巡りさん』で確定してるんだわ)
内心で苦笑しつつ、俺はトテトテと短い足で祭壇へと歩み寄った。
祭壇の上には、淡い光を放つ魔導水晶が置かれている。ルチアナ教会の神官が、うやうやしく頭を下げて促した。
「さあ、リオン様。水晶に両手を触れ、ルチアナ女神に祈りを捧げてください」
(あの芋ジャージの駄女神に祈るなんて御免だが……まあ、形だけな)
俺はペタッと水晶に手を触れた。
瞬間、水晶が眩い光を放ち、空中に半透明の文字が浮かび上がった。広間にいる全員が、固唾を呑んでその文字を見つめる。
そこに表示されたのは、燦然と輝く五文字だった。
【犬のお巡りさん】
「「「…………は?」」」
広間が、水を打ったような静寂に包まれた。
神官が目をパチクリと瞬かせ、水晶を布で拭いてもう一度確認する。しかし、文字は変わらない。
「い、犬の……お巡りさん……?」
「なんだそのスキルは? 魔法でも闘気でもないぞ」
「お巡りさんとは、街の警邏をする衛兵のようなものか? それに『犬』だと?」
「伯爵家の息子が、犬っころの衛兵……? ぷっ、くくくっ……」
静寂はすぐに、嘲笑と困惑のざわめきへと変わった。
無理もない。この世界において、戦士や魔法使いこそが貴族の誉れ。街の治安維持を行う下級役人(警察のようなもの)は、平民の仕事と相場が決まっている。しかも頭に『犬』とついているのだ。完全にギャグスキルである。
「あらあら、まあまあ」
静寂を切り裂くように、第一夫人のわざとらしい笑い声が響いた。
「素晴らしいスキルですこと。犬のように地べたを這いずり回り、泥棒でも追いかけるおつもりかしら? アルディス伯爵家の名を、これほど的確に汚すスキルも珍しいですわね」
「お姉様、言い過ぎですわ。ですが……血は争えませんわね。タローマンのパート上がりの平民から生まれた子ですもの。下働きがお似合いですわ」
第二夫人が扇子で口元を隠しながら追従する。
親戚の貴族たちも「やはり平民の血は……」とヒソヒソと囁き合っている。
そして、上座に座っていた父・グレゴール伯爵が、ゆっくりと立ち上がった。
その顔は、怒りで赤黒く染まっていた。
父さんは実力主義者だ。だからこそ、母さんのような平民でも「実力(腕力と根性)」を認めて妻に迎えた。だが、それは裏を返せば『無能を極端に嫌う』ということでもある。
「なんだ、このフザケタ名は……ッ!」
父さんの怒声が、広間にビリビリと響き渡った。
神官がビクッと肩を震わせる。
「魔法でもなければ、闘気でもない! 『犬のお巡りさん』だと!? 貴様、アルディス家の人間でありながら、野良犬になるつもりか!!」
「あ、あなた、どうかお怒りを……この子はまだ三歳です、これから他の才能が——」
母さんが慌てて前に出て、俺をかばうように抱きしめた。
しかし、父さんの怒りは頂点に達していた。貴族の面子を重んじる彼にとって、大勢の親戚や教会の前で、自分の息子が『犬』呼ばわりされるスキルを出したことは、耐え難い屈辱だったのだ。
「黙れ、マリア! 所詮は平民の嫁の息子ということか! 血の限界というやつだ!」
父さんは俺たちを冷酷な目で見下ろし、決定的な一言を放った。
「アルディス伯爵家に、犬っころの居場所など無い! 貴様ら、母親諸共この家から出て行け! 二度と私の前にその顔を見せるな!」
それは、実質的な『追放宣告』だった。
「そ、そんな……! お願いです、私を追い出すのは構いません! ですが、どうかリオンだけは……この子はまだ小さいんです!」
「衛兵、つまみ出せ! 領地の外れ、魔獣が出る荒野にでも捨ててこい!」
母さんの悲痛な叫びも虚しく、屈強な衛兵たちがずかずかと歩み寄り、俺と母さんの腕を乱暴に掴んだ。
第一夫人と第二夫人が、勝ち誇ったような冷たい笑顔でこちらを見下ろしている。
広間から引きずり出される中、母さんはボロボロと大粒の涙を流し、「ごめんね、リオン……母さんが不甲斐ないばかりに……」と泣きじゃくっていた。
あまりにも理不尽で、あまりにも残酷な追放劇。
三歳の子供にとっては、絶望以外の何物でもない状況だ。
だが。
母さんの腕の中で抱き抱えられながら、俺は内心、歓喜のダンスを踊っていた。
(よっしゃあああああああああっ!!)
俺の心の中では、ファンファーレが鳴り響き、紙吹雪が舞っていた。
(言質とった! 今、間違いなく「家から出て行け」って言ったよな! これで完全に実家との縁が切れた! めんどくさい跡継ぎ争いも、貴族のクソみたいなマナー講座も、ブラックな領地経営も、全部おさらばだ!!)
しかも、行き先は領地の外れの荒野。
実家の監視の目も届かない、完全なるフリーダムな立地である。
追放という名の、究極の独立。
俺は心の中で、第一夫人と第二夫人、そして親父に向かって中指を立てつつ、満面の笑みでウインクを送った。
(バーカ! お前らはこれから、毎日胃に穴を開けながら権力闘争(ブラック労働)に明け暮れろ! こっちには、冷暖房完備・三食昼寝付きの『交番』があるんだよ! しかも月14万円の手取り(不労所得)があるんだ!)
実家の後ろ盾などなくても、俺には『犬のお巡りさん』という最高のセーフティーネットがある。
魔獣が出る荒野だろうがなんだろうが、知ったことではない。交番のドアを閉めて引きこもれば、そこは完全なる安全地帯だ。
「リオン……怖いわよね。ごめんね、母さん、絶対にあなたを守るから……」
馬車の荷台に放り込まれ、ガタガタと揺られながら、母さんが俺をきつく抱きしめて泣いている。
俺は短い手を伸ばし、母さんの涙を拭ってあげた。
「ばぶー(泣かないで母さん。これからは、俺が手取り14万で母さんを食わせていくからね)」
俺の決意を込めた笑顔を見て、母さんは「リオン……なんて強い子……」とさらに涙をこぼした。
荷馬車は、夕日に染まるルナミス帝国の街道を外れ、人気の無い荒涼とした大地へと進んでいく。
前世で過労死した俺が、異世界で手に入れた第二の人生。
それは、貴族のドロドロ劇からの完全なるドロップアウトであり、愛する母さんと二人で送る、究極のスローライフ(予定)の幕開けだった。
読んでいただきありがとうございます。
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