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【手取り14万の犬のお巡りさん】過労死からの追放転生、荒野に交番を建てて母親と平穏に暮らす〜駄女神の詫びがスパルタ天使でした〜  作者: 月神世一


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EP 3

月給18万(手取り14万)。異世界で不労所得を叫ぶ

 ステータス画面に光る『手取り14万』という文字を見つめながら、俺は自室のベッドの上で震えていた。

 前世の社畜時代、俺の初任給は額面で22万、手取りで17万ちょいだった。そこから家賃、光熱費、奨学金の返済、そしてストレス発散のための飲み代を引くと、毎月カツカツの極貧生活だった。

 それに比べれば、額面18万の手取り14万というのは、数字だけ見れば確かに少ない。

 だが、ここはファンタジー世界だ。

 このルナミス帝国の物価と、手取り14万(日本円換算)の価値を正確に計る必要がある。俺はベッドに潜り込みながら、これまでに両親やメイドたちの会話から収集した異世界の物価情報を頭の中で整理し始めた。

 ルナミス帝国では、百年前に建国者である佐藤太郎(チート転生者)が定めた通貨制度が浸透している。

 同粒=1円。

 銅貨=100円。

 銀貨=1000円。

 金貨=10000円。

「ええと……手取り14万円ということは、毎月『金貨14枚』が支給される計算になるな」

 庶民の平均的な年収は、金貨300枚〜400枚(300万〜400万円)程度だという。月収に換算すると金貨25〜33枚。

 対して俺の支給額は金貨14枚。

 うん、絶妙に少ない。ファンタジー世界に来てまで、絶妙に生々しいワーキングプアの金額を提示されるとは思わなかった。

「いや、待てよ。早まるな俺」

 ステータス画面の【犬のお巡りさん】のスキル詳細を、もう一度隅から隅まで読み込む。

 そこには『交番召喚』の機能についての詳細が記されていた。

【交番機能詳細(巡査階級)】

・設備:デスク室(AI賢者君内蔵ノートPC・Wi-Fi完備)、仮眠室(寝袋完備)、給湯室(緑茶・コーヒー無料)、留置房、シャワールーム。

・食事支給:朝(納豆定食)、昼(カツ丼)、カップラーメンが自動支給。

・維持費:月額4万円を給与より天引き。

「…………ッ!!」

 俺は息を呑み、危うく大声を出しそうになった口を両手で塞いだ。

 なんという福利厚生の充実ぶりだろうか!

 家賃、光熱費、通信費、さらには三食の食費まで、全てが『維持費4万円』の中にコミコミで含まれているのだ。

 つまり、支給される『手取り14万(金貨14枚)』は、生活費を一切引かれない、完全に自由な『お小遣い』ということになる。

「最高だ……! 不労所得、万歳!!」

 俺は布団の中で身悶えしながら、歓喜の涙を流した。

 前世で俺がどれだけ血反吐を吐いて営業成績を上げても、給料は一円も上がらなかった。残業代は「みなし残業」という魔法の言葉で消滅し、客からは怒鳴られ、上司からは詰められる日々。

 それがどうだ。今世では、ただ『巡査』という階級を維持しているだけで、毎月金貨14枚がチャリンチャリンと振り込まれるのだ。

 家賃ゼロ、食費ゼロで、毎月14万円の完全フリーな金。前世の俺からすれば、石油王にも等しいブルジョワジーな生活である。

「よし、実際にこの目で確かめてみよう」

 俺はベッドからこっそりと抜け出し、自室の隅、誰からも見えないクローゼットの裏側のスペースに移動した。

 いくらなんでも、いきなり実物大の交番を屋敷の中に召喚したら大騒ぎになる。

 スキルの説明によれば、召喚する交番のサイズや位置はある程度調整できるらしい。

「スキル発動……『交番召喚』」

 俺が小声で唱え、魔力を少しだけ練り込むと、ポンッという軽いポップ音と共に、目の前の空間が歪んだ。

 そして現れたのは……見慣れた赤色灯を屋根に乗せた、日本のどこにでもある『交番』だった。

 ただし、今の俺(二歳児)がギリギリ入れるくらいの、ミニチュアサイズの交番だ。

「うおおお……マジで交番だ。懐かしい……」

 ガラス張りの引き戸を開けて中に入ると、そこには前世で見慣れたグレーの事務机が置かれ、壁には『指名手配』のポスター(なぜかルナミス語で書かれている)が貼られていた。

 そして机の上には、見慣れたフォルムのノートパソコンが鎮座している。

『――ピロッ。起動完了。AI賢者君デス。リオン巡査、着任オ疲レ様デス』

 ノートPCの画面が光り、無機質だがどこか愛嬌のある電子音声が響いた。

「おおっ、賢者君! お前、地球のネットに繋がるのか?」

『ハイ。ルナミス帝国の情報網ハモチロン、地球ノWikipediaヤ各種データベースニモアクセス可能デス。タダシ、現在ノ階級(巡査)デハ、閲覧制限ガアリマス』

「上等だ。調べ物ができるだけで異世界じゃ超絶チートだからな」

 俺は興奮冷めやらぬまま、交番の奥にある給湯室を覗き込んだ。

 そこには見慣れた電気ポットがあり、その横には『納豆定食』『カツ丼』『カップラーメン(醤油味)』と書かれたボタン付きの配膳ボックスが設置されていた。

 ゴクリ、と喉が鳴る。

 伯爵家の飯は確かに豪華で美味いが、前世のジャンクな味が恋しくなっていたのも事実だ。

 俺は迷わず『カツ丼』のボタンをポチッと押した。

 チーン!

 電子レンジのような音が鳴り、ボックスの扉が開く。そこには、湯気を立てる熱々のカツ丼とお茶がトレイに乗って現れた。

 出汁の甘じょっぱい香りが、狭い交番内に充満する。

「うっ……ううっ……」

 俺はカツ丼をかき込みながら、ボロボロと涙を流した。

 美味い。泣けるほど美味い。前世でノルマを達成した夜、ご褒美に食べた駅前の富士そばのカツ丼と同じ味がする。

 異世界で食べるカツ丼は、五臓六腑と疲れた魂に深く染み渡った。

「決めた。俺は一生、この交番に引きこもって生きていく。ここでカツ丼を食いながら、月14万の手取りで悠々自適に暮らすんだ!」

 カツ丼を完食し、満腹の腹をさすりながら、俺はノートPCの画面に映る『給与規定』の項目を眺めた。

 しかし、そこで俺の視線は、ある一文に釘付けになった。

【昇級・降格規定について】

・月に一度、昇級試験(学科試験および勤務態度、民意の信頼度)を実施。

・合格点を満たせば上位階級へ昇級し、基本給がアップ、新規装備がアンロックされる。

・※警告:警察官として著しく不適切な勤務態度(完全な職務放棄、犯罪行為など)が確認された場合、戒告、減給、最悪の場合は『懲戒解雇(スキル剥奪)』となる。

「…………えっ?」

 俺は画面を二度見した。

 懲戒解雇。スキル剥奪。

 つまり、俺が目論んでいた『一日中布団に寝転がって何もしない完全無欠のニート生活』を送っていると、職務放棄とみなされて手取り14万はおろか、この交番すら没収されるということか。

「ふざけんな! 不労所得じゃなかったのかよ!」

 ブラック企業の影が、異世界にまで追いかけてきたような気がして背筋が凍る。

 しかし、冷静になって続きを読んでみると、どうやら「一日二十四時間、血の汗を流して働け」というわけではないらしい。

 要するに、最低限のパトロールや、地域住民とのコミュニケーション(民意の信頼度)を行っていれば、降格させられることはないようだ。

「……なるほど。完全に仕事をサボるのはマズいが、『仕事をしているフリ』をすればいいんだな?」

 前世の営業職で培った『サボりの技術』が火を吹く時だ。

 外回りに行くと言って公園のベンチで昼寝をしつつ、日報だけは完璧に書き上げていたあのテクニック。

 町内を適当に自転車で巡回し、迷子の猫を探したり、近所のおばちゃんたちに笑顔で挨拶をして『頑張ってるお巡りさんアピール』をする。それだけでいいのなら、前世の過酷なノルマに比べれば天国のような業務内容だ。

「よし、わかった。適度にパトロールしつつ、基本は事勿れ主義。危険な魔獣退治なんて絶対にやらない。ご近所トラブルだけを笑顔で仲裁して、手取り14万を死守してやる!」

 俺はカツ丼の空きどんぶりを片付けながら、力強く誓った。

 半年後のスキル検査で、この『犬のお巡りさん』というスキルが明るみに出れば、間違いなく親父は激怒するだろう。

 貴族の息子が、平民相手に道案内をするようなスキルを持っているなど、名門アルディス家の恥だと言われるに違いない。

 おそらく、実家からは見放され、良くて僻地への左遷、悪くて追放だ。

「上等だ。むしろ追放してくれ。実家のしがらみがなくなれば、俺は正々堂々とこの交番でスローライフが送れるんだからな」

 俺はミニチュアサイズの交番を解除し、ベッドに戻って毛布を被った。

 来るべき『追放イベント』に向けて、俺は心の中で完璧なサボりスケジュールを組み立てながら、カツ丼の余韻と共に安らかな眠りについたのだった。

読んでいただきありがとうございます。

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