EP 7
逆恨みの代償と禁忌の封印。死蟲将軍機の目覚めと迫り来る絶望
嘆きの荒野の北部に位置する、ルナミス帝国が『絶対立ち入り禁止区域』に指定している古代遺跡。
かつてこの世界を恐怖に陥れた『死蟲王サルバロス』の残党が封じられているとされるその禁足地に、一台の悪趣味な馬車が停まっていた。
「……許さん。許さんぞ、あの薄汚い下級役人と、ゴミ屑のような亜人どもめ……!」
馬車から降り立ったのは、顎を白い包帯でぐるぐる巻きに固定された金髪の青年——ルーザー子爵家の三男、バルカンだった。
キャルルの蹴りで顎の骨を粉砕され、リーザの手によって財布の中身(全財産と違法な資金)を根こそぎ奪われた彼は、屈辱と怒りで全身をワナワナと震わせていた。
「この私が、貴族であるこの私が、あんな平民の小僧と女にコケにされるなどッ……! しかも資金を失ったと知れれば、父上から完全に勘当されてしまう! こうなれば、手段は選ばん……!」
バルカンは血走った目で、目の前にそびえ立つ巨大な石の扉を睨みつけた。
扉には、幾重にも連なる魔力封印の鎖が巻きつけられている。
バルカンは懐から、ルーザー家の宝物庫から持ち出してきた『黒い鍵(古代の魔導具)』を取り出した。
「坊ちゃん! お、お待ちくだせぇ! その先は帝国が厳重に封鎖している禁忌の遺跡です! 伝説じゃあ、死蟲王の最凶の眷属が眠っているとか……!」
「うるさいッ! 臆病者の傭兵どもは黙っていろ!」
止めに入るゴロツキたちを怒鳴り散らし、バルカンは狂気にとらわれた笑みを浮かべた。
「ふははは! 伝承によれば、この鍵で目覚めた古代兵器は、鍵の持ち主の命令に従うという! これを起動させてあの薄汚い交番をペチャンコに踏み潰し、中の連中を皆殺しにしてやるのだ! そして、ポポロ村を力で支配すれば、私の功績は揺るぎないものになる!」
バルカンは一切の躊躇なく、封印の石碑の窪みに『黒い鍵』を突き立て、魔力を流し込んだ。
――バキンッ!!
何百年もの間、遺跡を封じていた光の鎖が、ガラスのように砕け散った。
直後。
ズゴゴゴゴゴゴゴゴォォォォォンッ……!!!
嘆きの荒野の大地が、激しい地震に見舞われたかのように揺れ動いた。
遺跡の重厚な石扉が、内側から『何か』によってこじ開けられる。
中から噴き出してきたのは、腐敗と鉄の匂いが混じった、ドス黒い瘴気の奔流だった。
「ひぃぃぃっ……!? な、なんだこの禍々しい気配は……!」
「ば、化け物だァァァッ!!」
ゴロツキたちが腰を抜かし、悲鳴を上げて逃げ出そうとする。
瘴気の奥から、ズシン、ズシンと、大地を鳴らして『それ』が姿を現した。
体高十メートルは優に超える巨大なシルエット。
漆黒の鋼鉄でできた甲虫のような装甲に、六本の鋭い機械の脚。
そして両腕には、触れたもの全てを両断するであろう、巨大な魔導大鎌が備わっている。
古代兵器――【死蟲将軍機】。
かつて数万の軍勢を単騎で屠ったとされる、神話クラスの殺戮機械が、数百年ぶりに現代へとその赤い六つの複眼を輝かせたのである。
「素晴らしい……! はーっはっはっはっ! 見ろ、この圧倒的な力を!」
バルカンは、巨大な死蟲将軍機を見上げて歓喜の声を上げた。
鍵の持ち主である自分には、この化け物が絶対服従すると思い込んでいるのだ。
「さあ、私の忠実なる下僕よ! 命令だ! この先にあるポポロ村の近郊に建つ、白と黒の小屋(交番)へと向かえ! そして、中にいる手取り十六万の下級役人と、その仲間たちを、一人残らずミンチにして――」
バルカンが扇子を振りかざして命令を下そうとした、その時だった。
死蟲将軍機の赤い複眼が、ギョロリとバルカンを見下ろした。
『――対象ノ生体エネルギー・並ビニ魔力値ヲ計測』
将軍機の内部から、金属を擦り合わせたような、無機質で冷酷な古代語の音声が響いた。
『戦闘力:極小。知能:低。脅威度:ゼロ。……当機ヲ従エルニ足ル、王ノ器ニ非ズ』
「な……に?」
バルカンが呆然と呟いた瞬間。
将軍機の右腕の大鎌が、音速を超える速度で一閃された。
――ズパァァァァァァンッ!!!
抵抗する暇すら、悲鳴を上げる隙すら与えられない。
小悪党バルカンの身体は、彼の乗ってきた悪趣味な馬車もろとも、寸分の狂いもなく斜め真っ二つに両断されていた。
『弱者ノ命令ハ、受諾不可』
ズルリ、と崩れ落ちるバルカンの残骸を一瞥もせず、死蟲将軍機は残されたゴロツキたちへとその冷酷な視線を向けた。
「ひ、ヒィィィィィィッ!? ば、坊ちゃんがァァッ!!」
「逃げろォォォ! 殺されるゥゥゥッ!!」
パニックに陥り、散り散りに逃げ惑う傭兵たち。
だが、将軍機は背中の黒い装甲を展開し、無数の小型レーザー砲を起動させた。
ピピピピピッ、と赤いロックオンサイトが逃げる男たちの背中に定まる。
『害虫、駆除開始』
次の瞬間、雨あられのように降り注いだ赤い光線が、ゴロツキたちを一瞬にして消し炭へと変えた。
圧倒的。あまりにも理不尽なまでの、純粋な『死』の暴力。
邪魔者を全て排除した死蟲将軍機は、頭部のアンテナ(触角)を広げ、広範囲の索敵モードを起動した。
『――ピピッ。南方三十キロ地点ニ、高密度ノ生体エネルギー(マナ)反応ヲ複数検知』
将軍機のセンサーが捉えたのは、竜人、人魚姫、月兎族という高位種族の魔力と、異世界から持ち込まれたリオンの『ユニークスキル』から漏れ出す特異なエネルギーの密集地帯だった。
『対象ヲ、高脅威・優先殲滅目標ト設定。……進軍ヲ開始スル』
ズシンッ! ズシンッ! ズシンッ!
古代の殺戮兵器は、真っ直ぐに南――リオンたちの平穏な『交番』を目指して、地響きを鳴らしながら歩みを進め始めた。
* * *
その頃。
手取り十六万のマイホーム『交番』は、極めて平和で怠惰な昼下がりの時間を迎えていた。
「むにゃ……プロデューサー、スパチャが、スパチャが溢れて止まりませんわぁ……ふひひ」
コタツ(まだ出しっぱなしである)の中で丸くなっているリーザが、幸せそうな寝言を漏らしている。
イグニスは裏庭の特設BBQテラスで、丸太を削って新しいベンチをDIY中。
キャルルは、給湯室で鼻歌を歌いながら、今夜の夕食(交番から支給される無料のカップラーメン)のための湯沸かしポットをピカピカに磨いていた。
「はぁ〜、平和だ。今日も犯罪ゼロ、残業ゼロ。これぞ理想の公務員ライフ」
俺はデスクの椅子に深く腰掛け、淹れたてのコーヒーを啜りながら、地球の電子コミックのページをスクロールしていた。
昨日、あの小悪党を追い払ってから、ポポロ村周辺には何のトラブルも起きていない。
俺の心臓は、完全に油断しきったアイドリング状態だった。
――だが、その平穏は、突如として無慈悲に引き裂かれた。
『――ヴーッ! ヴーッ! ヴーッ! ヴーッ!』
「な、なんだッ!?」
交番内に、これまで聞いたこともないような、心臓を直接鷲掴みにするようなけたたましい『警報サイレン』が鳴り響いた。
同時に、交番の屋根にある赤色灯が猛烈な勢いで回転を始め、デスク室の照明が緊急用の赤いライトへと切り替わる。
『警告! 警告! 所長(リオン巡査長)、至急状況ヲ確認シテクダサイ!』
「賢者君!? 一体どうしたんだ、火事か!? それとも不審者の侵入か!?」
俺が慌ててノートPCの画面を見ると、そこにはルナミス帝国周辺の広域レーダーマップが表示されていた。
マップの北方から、あり得ないほどの大きさの『真っ赤な光点』が、猛スピードでこちら(交番)へと直進してきている。
『北方ヨリ、未確認ノ巨大兵器ガ接近中。熱源、魔力反応、トモニ規格外デス。……推測サレル脅威度ハ【Aランク(災害級)】。現在、交番ヲ目標ニ直進中。到達マデ、残リ時間サン――』
賢者君の音声が途切れると同時だった。
ズズズズズズズズズッ……!!
交番の床が、いや、嘆きの荒野の大地そのものが、まるで巨大な太鼓を叩いたかのように激しく震動し始めたのだ。
机の上のコーヒーカップがカタカタと音を立てて滑り落ち、床に割れて茶色い染みを作る。
「所長ォッ!! 外を見ろ! なんだありゃあッ!?」
裏庭から、血相を変えたイグニスが転がり込んできた。
コタツで寝ていたリーザが飛び起き、キャルルが一瞬で俺の傍へと駆け寄ってウサギ耳を限界まで逆立てる。
「リオンさん! すごい地響きと、とんでもない悪意の固まりが近づいてきます!」
「なっ……!?」
俺は防弾ガラス張りの交番の入り口に駆け寄り、外の荒野を見つめた。
砂埃の向こう側。
太陽の光を遮るほどの巨大な影が、こちらに向かって歩を進めてくる。
漆黒の鋼鉄の装甲。血のように赤く光る六つの複眼。
ビルのような高さから見下ろすその機械の化け物は、俺がこれまで相手にしてきたチンピラや魔狼などとは次元が違う、文字通りの『災害(理不尽)』そのものだった。
『――目標ヲ捕捉。生体エネルギー密集施設(交番)。コレヨリ、徹底的ニ粉砕スル』
巨大な化け物の機械音声が、空気の震動となって交番の防弾ガラスをビリビリと揺らした。
「ウソだろ……」
俺の口から、乾いた声が漏れた。
事勿れ主義の俺の防衛本能が、全身の毛穴から冷や汗を吹き出させ、「今すぐ逃げろ」と最大級の警告を発している。
あれは、手取り十六万の平巡査長が相手にしていい敵じゃない。
閃光弾や催涙スプレー、大外刈りといった俺の『盤外戦術』が、あんな全高十メートルの鋼鉄の塊に通用するはずがない。
「ひぃぃっ……! なんですのあれ! 死神ですわ! 逃げましょうプロデューサー! お賽銭箱の貯金を持って、今すぐ帝国へ――!」
「ダメだ嬢ちゃん! あれだけデカくて速い奴から、走って逃げ切れるわけがねぇ!」
パニックに陥るリーザと、必死に斧を構えようとして手が震えているイグニス。
そして、俺の前に立ち塞がり、「私が囮になりますから、リオンさんは逃げて……!」と悲壮な覚悟を決めるキャルル。
(逃げる……?)
俺は、震える足で立ち尽くした。
ここを捨てて逃げれば、俺たちの命は助かるかもしれない。
だが、この交番は? イグニスが一生懸命作ったBBQテラスは?
コタツを囲んで笑い合い、夜泣きそばを啜った、俺たちの『たった一つの帰る場所』は?
――全部、あの理不尽な鋼鉄の塊に踏み潰されて、無に帰す。
「…………ふざけんな」
俺の奥歯が、ギリッと音を立てて鳴った。
これまでずっと、争いを避けて、強い者には頭を下げて生きてきた。
でも、今度ばかりは違う。ここには、俺が初めて手に入れた『絶対に守りたいもの』がある。
巨大な死蟲将軍機が、俺たちのホーム(交番)を無惨に破壊すべく、その巨大な大鎌を大きく振りかぶった。
絶望の影が、俺たちを完全に覆い尽くす。
手取り十六万の交番クランの日常は、今まさに、最悪の理不尽によって打ち砕かれようとしていた。
読んでいただきありがとうございます。
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