EP 6
小悪党の襲来と、月兎の回し蹴り。そしてアイドルの見事な火事場泥棒
昨夜のBBQの余韻が残る、手取り十六万のマイホーム『交番』。
平和なスローライフを満喫した翌日の午前中、俺たち【ライジング・サン・ガード】の面々は、各々の持ち場でまったりとした時間を過ごしていた。
「所長! BBQの網、ピッカピカに磨いといたぜ!」
「おお、助かるよイグニス。次は焼きそばでもやるか」
「リオンさん、肩お揉みしましょうか? 私、力加減には自信が……あ、やっぱりやめておきます。リオンさんの肩の骨を砕いちゃいそうなので……」
「賢明な判断に感謝するよ、キャルル」
イグニスが裏庭で水仕事をし、キャルルが俺の隣でウサギ耳を揺らしながらお茶を淹れてくれる。
仮眠室からは、リーザが「ふふふ……昨日のライブのスパチャ(村人からのおひねり※正常に回収したもの)で、新しいマイクが買えますわ……」と帳簿をつけながら不気味に笑う声が聞こえてくる。
(今日も平和だ。このまま一生、書類仕事とご機嫌取りパトロールだけで給料日を迎えたいもんだ)
俺がマグカップの緑茶を啜り、平和の尊さを噛み締めていた、その時だった。
――ヒヒィィィィンッ!!
――ガラガラガラッ! ドスンッ!
交番の外、嘆きの荒野の砂埃を巻き上げて、一台の『派手で悪趣味な馬車』が乱暴に停車する音が響いた。
さらに、ガチャガチャと物々しい鎧や剣の擦れる音が複数。
「……なんだ? お客様には見えないが」
俺が眉をひそめて立ち上がると、キャルルがスッとウサギの耳を立て、【超聴覚】で外の様子を探った。
「リオンさん。武装した男が十人……それと、ひどく香水の匂いがキツい、嫌な心音の男が一人います。殺気はありませんが、あからさまな『悪意』と『見下し』の感情が渦巻いています」
「……やれやれ。営業マン時代を思い出すぜ。面倒なクレーマーのお出ましってわけか」
俺はため息をつきながら防弾チョッキを羽織り、交番の自動ドアをくぐって外へと出た。
イグニス、キャルル、そして騒ぎを聞きつけたリーザも俺の後ろに続く。
「おい! 誰かおらんのか! この小汚い小屋の責任者を出せッ!」
馬車の前にふんぞり返っていたのは、仕立ては良いがセンスの悪い貴族服を着た、金髪で痩せぎすの青年だった。
その後ろには、いかにもガラの悪い傭兵くずれの護衛たちが、ニヤニヤと下卑た笑みを浮かべて剣の柄に手をかけている。
「アルディス領周辺管轄、巡査長のリオンですが。……交番に何かご用で?」
俺は営業スマイルを顔に貼り付け、波風を立てないよう丁寧に応対した。
青年は俺の制服(お巡りさんの装備)をジロジロと見下し、鼻で嘲笑った。
「フン。貴様がこの薄汚い小屋の主か。私はバルカン・フォン・ルーザー。栄えあるルーザー子爵家の三男である。……おい平民、貴様に通達がある。この小屋を今すぐ取り壊し、この土地から立ち去れ」
「……は?」
あまりにも唐突な立ち退き要求に、俺は素っ頓狂な声を出してしまった。
バルカンと名乗った小悪党は、扇子で口元を隠しながら傲慢に言い放った。
「聞こえなかったのか? この先にある『ポポロ村』は、我がルーザー家が新たに『保護(管理)』することになったのだ。あそこの農作物や特産品に、適正な『税』をかけてやらねばならんからな。……お前たちのような帝国の下っ端役人が近くにいては、我々の『徴税業務』の邪魔になるのだよ」
なるほど、理解した。
ポポロ村は帝国と他国の緩衝地帯であり、法的な支配が曖昧なグレーゾーンだ。そこに目をつけた落ちぶれ貴族の三男坊が、ゴロツキを雇って村を暴力で支配し、違法なピンハネ(みかじめ料)を巻き上げようとしているのだろう。
その際、村の近くに『警察の交番』があっては都合が悪い。だから脅して追い出そうという魂胆か。
「……バルカン殿。ポポロ村は私のパトロール管轄であり、善良な市民が暮らす場所です。みだりに税を搾取するような真似は、帝国法に基づいて見過ごすわけにはいきません」
俺が静かに、しかし毅然とした態度で警察手帳を示すと、バルカンは顔を真っ赤にして激昂した。
「黙れッ! たかが手取り十六万の下級役人が、貴族である私に説教をする気か! この事勿れ主義の臆病者が! 貴様のようなゴミは、後ろにいるその薄汚いトカゲや、落ちぶれた娼婦のような女どもと、一生泥水をすすって生きていればいいのだ!」
バルカンが、俺だけでなく、イグニスやリーザ、キャルルにまで侮蔑の言葉を投げかけた。
ゴロツキたちが「ギャハハ! 違いねぇ!」「おい、そこの女二人は俺たちが可愛がってやるよ!」と下劣な野次を飛ばす。
ピキッ。
俺の中で、静かな怒りの導火線に火がついた。
俺自身が馬鹿にされるのは構わない。だが、俺の『家族』を侮辱し、俺の管轄(ポポロ村)の平穏を理不尽な暴力で奪おうとするクズは、絶対に許さない。
(……スタンガンと催涙スプレーじゃ生ぬるい。M870のゴム弾で、全員の膝の皿を砕いてやる)
俺がタクティカルベルトに手をかけ、冷徹な法執行者のスイッチを入れようとした、まさにその瞬間だった。
――ドンッ!!
俺の真横で、空気が爆発するような凄まじい踏み込み音が鳴った。
突風が吹き荒れ、俺の視界からピンク色のエプロン姿の影が消失する。
「……私の、一番大切な人を、ゴミ呼ばわりしたわね」
地獄の底から響くような、絶対零度の声。
バルカンが「え?」と間抜けな声を漏らした時には、すでに彼の目の前に、月兎族の姫君――キャルルが音もなく着地していた。
「な、貴様……いつの間に――」
「月影流……『鐘打ち』」
キャルルが独楽のように回転し、遠心力と闘気を極限まで乗せた右足が、空気を引き裂いて跳ね上がる。
彼女が履いているのは、タローマン製の『鉄板入り特注安全靴』。
それが、バルカンの顎の先端に、ミリ単位の狂いもなくクリーンヒットした。
ガキャァァァァァンッ!!!
鈍い、しかし致命的な骨の軋む音が荒野に響き渡る。
「アベッ!?」という奇声と共に、バルカンの身体は錐揉み回転しながら宙を舞い、そのまま背後の豪華な馬車にドッゴォォン! と激突して、白目を剥いて崩れ落ちた。
「坊ちゃんッ!?」
「な、なんだこの女!? 一瞬で間合いを……!」
ゴロツキたちが慌てて剣を抜こうとするが、キャルルが安全靴のつま先をトントンと地面に打ち鳴らし、ヤンデレ気質全開の真っ暗な瞳で彼らを睨みつけた。
「……リオンさんに暴言を吐いたその口、全部私が蹴り砕いてあげます。さあ、かかってきなさい」
キャルルから放たれる、規格外の月兎族の殺気。
さらにその後ろでは、丸太のような腕をボキボキと鳴らす竜人のイグニスが、「俺様の大火炎で、馬車ごと炭クズにしてやろうかァ?」と凶悪な笑みを浮かべて立ち塞がっていた。
完全に戦意を喪失し、足がすくんで動けなくなるゴロツキたち。
だが、その張り詰めた空気を、全く別の『強欲なオーラ』がぶち壊した。
「あらあらあら〜っ! 大変ですわ、お貴族様が倒れていらっしゃいますの!」
なんとリーザが、芋ジャージ姿のままタタタッと駆け寄り、白目を剥いて気絶しているバルカンの傍らに膝をついたのだ。
「大丈夫ですか!? 息をしていますの!? ああっ、口から泡を吹いていますわ! これは一刻も早くお医者様に診せないと、命に関わりますの!」
リーザは悲痛な声を上げながら、バルカンの身体をペタペタと心配そうに撫で回している。
……撫で回している?
いや、違う。俺の【犬の五感(動体視力)】は、はっきりと捉えていた。
リーザの手がバルカンの胸元を撫でた瞬間、彼の内ポケットに入っていた『パンパンに膨れ上がった高級な革財布』が、まるでマジックのようにスッと彼女の芋ジャージの中へと消えたことを。
(お、お前……火事場泥棒かよ!?)
俺が心の中で激しいツッコミを入れている間にも、リーザの神業は止まらない。
バルカンの指にはまっていた宝石の指輪。腰から下げていた金細工の懐中時計。
「苦しそうですわ! ベルトを緩めて差し上げますの!」と言いながら、金目のものを次々と抜き取り、自身の四次元ポケット(芋ジャージ)へと収納していく。
そして、全ての『収穫』を終えたリーザは、ゴロツキたちに向かってバッと振り返り、鬼気迫る表情で叫んだ。
「貴方たち、護衛でしょう!? ボヤボヤしていないで、早くこの方を馬車に乗せて街のお医者様へ連れて行きなさい! 脳震盪ですわ! 手遅れになっても知りませんのよ!」
「ひ、ひぃぃぃっ! わ、わかった! おい、お前ら、坊ちゃんを運べ!」
キャルルの殺気と、リーザの迫真の演技(?)に完全にパニックに陥ったゴロツキたちは、気絶したバルカンを慌てて馬車に放り込み、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。
ガラガラガラッ……!
砂埃を上げて、悪趣味な馬車が荒野の彼方へと消えていく。
「…………」
交番の前に残されたのは、蹴りの残心からポーズを解いたキャルルと、ホクホク顔でジャージのポケットを叩いているリーザ。そして、呆気に取られている俺とイグニスだった。
「……ふふっ。リオンさん、私、リオンさんを守れましたか?」
キャルルが、ウサギ耳をピンと立てて、褒めて褒めてと尻尾を振る子犬のように駆け寄ってきた。
その可愛らしい笑顔と、さっきの顎を砕く殺人キックのギャップが恐ろしい。
「あ、ああ……。怪我がなくて良かったよ。お前のおかげで、俺も手を汚さずに済んだ。ありがとうな、キャルル」
俺が優しく頭を撫でてやると、キャルルは「えへへ……♡ リオンさんに撫でられるの、大好きです……♡」と、俺の胸に顔をスリスリと押し付けてきた。
「プロデューサー! 見てくださいませ! 私の献身的な看病の甲斐あって、こんなにたくさんの『お布施(医療費)』を頂戴いたしましたわ!」
リーザが、ジャージの中からバルカンの革財布と宝石を取り出し、ドヤ顔で見せびらかしてきた。
「お前なぁ……アイドルじゃなくて、ただの凄腕のスリだろそれ。立派な窃盗罪だぞ」
「人聞きの悪いことを言わないでくださいませ! これは、彼らがポポロ村で巻き上げようとしていた違法な資金を、私が『事前のデバフ(物理)』として回収してさしあげただけですの! 愛と正義のLove&Moneyですわ!」
相変わらず強欲で、屁理屈だけは一人前だ。
だが、リーザの言うことにも一理ある。あの落ちぶれ貴族が村を脅しに行く前に、資金源を断ち切ったと考えれば、見事な『盤外戦術』と言えなくもない。
「……まあいい。その金は、悪徳貴族の『違法資金の押収品』として、交番の金庫で一時的に預かっておく。うちのクランの活動資金(交際費)として正当に処理してやるよ」
「やったぁ! さすがプロデューサー、悪知恵……いえ、知恵が回りますわ!」
俺はため息をつきながら、逃げていった馬車の砂埃を見つめた。
キャルルの蹴りとリーザの火事場泥棒のおかげで、一滴の血も流さずに、かつこちらの身元(手取り十六万の実態)を悟られることなく、小悪党を撃退することができた。
仲間たちの個性とチームワークが、見事に機能した結果だ。
(……だが、あのタヌキ親父の目。ただで引き下がるようなタマじゃなかったな)
俺の【犬の嗅覚】が、遠く離れていく馬車から、どす黒い『逆恨み』と『復讐』の匂いが漂ってくるのを微かに感じ取っていた。
プライドをズタズタにされ、財布まで抜かれた小悪党が、どんな汚い手を使ってでも俺たちの『平穏』をぶち壊しに来るであろうことは、火を見るよりも明らかだった。
「よし、お前ら! ひとまずは見事な防衛戦だった。交番に戻って、お昼のチャーハンでも食うぞ!」
「「「おーっ!!」」」
無邪気に笑う仲間たちを交番へと促しながら、俺は密かに気を引き締めていた。
この時の俺は、あの小悪党の逆恨みが、まさか『禁忌の古代遺跡』の封印を解き、ルナミス帝国全土を揺るがす最悪の古代兵器――【死蟲将軍機】を目覚めさせる引き金になるとは、想像すらしていなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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