EP 8
迫る絶望と、手取り16万の覚悟。俺の家族に指一本触れさせるな!
ズゴォォォォォォォンッ!!!
巨大な古代兵器――【死蟲将軍機】が振り下ろした大鎌が、交番を覆う見えない防護結界(システム保護)に激突し、凄まじい衝撃波が嘆きの荒野に吹き荒れた。
「キャアアアアッ!?」
「うおおおおッ!?」
交番内部にまで響き渡る轟音と振動。防弾・防魔ガラスが、まるで悲鳴を上げるようにギシギシと軋む。
この交番は、システム上『絶対安全拠点』として強固な結界に守られている。だが、相手は神話クラスの化け物だ。結界の耐久値が、AI賢者君のモニター上でみるみるうちに削られていくのがわかった。
『警告! 警告! 拠点防護結界、耐久値残リ四〇パーセント! 次ノ一撃デ結界ガ崩壊、交番ハ物理的ニ圧壊シマス!』
「くそっ! やらせるかよォォォッ!!」
イグニスが血走った目で叫び、交番から外へと飛び出した。
彼は丸太のような両腕を顔の前にクロスさせ、竜人の全闘気と生命力を炎に変換し、口から紅蓮の極太レーザーを放った。
「喰らえェッ! 竜人族秘伝――『大火炎』最大出力ッ!!」
全てを溶かす灼熱のブレスが、将軍機の胸部装甲に直撃する。
だが。
『――熱エネルギー探知。脅威度:低。耐熱装甲、パージ不要』
無機質な機械音声と共に、将軍機の表面を覆う不可視の魔力バリアが、イグニスの炎をまるでそよ風のように左右へと受け流してしまった。
「な、なんだと……!? 俺様の最大火力が、傷一つつけられねぇだと!?」
「イグニスさん! 離れて!!」
驚愕して立ち尽くすイグニスの頭上から、将軍機の六本の脚の一本が、槍のように鋭く突き下ろされる。
そこへ横から飛び込んできたのは、ピンク色の影――キャルルだった。
「月影流――『乱れ鐘打ち』ッ!!」
彼女はタローマン製の『鉄板入り特注安全靴』で、振り下ろされた巨大な脚の関節部分を横から強烈に蹴り飛ばした。
100mを5秒台で走るスピードと、規格外の脚力。
ガギィィィィンッ!!
火花が散り、将軍機の脚がわずかに軌道を逸れる。だが、それだけだった。
『――物理衝撃探知。対象、虫ケラ認定。排除スル』
カンッ! と無情な金属音が響き、キャルルの渾身の蹴りは、圧倒的な質量と装甲の硬度によって完璧に弾き返された。
その反動で、キャルル自身の身体が空中でバランスを崩し、紙切れのように吹き飛ばされる。
「きゃあっ……!?」
「キャルルッ!」
俺は交番から飛び出し、宙を舞う彼女の身体を全身で受け止めた。
だが、その衝撃で俺ごと地面に転がり、背中をしたたかに打ちつける。
「ぐはっ……! キャルル、無事か!?」
「リ、リオンさん……ごめんなさい……私の蹴りでも、ビクともしません……っ!」
悔しさにウサギ耳をペタンと伏せ、唇を噛み締めるキャルル。
見れば、彼女の無敵の安全靴のつま先部分の鉄板が、ひしゃげてベコベコになっていた。
さらに背後では、リーザが涙目で【貧乏神】の掃除機を構え、必死に将軍機の魔力を吸い取ろうとしていた。
「うぅぅっ! スイッチ全開ですの! でも……相手の魔力が大きすぎて、お賽銭箱の容量がパンクしそうですわぁぁっ!」
ブスゥン、ブスゥン……!
掃除機から黒い煙が上がり、吸引力が急速に落ちていく。リーザのデバフすら、相手の圧倒的なリソースの前には焼け石に水だった。
「クソッ……クソォォッ! 所長の交番が、俺たちのBBQテラスが踏み潰されちまうッ!!」
イグニスが、両手斧を握りしめながら絶望の咆哮を上げる。
だが、将軍機は虫ケラの抵抗など意に介さず、再び巨大な大鎌を高く、高く振りかぶった。
次の一撃で結界は破られ、交番は跡形もなく吹き飛ぶ。
「…………」
俺の足は、ガクガクと情けなく震えていた。
怖い。恐ろしい。
事勿れ主義で、残業と暴力が大嫌いで、誰かの後ろに隠れて安全に生きていきたくて、手取り十六万のお巡りさんになった俺だ。
こんな神話クラスの化け物と真っ向から殺し合うなんて、俺の『管轄外』だ。逃げたい。今すぐ全てを放り出して、遠くへ逃げ出したい。
(前世でも、そうやって逃げ続けてきたじゃないか……)
理不尽な上司に怒鳴られても、クレーマーに理不尽な要求をされても、ひたすら愛想笑いを浮かべて、自分が傷つかないように頭を下げてやり過ごしてきた。
そうやって自分を殺し続けた結果が、孤独な過労死だった。
「……プロデューサー」
震える俺の背中から、ジャージの裾をギュッと掴む小さな手の感触がした。
振り返ると、リーザが顔を涙と鼻水でグシャグシャにしながら、俺を見上げていた。
「怖い……怖いですわ、プロデューサー。せっかく、お腹いっぱいカツ丼が食べられるようになったのに……みんなとコタツでみかんを食べるのが、すっごく楽しかったのに……っ」
地面に膝をついたイグニスが、不甲斐なさに拳を地面に叩きつけて血を流している。
腕の中で、キャルルが「リオンさん、逃げてください……私が、命に代えても時間を稼ぎますから……」と、弱々しい声で俺を庇おうとしている。
社会から落ちこぼれ、誰からも必要とされず、孤独に震えていた彼ら。
そんな不器用な奴らが、俺が作った『手取り十六万のホワイト企業(交番)』で、ようやく心からの笑顔を取り戻した。
一緒にバカやって、美味い飯を食って、共に生きていくと誓った『家族』だ。
(……逃げる?)
(冗談じゃねぇ)
俺の胸の奥底で、かつてないほどの熱い、熱い業火が燃え上がった。
前世で理不尽に踏みにじられ、誰にも助けてもらえなかった『高杉隼斗』の魂が、今生でようやく手に入れた一番大切なものを守るために、俺の弱い心を、力ずくでねじ伏せた。
――バンッ!!!
俺は、ガクガクと震えていた自分の太ももを、拳で強く殴りつけた。
痛みが脳を貫き、震えがピタリと止まる。
「リ、リオンさん……?」
俺はキャルルをそっと地面に下ろし、ゆっくりと立ち上がった。
瞳の中にあった『怯え』や『迷い』の感情が、スッと温度を失い、完全に消え去る。
代わりに宿ったのは、前世の営業スマイルでも、事勿れ主義の怠惰でもない。
悪を絶対に許さず、理不尽を力で制圧する、冷徹にして完璧な『法執行者』の目だ。
「……勘違いすんなよ、デカブツ」
俺は、天を衝くほどの巨大な死蟲将軍機を見上げ、腰のホルスターから警察手帳を引き抜いて、バシッと開いた。
「俺は、アルディス領周辺管轄、手取り十六万の巡査長だ。……俺の管轄で、俺の家族に指一本触れさせるかよォォォッ!!!」
俺の腹の底からの咆哮が、荒野の空気をビリビリと震わせた。
警察手帳から放たれる『威圧』のオーラが、機械であるはずの将軍機のセンサーを一瞬だけノイズで乱す。
「イグニス! 立つんだ! お前の大火炎は、そんな小せぇもんだったか!」
「しょ、所長……ッ!」
「リーザ! 泣いてる暇はない! アイドルなら、最後までステージに立って足掻け!」
「プ、プロデューサーぁっ!」
「キャルル! お前の足は、俺の背中を守るためにあるんだろ! 俺を置いて死ぬなんて絶対に許さねぇ!」
「っ……! は、はいっ!!」
俺の声が、仲間たちの心に強烈な喝を入れる。
絶望に染まりかけていた三人の瞳に、再び強い光が、生きるための闘志が燃え上がった。
「いいか、お前ら。真正面から殴り合って勝てる相手じゃない。だが、どんな完璧な機械にも、必ず『弱点』がある」
俺は、前世のブラック企業で培った『盤外戦術(ルールを無視した悪知恵)』の思考をフル回転させた。
死蟲将軍機の圧倒的な力、硬すぎる装甲、莫大な魔力。
だが、機械である以上、必ず『排熱』の機構と、『視覚』に依存している部分があるはずだ。
そして、俺の魔法ポーチには、その弱点を徹底的について無力化する『反則アイテム』が腐るほどある。
「一人じゃ絶対に無理だ。俺が囮になる。俺の合図で、それぞれが自分の『一番得意なこと』を完璧にこなせ。……あのクソデカい鉄屑の装甲を引っ剥がして、俺のM870の弾丸を、どてっ腹のコアにぶち込んでやる!」
俺が背中から『魔導制圧散弾銃』を引き抜き、ガシャッ! とポンプを引くと、三人の仲間たちも一斉に立ち上がり、それぞれの武器を構えた。
「おうよッ! 俺様が、あの鉄屑をドロドロに溶かしてやるぜ!!」
「私の歌とお賽銭箱で、あいつの全魔力を吸い尽くしてやりますわ!」
「リオンさんの指示通りに。……私の全てで、リオンさんの道を作ります!」
最強の火力。最強のデバフ。最強の脚力。
そして、全てを統括し、盤外戦術で敵をハメ殺す『最強の悪知恵(指揮官)』。
理不尽な絶望を前にして、俺たち【ライジング・サン・ガード】は今、一つの完璧な『チーム』へと進化した。
『――警告。対象群ノ脅威度上昇。コレヨリ、殲滅フェーズニ移行スル』
死蟲将軍機の複眼が紅蓮に輝き、大鎌が唸りを上げて振り下ろされようとする。
「行くぞお前ら! 最高の『残業(ブラック労働)』の始まりだッ!!」
手取り十六万のポンコツ交番クランによる、神話級の化け物に対する前代未聞の『制圧作戦』が、今、その幕を開けたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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