EP 2
地下アイドルのゲリラライブと、お賽銭箱の誤算
「プロデューサー! 私、決めましたわ! 今からポポロ村でゲリラライブを決行いたします!」
その日の午後。
交番での平和な昼休みを満喫し、食後のコーヒーを啜っていた俺の耳に、リーザの高らかな宣言が飛び込んできた。
彼女は芋ジャージを腕まくりし、やる気に満ちた表情で仁王立ちしている。
「ゲリラライブ? なんでまた急に」
「我がクラン【ライジング・サン・ガード】の知名度を上げ、地域住民との親睦を深めるためですの! そして何より、私の絶対無敵のステージで村人たちを熱狂させ、たんまりとお布施を稼ぐためですわ!」
「前半の建前を、後半の強欲さで完全に打ち消してるぞ」
俺がツッコミを入れると、リーザは「アイドルたるもの、貪欲でなければトップは取れませんの!」とドヤ顔で胸を張った。
まあ、ポポロ村は俺の管轄である緩衝地帯であり、彼らからの『民意の信頼度(ご機嫌)』を稼ぐことは、俺が巡査長という階級を維持し、手取り十六万の平穏を守るために不可欠な業務でもある。
リーザの歌声(人魚族の奇跡)には、聞く者の疲労を回復させる強力なバフ効果がある。村人への慰問としては悪くない。
「わかった。午後からのパトロールを兼ねて、ポポロ村に行くか。イグニス、キャルル、付き合ってくれ」
「おう! 嬢ちゃんの初ライブなら、俺様が最高のステージを組んでやるぜ!」
「リオンさんとのお出かけ……ふふっ、護衛はお任せください♡」
こうして俺たちは、125ccバイクと徒歩(イグニスとキャルルは俺のバイクに並走できる)で、ポポロ村へと向かった。
* * *
「さあさあ、集まってくださいませ! 本日限り、入場料無料の特別ステージ! 私、宇宙一のスパチャアイドル・リーザが、皆様に極上の時間をお届けしますわ!」
ポポロ村の広場。
イグニスが器用に組み上げた即席の木製ステージの上で、リーザが拡声器(交番の備品)片手に客引きを行っていた。
最初は遠巻きに見ていた村人たちだったが、絶世の美少女(芋ジャージ姿だが)の明るい声に惹かれ、農作業を終えたドワーフやエルフ、獣人たちが次々と集まってきた。
「ほう、交番のリオン巡査長が連れてきた嬢ちゃんか。歌を歌うって?」
「ええ! 皆様、手拍子をお願いしますわ! ミュージック、スタート!」
リーザが大きく息を吸い込み、歌い始めたのは、なんとあの『ハゲたぬきのポンポコ節』だった。
しかも、ポケットから五円玉を取り出し、自身の鼻の穴に詰めて腹鼓を打つという、狂気の宴会スタイルである。
「♪た、た、たぬきのお腹は ポンポコポンポン! 月よ〜月で〜頭は ハーゲハゲでピーカピカ〜!」
美少女が鼻に五円玉を詰めて歌うという異常なギャップ。
しかし、腐っても彼女は海中国家のお姫様だ。その歌声は澄み渡り、聞く者の心に直接響き渡る『人魚の奇跡』を帯びていた。
「おおっ……!? な、なんだかわからんが、腰の痛みがスーッと引いていくぞ!?」
「す、すげえ! 腹の底から元気が湧いてきやがる! ヨイヨイ!」
村人たちが、次第にリズムに乗り始めた。
手拍子が巻き起こり、老若男女が入り乱れて踊り出す。
リーザの狂気と奇跡が融合したライブは、あっという間にポポロ村の広場を熱狂の渦へと巻き込んでいった。
「ソレ! ヨイヨイ! ア、ドッコイ!」
「ありがとう、ありがとう! 皆様の愛(お布施)、しっかり受け止めますわ!」
熱狂が最高潮に達した時、感動した村人たちから、次々と銅貨や銀貨が『おひねり』としてステージに投げ込まれ始めた。
チャリン、チャリンと音を立てて硬貨が転がる。
「おおっ! スパチャの嵐ですわ! 素晴らしい! これぞLove&Money!」
リーザの瞳が、強欲の炎($マーク)でギラギラと輝き始めた。
彼女は投げ込まれた小銭を効率よく回収しようと、自身のユニークスキルであるあのダサい魔導具を取り出した。
そう、【貧乏神】の『お賽銭箱型掃除機』である。
(……ん? おい、ちょっと待て。嫌な予感がするぞ)
広場の隅で腕を組んで見ていた俺の【犬の五感】が、強烈な危機察知アラートを鳴らした。
リーザのスキルは、「吸い込んだ財産を『無』に帰す」というデバフ能力だ。お金を回収する道具ではない!
「よし! このお賽銭箱で、皆様の愛を残さずキャッチしますわ! スイッチ・マァァァックス!」
リーザが、無邪気な笑顔で掃除機の出力を最大まで引き上げた、その瞬間だった。
「ブォォォォォォォォォンッ!!」
お賽銭箱から、物理的な風ではない、恐るべき『貧乏神の吸引力』が発生した。
ステージに落ちていた小銭が、スルスルと吸い込まれて消滅する。
……そこまでは良かった。
だが、出力マックスの貧乏神の力は、それだけでは収まらなかった。
「えっ……!? わ、わしの財布が勝手に……!?」
「キャアッ!? 私のヘソクリの金貨が、ポケットから飛び出して……!?」
なんと、広場に集まっていた村人たちの懐から、財布の紐が解け、中に入っていた生活費やへそくりが、文字通り光の粒となってリーザのお賽銭箱へと猛スピードで吸い込まれていったのだ。
「あ、あれ!? おひねり以外のものまで……ちょ、止まりませんわ!? スイッチが壊れましたのー!?」
パニックになるリーザ。
だが、容赦のない貧乏神の吸引は止まらない。
村の長老の杖の先にハマっていた宝石までもがスポーンと抜け、見事に吸い込まれて消滅してしまった。
ブスゥン……。
数秒後、ようやく魔力切れで掃除機が停止した時。
ポポロ村の広場は、お通夜のような静寂に包まれていた。
「……わしの、老後の蓄えが」
「俺の、今月の酒代が……」
村人たちが、空っぽになった財布を握りしめ、ワナワナと震えている。
熱狂していた瞳が、徐々に『怒り』と『殺意』へと変わっていくのが、痛いほど伝わってきた。
「て、てめぇ! 人の金を根こそぎ盗みやがって! アイドルじゃなくてただの泥棒じゃねえか!」
「ふざけんな! 金を返せ! 今すぐ返さねぇと、交番ごと燃やしてやるぞ!!」
暴動の始まりである。
クワやカマを手にした村人たちが、リーザに向かって殺到しようとする。
リーザは真っ青になり、芋ジャージの袖で頭を抱えてガタガタと震え出した。
「ひぃぃっ! ご、ごめんなさい! 吸い込んだお金は消えちゃうから、返せませんのぉぉぉ!」
「嬢ちゃんが危ねぇ! 所長、ここは俺様とキャルルが壁に……!」
イグニスが前に出ようとし、キャルルも安全靴のつま先を鳴らして戦闘態勢に入る。
だが。俺の管轄内の善良な市民を、仲間を使って力でねじ伏せるなど、警察官として絶対にやってはならないことだ。
「……二人とも、手出しするな。ここは、俺が収める」
俺は深く息を吐き、前世のブラック企業で数え切れないほどの理不尽なクレーマーを沈静化させてきた、『トップ営業マン』のスイッチをオンにした。
「皆さぁぁぁぁん!! 落ち着いてくださぁぁぁぁい!!」
俺は両手を高く上げ、腹の底から響く大声で広場に叫んだ。
制服姿の『お巡りさん』の登場と、その気迫に、暴徒化しかけていた村人たちが一瞬だけ動きを止める。
俺はすかさず、地面に膝をつき、アスファルトに額を擦り付けるほどの完璧で美しい『土下座』を披露した。
「リ、リオンさん!?」
「所長が土下座したァ!?」
驚く仲間たちを尻目に、俺は滑らかな口調で語り始めた。
「皆様! この度は、我がクランのアイドルの未熟さゆえに、多大なるご迷惑をおかけしたこと、巡査長として深く、深くお詫び申し上げます! ……ですが! 皆様、どうか聞いてください!」
俺は顔を上げ、真剣な、しかし慈愛に満ちた眼差しで村人たちを見渡した。
「先ほどの現象……あれは決して、皆様の財産を盗んだのではありません。あれは、海中国家に伝わる神聖なる『厄落としの儀式』だったのです!」
「「「や、厄落とし……?」」」
村人たちが顔を見合わせる。
よし、食いついた。ここからは一気に俺のペース(悪知恵)に引きずり込む。
「はい! 古来より『金は天下の回り物』、そして『厄を吸うもの』と言われております。皆様の財布にあったお金は、日々の生活の疲れや、見えない不運をたっぷりと吸い込んでいたのです! それを、人魚の姫であるリーザが、自身の身を削って『貧乏神の力』で浄化してくれたのです!」
俺の【犬の五感(嘘の匂いを消す話術)】と、警察手帳の持つ【威圧(説得力アップ)】のバフが、言葉に妙な信憑性を持たせる。
「思い出してください! 彼女の歌を聞いた時、身体が軽くなりませんでしたか? それこそが、厄が落ち始めた証拠! 浄化されたお金は天へと還り、皆様の元には、必ずそれ以上の『幸運』と『豊穣』が舞い戻ってくると、私が保証いたします!」
「お、おおっ……。言われてみれば、確かに身体の調子はすごく良いぞ……?」
「そ、そうか。あれはワシらの厄を身代わりに吸い取ってくれたのか……」
俺のハッタリに、純朴な村人たちの怒りが急速に萎んでいく。
だが、これで終わらせては営業マン失格だ。相手の懐に飛び込み、最後のアフターケア(サービス)で完璧に手懐ける。
「とはいえ! 一時的にお財布が寂しくなってしまったのは事実! そこで、私からの心ばかりの『お詫びと感謝の品』をご用意いたしました!」
俺は四次元魔法ポーチから、交番のPXで大量に仕入れておいた地球の『インスタントコーヒー(特製ブレンド)』と『高級クッキーの詰め合わせ』を取り出し、村人たちに配り始めた。
「このコーヒーは、あの天才鍛冶師ネギオ殿も絶賛した至高の嗜好品! そして、このクッキーは、疲れを癒やす魔法の甘味です! さあさあ、どうぞお持ち帰りください!」
異世界には存在しない、芳醇なコーヒーの香りと、バターの効いた甘いクッキー。
それを受け取った村人たちの顔に、再びパァッと笑顔が戻った。
「うおお! なんだこのいい匂いの豆は! クッキーも甘くてうめえ!」
「リオン巡査長、あんたやっぱり良い人だな! まあ、厄落としってんなら、今回は水に流してやるよ!」
「嬢ちゃんも、次はもっと気をつけて歌えよな!」
怒号は歓声に変わり、村人たちは笑顔で解散していった。
暴動の危機は、俺の『営業スマイルと土下座、そして賄賂』という盤外戦術によって、一滴の血も流さずに平和的に収拾されたのである。
「……ふぅ。心臓が止まるかと思ったぜ」
俺が膝の土を払って立ち上がると、リーザがポロポロと涙を流しながら俺の胸に飛び込んできた。
「うわあああんっ! プロデューサーぁぁぁ! ごめんなさい、私、またやらかしちゃいましたわ!」
「よしよし。怪我がなくて良かったな。お前はただ一生懸命歌っただけだ。……あの掃除機の出力調整は、後で俺が一緒に練習してやるから」
俺が優しく頭を撫でると、リーザは鼻をグズグズさせながら俺を見上げた。
「プロデューサー……どうして怒らないんですか? 私のせいで、貴方に頭まで下げさせて、お小遣いまで使わせちゃったのに……」
「馬鹿野郎。所属アイドル(部下)の失敗のケツを拭いて、矢面に立つのがプロデューサー(上司)の仕事だろ? だから気にするな」
俺はニヤリと笑い、彼女の頭をもう一度撫でた。
「お前は、ただステージで輝くことだけを考えてればいい。面倒事は、俺の知恵と警察手帳で全部丸め込んでやるからよ」
その言葉を聞いた瞬間。
リーザの瞳の奥に、かつてないほどの強烈な『信頼』と『忠誠心(という名の強欲)』の炎が燃え上がった。
「……プロデューサー。私、決めましたわ」
「ん?」
「私、貴方のこと、一生離しませんの! 世界中の誰から奪うよりも、貴方からの愛とお小遣いを吸い尽くすのが、一番の幸せですわーっ!」
「だからお前は吸い尽くすな! 俺の手取り十六万が消し飛ぶだろ!」
俺の悲鳴と、イグニスとキャルルの笑い声が、夕暮れのポポロ村に響き渡る。
こうして、ポンコツアイドルの初ライブは、大きな教訓と、俺の小遣いの犠牲と共に幕を閉じた。
このワケアリだらけのクランをまとめるのは骨が折れるが……まあ、誰も傷つかずに交番に帰れるなら、安いもんだ。




