第三章 【交番クランの日常と防衛戦】ポンコツ無職たちと送る手取り16万のスローライフ。
手取り16万の朝食と、竜人ブリーチャーの激闘(DIY)大作戦
嘆きの荒野に建つ、ルナミス帝国で最も安全かつ快適な建造物——『交番』。
そのデスク室には、キーボードを叩く軽快なタイピング音だけが静かに響いていた。
「……よし、これで冒険者ギルドへの『クラン設立に伴う月次活動方針書』と、交番の『備品管理台帳』の更新は完了、と」
エンターキーをターンッ!と小気味よく叩き、俺——手取り十六万の巡査長リオンは、背もたれに深く体重を預けて大きく伸びをした。
デスクの上にあるノートPCから、AI賢者君の無機質だが聞き慣れた音声が流れる。
『——ピロッ。書類作成、オ疲レ様デス、リオン巡査長(所長)。完璧ナ書式デス。コレデ当面ノ間、ギルドノ小煩イ監査ヲ回避可能デス』
「ああ、ありがとう賢者君。やれやれ、異世界に来てまでエクセルやワードもどきと睨めっこするハメになるとはな。まあ、ブラック企業で連日深夜までやらされてたサービス残業に比べれば、クーラーの効いた部屋でやる事務仕事なんて天国みたいなもんだが」
俺は給湯室のサーバーから淹れたての緑茶を啜り、ホッと息を吐いた。
俺が立ち上げたクラン【ライジング・サン・ガード】に、竜人のイグニス、人魚姫のリーザ、そして月兎族のキャルルという三人の『ワケアリ最強無職』たちが加入してから、数日が経過していた。
一人用の交番に四人が住み着いたことで、人口密度は一気に上がったが、俺の『事勿れ主義で平穏な不労所得ライフ』は概ね順調に守られている。
(今日も安全第一。魔獣の討伐なんて危険な依頼は受けず、近所で薬草でも拾って平和に過ごそう……)
そう思いながら、二度寝をキメるために仮眠室へ向かおうとした、その時だった。
——ズガガガガガガッ! ドッゴォォォンッ!!
「……っ!?」
突然、交番の外(裏庭の方角)から、地響きを伴うすさまじい爆音と破壊音が轟いた。
防弾・防魔ガラスがビリビリと震えている。
(な、なんだ!? 魔獣の群れか!? それとも実家のクソ親父が差し向けた暗殺部隊の生き残りか!?)
生来の気小ささが全力でアラートを鳴らす。
俺は慌ててタクティカルベルトを締め直し、武器庫から『魔導制圧散弾銃(M870・ネギオカスタム)』を引っ掴むと、交番の裏口へと飛び出した。
「誰だ! 俺の平穏な手取り十六万ライフを脅かす奴は——って、え?」
銃を構えて飛び出した俺の目に飛び込んできたのは、予想していた血みどろの戦闘風景ではなかった。
そこには、頭にタオルを巻き、ドカジャンを腰に巻いた巨漢の竜人——イグニスが、セメントをこねている姿があった。
「おっ、所長! 起きたか! おはようさん!」
「イ、イグニス……? お前、朝から何やって……ていうか、なんだこれは!?」
俺は思わず銃を下ろし、目を丸くして周囲を見渡した。
昨日まで、ただの赤茶けた荒野だった交番の裏庭が、劇的なビフォーアフターを遂げていたのだ。
地面は綺麗に平らに整地され、四隅には頑丈な丸太のフェンス。奥には、格闘訓練用の巨大な岩石の的が設置されている。
さらに驚くべきことに、その横には、耐火レンガが美しく積み上げられた『特設バーベキュースペース』まで完備されていた。
「へへっ、どうよ所長! 俺様が日雇い労働で培った土木工事のスキルと、持ち前の『大火炎』でレンガを焼き上げて作った、俺たち専用の『訓練場 兼 BBQテラス』だぜ!」
「いや、完成度高すぎだろ! どこのタローマンの屋外展示場だよ!」
俺がツッコミを入れていると、「よいしょーっと」という可愛らしい掛け声と共に、巨大な岩盤(推定五トン)を軽々と頭の上に掲げたキャルルが歩いてきた。
「おはようございます、リオンさん! この岩、ダミー標的の土台にしようと思うんですけど、どこに置きましょうか?」
「お前は相変わらずその『特注安全靴』と脚力で重機の代わりをしてるのか……。そこに置いといてくれ。怪我はないか?」
「はいっ! これくらい、リオンさんのためなら全然重くありませんから!」
キャルルがズシン! と岩を置くと、大地が揺れた。
そして、その傍らでは、なんとリーザが木箱の上に乗って、芋ジャージ姿のままステップを踏んでいた。
「さあさあ、汗水流して働く殿方! 私の歌で癒やされて、そしてお布施を落としなさい! 『愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ! マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ!』」
「……リーザは、何やってるんだ?」
「ああ、嬢ちゃんの歌を聞いてると、不思議と疲れが吹っ飛ぶんだよ! 最高の現場BGMだぜ!」
イグニスが親指を立てて白い歯を見せる。
人魚族の奇跡を、ただの土木作業の疲労回復に使っているらしい。相変わらず強欲なアイドルだが、労働環境の改善には一役買っているようだ。
「お前らなぁ……」
俺はため息をつき、M870を背中にしまった。
「うちは『サービス残業禁止』がモットーだぞ。朝早くから、誰に頼まれたわけでもないのにこんな大工事をして……疲れただろ」
俺が少し咎めるようなトーンで言うと、三人は顔を見合わせ、照れくさそうに笑った。
「いやぁ、所長には美味いカツ丼を食わせてもらって、寝床まで用意してもらったからな。俺様にできる恩返しっつったら、工事現場で仕込まれたこういう力仕事くらいしかねぇんだよ」
「私も、ここでリオンさんを守るための蹴り(月影流)を練習したくて。……リオンさんのお家(交番)の裏庭なら、誰にも遠慮せずに思いっきり汗を流せますから」
「私は、ただゲリラライブの練習ができるステージが欲しかっただけですわ! お賽銭箱はまだ空っぽですけど!」
三者三様の答え。
だが、その根底にあるのは「この交番(居場所)をもっと良くしたい」「リオンの役に立ちたい」という、不器用で純粋な善意だった。
社会から落ちこぼれ、誰からも必要とされなかった彼らが、今、自分の意志で、自分たちの『家』を作ろうとしている。
(……やれやれ。こんな真っ直ぐな笑顔を見せられたら、上司として怒るわけにはいかないじゃないか)
俺はポンとイグニスの肩を叩き、キャルルの頭を軽く撫でた。
「上出来だ。最高の訓練場とテラスじゃないか。……お前らの頑張りに免じて、今日の朝は特別手当を出してやる」
俺は交番の中に戻り、端末から『PX(有料売店機能)』を開いた。
自分の給料(小遣い)から数百円分のポイントを消費し、地球の『よく冷えた高級フルーツジュース』と『スポーツドリンク』を人数分購入する。
「ほら、休憩だ。冷たいうちに飲め」
裏庭に戻り、キンキンに冷えたペットボトルを放り投げると、三人は目を丸くして歓声を上げた。
「うおおおっ!? なんだこの甘くて冷たい飲み物は! 身体中に染み渡るぜェェッ!」
「美味しい……! ほのかにリンゴの香りがして、すごく上品な味がします……♡」
「プロデューサー! 私、一生このオレンジの液体についていきますわー!」
美味そうにジュースを喉に流し込む彼らを見ながら、俺もスポーツドリンクのキャップを開けて一口飲んだ。
冷たい液体が、荒野の朝の乾いた空気に心地よくマッチする。
「……さて、水分補給が終わったら、中に入れ。朝飯の時間だ」
「「「おーっ!!」」」
* * *
交番の給湯室。
エアコンの効いた快適な室内で、俺たちはデスクを囲むようにパイプ椅子を並べ、配膳ボックスから出された四人分の『納豆定食』に向かい合っていた。
「いいか、納豆ってのは百回混ぜてからが本番だ。カラシとタレは最後に入れること。これが最も米麦草(ご飯)に合う至高の食べ方だぞ」
「おう! 混ぜれば混ぜるほど美味くなるんだな所長! 任せとけ!」
イグニスが、竜人の圧倒的な腕力で納豆を高速回転させる。親の仇のようにかき混ぜられた納豆は、もはや白いホイップクリームのようにきめ細かく泡立っていた。
「できましたわ! これをご飯に乗せて……んん〜っ! 臭いけど、このネバネバした食感と大豆の旨味がたまりませんわ! 朝からこんな贅沢なお豆が食べられるなんて、アイドル辞められませんの!」
「リーザちゃん、ほっぺにネバネバがついてるよ。ふふっ、本当に美味しいですね、リオンさん」
キャルルが上品に口元を拭いながら、俺に向かって微笑みかける。
ズズッと豆腐とワカメの味噌汁を啜りながら、俺は三人の食べる様子を眺めた。
「……美味いか?」
「はいっ! 最高です!」
前世の俺は、朝食といえばコンビニで買ったゼリー飲料を、満員電車に揺られながら五分で胃に流し込むだけの孤独な作業だった。
誰かとテーブルを囲み、「美味しいね」と笑い合いながら食べる朝ごはんが、これほどまでに心を温かく満たしてくれるものだとは、思いもしなかった。
(俺は、やっぱり事勿れ主義のビビりで、サビ残は大嫌いだ。……でも)
俺は、納豆ご飯を頬張りながら、内心でそっと誓う。
(この騒がしくて、温かくて、美味い飯が食える『俺たちの居場所』だけは、何があっても守り抜いてやるさ)
「おいイグニス、お前もう三杯目かよ! 俺の分まで食うな!」
「ハハハッ! 所長の飯は無限に湧いてくるんだろ!? 足りねぇよ!」
「プロデューサー! 私の分のお味噌汁もおかわりお願いしますわ!」
今日も嘆きの荒野の交番には、手取り十六万の平穏で騒がしい日常の音が響いている。
俺たち【ライジング・サン・ガード】の絆は、こうして毎日の『同じ釜の飯』を通じて、少しずつ、しかし決して切れない鋼のように強く結ばれていくのだった。
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