EP 10
俺たちの帰る場所。手取り16万と最高の仲間たち、そして夜泣きそばの温もり
ひんやりとした夜風が、火照った身体を心地よく冷ましていく。
違法な強制労働が行われていた『第十三号未登録廃坑』の入り口から、俺たち【ライジング・サン・ガード】は、救出した数十名の労働者たちを引き連れて外へと脱出した。
「おっちゃん! 大丈夫か、怪我はねぇか!」
外の新鮮な空気を吸った途端、イグニスがボロボロの服を着た初老の浮浪者に駆け寄った。
彼こそが、イグニスが日雇い労働をクビになって公園で飢えていた時、パンの耳の『美味い食い方』を教えてくれた恩人のおっちゃんだった。
「イ、イグニス……。お前、そのドカジャン……」
「へへっ。ちょっと小綺麗になっただろ? 俺様、今は最高のクランで『特攻隊長』をやらせてもらってんだ」
イグニスが誇らしげに胸を張ると、おっちゃんはシワだらけの顔をくしゃくしゃにして、ポロポロと涙を流した。
「そうか……良かったなぁ、イグニス。お前は強くて優しい奴だから、いつか立派な仲間ができるって信じてたぞ。……助けてくれて、本当にありがとうなぁ」
「おっちゃん……っ!」
イグニスは、自分よりも二回りも小さな恩人を、痛くないようにそっと抱きしめ、子供のように声を上げて泣いた。
見栄を張って、故郷の両親に嘘の合成写真を送り続けていた哀しき竜人。だが、今の彼にはもう、嘘で自分を大きく見せる必要はない。彼には、彼の背中を預けられる本物の『仲間』がいるのだから。
「……プロデューサー。なんだか、私まで泣けてきちゃいましたわ」
「私もです。……イグニスさん、本当に良かったですね」
鼻をすするリーザに、目を潤ませるキャルル。
俺は縛り上げた悪徳社長ガルドスが逃げないように手錠の紐を握りながら、静かに微笑んだ。
「さあ、お涙頂戴はここまでだ。労働基準法違反のクズどもを冒険者ギルド(とルナミスの治安維持局)に引き渡して、今日のサビ残は終了にするぞ!」
* * *
ルナミス帝国の冒険者ギルド・中央支部。
深夜にも関わらず、ギルドは蜂の巣をつついたような大騒ぎになっていた。
「ええええっ!? じゅ、十数件もの冒険者失踪事件の黒幕!? しかも裏社会の大物、あのガルドスを、たった四人のEランクパーティーで制圧したんですか!?」
受付嬢が、目玉が飛び出そうなほど驚愕して叫んだ。
俺はカウンターに、ガルドスの懐から押収した『裏帳簿(リーザがデータを吸い尽くす前にバックアップを取っておいた証拠品)』と、被害者たちの証言録取書をドンと積んだ。
「制圧っていうか、ちょっとした『労働監査』ですよ。詳しい調書と証拠品はここにまとめてあります。残りの雑務(事後処理)は、ギルドの法務部に丸投げしますんで。俺は残業しない主義なんでね」
「こ、こんな完璧な証拠書類、見たことありません……! リオンさん、あなた一体何者なんですか……!?」
震える受付嬢と、呆然とするギルド内の冒険者たちを背に、俺は片手を上げてギルドを後にした。
前世で社畜として鍛え上げられた『書類作成能力』と『責任の押し付け合い(丸投げ)スキル』が、ここでも完璧に火を噴いた。警察官たるもの、現場仕事だけでなく、デスクワークで敵を追い詰める盤外戦術も得意でなければならないのだ。
「終わったー! これで本当に、本日の業務は終了ですわー!」
「おう! 腹減ったぜ所長! 早く帰って、約束の特大チャーシュー麺が食いてぇ!」
ギルドの外で待っていたイグニスとリーザが、俺の顔を見るなり駆け寄ってきた。
キャルルも嬉しそうに兎の耳を揺らしている。
「よし、帰るぞ。俺たちの家に」
* * *
嘆きの荒野に建つ、手取り十六万のマイホーム『交番』。
自動ドアをくぐると、AI賢者君の『オ疲レ様デス、リオン巡査長』という無機質だがどこか温かい音声と、完璧に調整された二十五度の空調が、俺たちを出迎えてくれた。
「ただいまーっ!」
三人とも、まるで本当の家族が家に帰ってきたかのように、満面の笑みで靴を脱ぐ(交番内は基本的に土足だが、彼らは居住スペースでは靴を脱ぐルールを勝手に作っていた)。
「ほら、お前ら。先にお湯を浴びてこい。地下の廃坑で砂埃まみれだろ。その間に、俺が最高の夜泣きそばを作ってやる」
「「「わーい!!」」」
三人がシャワールームへと順番に向かう間、俺はデスク室の奥にある給湯室(簡易キッチン)へと向かった。
配膳ボックスの『夜食』ボタンを押し、人数分のカップラーメン(醤油味)を召喚する。
普段ならこれで終わりだが、今日は特別だ。初めてのクラン合同任務の大成功と、イグニスの仲間を救えたお祝いである。
「……仕方ねぇな。今月の小遣い、少し前借りするか」
俺は交番の端末から『PX(有料売店機能)』にアクセスし、自腹の銀貨を切って、地球の『極上厚切り炙りチャーシュー』と『煮卵』、『メンマ』を大量に購入した。
出来上がったカップラーメンの上に、トッピングを山のように盛り付ける。ジャンクフードの極みでありながら、今の俺たちにとっては、三ツ星レストランのフルコースにも勝る至高のご馳走だ。
「お待たせしましたわー! シャワー浴びて、サッパリしましたの!」
濡れた水色の髪をタオルで拭きながら、芋ジャージに着替えたリーザが出てきた。
続いて、ドカジャンを脱いでTシャツ姿になったイグニスと、パーカー姿のキャルルも給湯室に顔を出す。
「うおおおおッ!? なんだこの山盛りの肉と卵は!? 所長、これ本当に食っていいのか!?」
「プロデューサー! 貴方は神ですわ! これぞ愛! これぞスパチャ(課金)の極み!」
「ふふっ。リオンさん、少し無理してくれましたね。ありがとうございます」
三人の目が、星のようにキラキラと輝いている。
俺は照れ隠しにフイッと視線を逸らし、「伸びる前に食えよ」と割り箸を渡した。
「「「いただきます!!」」」
ズズッ! ズルルルルッ!!
深夜の交番内に、麺を啜る豪快な音が響き渡る。
「ハフッ、ハフッ! チャーシューが口の中でとろけますわぁぁっ!」
「うめぇ……! あんなタヌキ親父をブッ飛ばした後のラーメンは、最高にうめぇぜ……ッ!」
イグニスが、熱さでハフハフと口を動かしながら、またしても目尻に涙を浮かべている。
リーザはラーメンを啜りながら、ご機嫌な鼻歌(『ハゲたぬきのポンポコ節』のアレンジバージョン)を歌い、キャルルは俺の隣にピタリとくっついて「リオンさん、チャーシュー一口いかがですか? あーん♡」とヤンデレ気質全開で迫ってくる。
(……騒がしいな)
俺は、キャルルから無理やり口に突っ込まれたチャーシューを咀嚼しながら、コーヒーを片手にその光景を見つめた。
前世の俺は、仕事が終われば、誰もいない冷たいワンルームの部屋に帰り、暗闇の中でコンビニ弁当を一人で黙々と食べていた。
誰かと温かいご飯を囲むことなんて、もう何年もしていなかった。
事勿れ主義で、絶対に働きたくなくて、手取り十六万で一生引きこもってやろうと誓った第二の人生。
でも、気がつけば。
社会から見放され、傷つき、居場所を失ったワケアリの天才たちを拾い集め、いつの間にかこんな『大家族』の大黒柱(所長)になってしまっていた。
「……まあ、悪くねぇか」
俺の小さな呟きは、三人の笑い声に掻き消された。
「ねえ、プロデューサー! 明日はどんなクエストに行きますの? 私、もっともっと敵のお金を吸い尽くして、クランの貯金を増やしたいですわ!」
「馬鹿野郎、明日は俺様が所長のバイクをピカピカに磨く日だ! クエストは午後からにしてくれよな!」
「私は、リオンさんの膝枕でお昼寝したいです……♡」
言いたい放題の三人に、俺は苦笑しながら立ち上がった。
「お前ら、ウチのクランは『サービス残業禁止』だぞ。明日は午前中、しっかり寝て身体を休めろ。午後から、ポポロ村の近辺で薬草採取だ。……安全第一、定時退社でいくぞ」
「「「了解!!」」」
深夜の嘆きの荒野。
外は相変わらず、魔獣の咆哮が響く過酷な世界だ。
だが、この交番の中だけは、どんな高級な城よりも温かく、優しい光に包まれていた。
(俺は、勇者じゃない。チート魔王でもない。ただの気弱な、手取り十六万のお巡りさんだ)
俺は、ラーメンのスープを飲み干して満足そうに笑う仲間たちの顔を見渡した。
(でも、こいつらのこの笑顔と、この平穏な『帰る場所(ホワイト企業)』を守るためなら……)
俺の心の中に、静かで、しかし決して消えることのない強い『覚悟』の炎が灯る。
(理不尽を強いるブラックな奴らが現れた時は、俺がこの手で、必ず法の鉄槌を下してやるさ)
窓の外では、夜明けの光が、荒野の地平線を薄っすらと赤く染め始めていた。
最強の法執行者と、社会の底辺から這い上がった三人の仲間たち。
【ライジング・サン・ガード】の本当の伝説は、この温かい夜泣きそばの匂いと共に、ここから始まっていくのである。
(第二章・完)
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