EP 9
理不尽を撃ち抜け! 怒りのクリムゾン・バレットと労働基準法の鉄槌
地下三階の管理室から、さらに奥深く。
重厚な鉄の扉で閉ざされた『地下四階』の最深部には、これまでの薄暗く埃っぽい廃坑とは全く異なる、悪趣味なほどに豪奢な空間が広がっていた。
床には赤い絨毯が敷かれ、アンティーク調の家具が並ぶ。
そして部屋の最奥、革張りの高級ソファにふんぞり返っていたのは、仕立ての良いローブを着た、豚のように肥え太った中年男だった。
男の周りには、先ほど上の階で労働者たちが命を削って掘り出していた『極上の魔石』が、まるでただの石ころのように無造作に積み上げられている。
「……どういうことだ! なぜ照明が落ちた! 予備の魔導ジェネレーターはどうした! おい、誰かおらんのかッ!」
突然のブラックアウトに激昂し、男——この違法採掘場を仕切る悪徳クランのボス、ガルドスが高圧的な声でわめき散らしていた。
ズガァァァァンッ!!
その時、部屋の重厚な鉄扉が、爆発したかのようにひしゃげ、内側へと吹き飛んだ。
土煙が舞う中、悠然と足を踏み入れたのは、四つの影。
「お呼びかな、社長さん。お前の部下なら、全員上の階で縛り上げて寝かせてあるぜ」
暗視ゴーグルを額に押し上げ、俺はM870を肩に担ぎながら、冷たく言い放った。
背後には、拳を鳴らすイグニス、お賽銭箱型掃除機を構えるリーザ、そして安全靴のつま先をトントンと鳴らすキャルルが控えている。
「き、貴様らは何者だ!? ここをどこだと思っている! 私はルナミス帝国の裏社会を牛耳る——」
「アルディス領周辺管轄、手取り十六万の巡査長、リオンだ。労働基準法違反、不当拘束、ならびに暴行罪の容疑で、お前を逮捕しに来た」
俺は警察手帳を取り出し、ガルドスの顔に向けてバシッと見せつけた。
だが、ガルドスは一瞬怯んだものの、俺の身分を聞いて鼻で笑い飛ばした。
「ハッ! なんだ、ただの下級役人か! 警察だか何だか知らんが、こんな薄汚いスラムのゴミどもが何人死のうが、誰が気にするというのだ! 奴らは私のクランで働かせてやっているからこそ、その日暮らしのパンが食えるのだぞ!」
「……何?」
「弱者は、強者に搾取されるために存在している! それがこの世界の真理だ! ゴミにはゴミの役目がある。奴らの命を私が魔石に変えてやっているのだ、むしろ感謝されるべきだろうがッ!」
醜く顔を歪め、己の強欲を正当化するガルドスの言葉。
それを聞いた瞬間。俺の中で、完全に『何かが切れる音』がした。
(——ああ、そうだ。前世の俺の会社の社長も、全く同じことを言っていたな)
『代わりはいくらでもいる』
『お前たちに働く場所を与えてやっている』
『文句があるなら辞めろ。ただし、辞めたらお前は社会のゴミだ』
人間の命を、労働力を、魂を。
ただの『数字』としか見ない、傲慢な強者の論理。
そんなクソみたいな理不尽のせいで、俺は心臓が止まるまで働かされ、たった一人で死んでいった。
「……ゴミだと?」
俺の声は、自分でも驚くほど低く、そして冷たかった。
イグニスたちが、俺の背中から立ち昇る尋常ではない殺気(怒り)を感じ取り、息を呑む。
「命を使い捨ての駒としか見れないお前に、人の上に立つ資格はねぇ。……全員、配置につけ! 容疑者は極めて悪質! これより、一切の容赦なく『完全制圧』を実行する!」
「「「了解!!」」」
俺の号令と共に、ライジング・サン・ガードの三人が一斉に散開した。
「生意気な小僧どもめ! この高位魔法使いである私に逆らったことを後悔させてやるわッ! 出でよ、岩石の巨人!」
ガルドスが手元の杖を振り上げ、膨大な魔力を練り上げようとした。
だが、その魔力は形を成す前に、空中で虚しく霧散した。
「ブイィィィィィンッ!!」
リーザの構えた【お賽銭箱型掃除機】が、ガルドスから発せられる魔力を、大気を丸ごと飲み込むような勢いで吸引し始めたのだ。
「な、なんだこれは!? 私の魔力が……杖に込めた力が、吸い取られていく!?」
「無駄ですわ! 貴方のようなブラック社長の汚い魔力も資産も、私の絶対無敵のステージ(吸引力)の前には何の意味も持ちませんの!」
リーザのデバフによって、ガルドスのステータスが急激に低下していく。
焦ったガルドスは、物理的な罠で迎撃しようと、床に仕込んであった『魔導トラップ』の起動スイッチを踏みつけた。
「ならば、これで串刺しにして——」
「遅いですよ。そんな見え透いた罠」
ガルドスの足元が光るより早く、キャルルが一瞬で間合いを詰めていた。
100mを5秒台で駆ける月兎族の神速。
彼女は、床に浮かび上がった魔法陣(トラップの起動円)の急所を、タローマン製の『鉄板入り特注安全靴』で容赦なく踏み砕いた。
パァァァンッ!!
物理的な破壊と、闘気による魔力回路の切断。
キャルルは踊るように連続で回し蹴りを放ち、ガルドスが起動しようとした全ての防衛システムを、発動前に文字通り『蹴り砕いて』みせた。
「ば、馬鹿なッ!? 私の結界が、ただの蹴りで!?」
「ふふっ。リオンさんを怒らせた罪は重いですよ。……イグニスさん! お願いします!」
キャルルがバックステップで下がり、道を空ける。
そこに突っ込んできたのは、怒りで全身からチロチロと炎を吹き出させている特攻隊長、イグニスだ。
「ヒィィッ! こ、来るな! 『絶対防壁』ッ!」
ガルドスは恐怖に顔を引き攣らせ、残された全魔力を振り絞って、分厚い岩盤と魔法障壁が何層にも重なった絶対の盾を目の前に展開した。
「俺様の仲間を……よくもゴミ扱いしやがったなァァァッ!!」
イグニスは、背中に背負っていた巨大な両手斧を引き抜き、己の全闘気と炎を刃に集中させた。
圧倒的な物理の暴力と、灼熱の熱量。
「燃え尽きろォッ! 『イグニス・ブレイク』ッ!!」
ドッゴォォォォォォォォォォォンッ!!!
イグニスの大上段からのフルスイングが、ガルドスの誇る絶対防壁に激突する。
魔法の盾がガラスのようにひび割れ、分厚い岩盤が飴細工のように溶け、そして一瞬にして粉々に吹き飛んだ。
「あ、あ、あああ……っ!」
防壁を失い、完全に無防備となったガルドスが、尻餅をついて震え上がる。
デバフで魔力を奪われ、罠を破壊され、最後の盾すらも粉砕された。
四位一体の完璧なチームワーク。俺たちが紡ぎ出した『盤外戦術』の前に、高位魔法使いの傲慢など、ただのハリボテに過ぎなかった。
「……チェックメイトだ、タヌキ親父」
崩れ落ちた防壁の破片を踏み越え、俺はガルドスの目の前へと歩み寄った。
手にしたM870(ネギオ・カスタム)のポンプを、ゆっくりと引く。
——ガシャッ。
薬室に、俺の全闘気と、極限まで圧縮した『炎属性魔法』の弾丸を装填する。
銃身に刻まれたルーン文字が、俺の怒りに呼応するように、真っ赤な紅蓮の光を放ち始めた。
「ひ、ひぃぃぃっ! ま、待て! 命だけは! 金ならある! お前らにも、たんまりと報酬を……」
「金なら、さっきリーザが全部電子の海に吸い込んでゼロにしてくれたよ。お前はもう、文字通りの一文無しだ」
「なっ……!?」
絶望に染まるガルドスの顔を見下ろし、俺は銃口を彼の胸元へとピタリと合わせた。
「命を使い捨てるお前に、上に立つ資格はない。……自分がゴミのように扱われる恐怖を、その身に刻んで一からやり直せ」
引き金に、指をかける。
「クリムゾン・バレット(紅蓮制圧弾)」
ズドォォォォォォォォォォォォォンッ!!!
銃口から放たれたのは、ただの散弾ではない。
数千度に達する灼熱の爆炎が、竜巻のように渦を巻きながらガルドスを飲み込んだ。
俺の闘気によって完璧にコントロールされたその炎は、ガルドスの命を奪うことだけは避け、彼が身につけていた高価な魔法のローブ、護身用の魔導具、そして手放そうとしなかった杖だけを、一瞬にしてドロドロに溶かし去った。
「アッ、ガァァァァァァァッ!!」
強烈な爆風と衝撃波に吹き飛ばされ、ガルドスの肥え太った身体が部屋の奥の壁に激突し、ズズッと無様に崩れ落ちた。
全身ススだらけになり、衣服は焼け焦げ、完全に意識を失っている。
「……周囲の安全確認よし。制圧だ」
俺は銃身から立ち上る熱い煙をフッと吹き消し、M870を背中にしまった。
そして、気絶してピクピクと痙攣しているガルドスの元へ歩み寄り、その両手を背中に回して、冷たい鋼の手錠をガシャリとはめ込んだ。
「アルディス領周辺管轄、ライジング・サン・ガード。……お前を、労働基準法違反で逮捕する。法の裁きを受けろ」
静かな地下室に、手錠の鍵を締める冷徹な金属音が響き渡った。
「……ふぅ。終わったな」
俺が立ち上がって振り返ると、イグニス、リーザ、キャルルの三人が、額に汗を浮かべながらも、誇らしげな笑顔で俺を見つめていた。
「やりましたね、リオンさん! 完璧な作戦でした!」
「ハハッ! ざまぁみやがれってんだ! 所長の紅蓮弾、最高にスカッとしたぜ!」
「ええ、私のデバフも完璧でしたわ! これであのタヌキ社長は、明日からすってんてんの無一文ですの!」
三人の笑顔を見て、俺の心に渦巻いていた前世からの真っ黒な怒りが、嘘のようにスーッと溶けて消えていくのを感じた。
「ああ。お前らの最高のサポートのおかげだ。誰一人欠けても、ここまで上手くはいかなかった」
俺は照れ隠しに帽子を目深に被り直し、出口の方へと顎をしゃくった。
「さあ、帰るぞ。上の階に閉じ込められてる労働者たち(イグニスの仲間たち)を解放して、冒険者ギルドに事後処理を丸投げする。……今日は残業しすぎた。腹もペコペコだ」
俺の言葉に、イグニスが嬉しそうに鼻をすする。
「おう! 帰ろうぜ、所長! 俺たちの『家』に!」
「今日の夜泣きそばは、特別にチャーシューをトッピングしたいですわね!」
「私が肩を揉んであげますよ、リオンさん♡」
俺たちは気絶したガルドスを引きずりながら、被害者たちの待つ上層へと歩き出した。
もう、理不尽に命をすり減らすだけのブラック労働とはおさらばだ。
俺の手取り十六万の平穏な生活と、この少しワケアリだが最高の仲間たちの笑顔は、俺の『悪知恵』と『警察官の矜持』で、必ず守り抜いてみせる。
廃坑の冷たい空気が、今はどこか、清々しく感じられた。
読んでいただきありがとうございます。
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