EP 8
盤外戦術の極意。最強の潜入調査と貧乏神のブラックアウト
ルナミス帝国郊外、『第十三号未登録廃坑』。
かつてドワーフたちが掘り尽くし、放棄されたはずの薄暗い洞窟の奥深くでは、今まさに大規模な違法採掘が行われていた。
「……なるほど。地下二階から三階にかけて、見張りの数はざっと二十名。全員、帯刀しており、魔法使いらしき気配も数名混ざっています」
岩肌に長く白いウサギの耳をピタリと当て、キャルルが小声で報告する。
彼女の月兎族特有の【超聴覚】は、分厚い岩盤越しであろうと、敵の足音、武装が擦れる音、さらには心拍数から『相手の練度』までを完璧にプロファイリングしていた。
「素晴らしいぜ、キャルル。で、奥への扉を開けるパスワードは聞こえたか?」
「はい。『弱肉強食、敗者に鞭を』だそうです。……悪趣味ですね」
「典型的なブラック企業の社訓だな。反吐が出る」
俺は吐き捨てるように言い、暗視ゴーグル(交番のPXで購入した地球の装備)をずり上げた。
正面突破など言語道断だ。こちらの戦力は四人。対して敵は二十人の武装集団。まともにやり合えば、乱戦になってこちらも無傷では済まないし、何より奥で強制労働させられている被害者たち(イグニスの元仲間たち)に危害が及ぶ可能性がある。
警察官(俺)の戦術の基本は、常に『盤外戦術』である。
相手の土俵には絶対に立たない。敵のルールを根底から破壊し、圧倒的に有利な状況を作ってから制圧する。それが俺のやり方だ。
「イグニス。キャルルの見取り図をもとに、この廃坑の構造の『弱点』を割り出してくれ」
「おう、任せとけ所長」
ドカジャン姿のイグニスが、地面に描かれた簡易マップを見つめてニヤリと笑った。
彼は竜人族としての怪力や火力が注目されがちだが、俺が本当に評価しているのは、彼が日雇い労働で培った『現場の知識』である。
「この廃坑、ドワーフの古い規格のままだ。違法業者が後から魔導ジェネレーター(動力炉)なんかを無理やり増設したんだろ? だとしたら、排熱のための『通風孔』が必ずどこかにある。悪徳業者はケチだからな、目立たない排熱ダクトの補強なんて絶対に手抜き工事をしてやがるはずだ。……ここだ!」
イグニスが太い指で指し示したのは、メインゲートから大きく迂回した先にある、岩壁のわずかな隙間だった。
「ビンゴだ。イグニス、音を立てずに開けられるか?」
「俺様を誰だと思ってる。大火炎でブチ破るのはクビになるほど得意だが、繊細な資材搬入だって日雇いでミッチリ仕込まれてるんだぜ」
イグニスは足音を殺して隙間に近づくと、巨大な鉄格子に太い指をねじ込んだ。
グググッ……!
強靭な竜人の筋力と、絶妙な力加減。鉄格子は軋む音一つ立てず、まるでパズルのピースを外すようにスッポリと引き抜かれた。
「流石だ。これが適材適所ってやつだな。……さあ、中に入るぞ」
俺たちはイグニスが開けたダクトから、廃坑の内部へと静かに侵入した。
行き着いた先は、地下三階の採掘場を見下ろす『管理室』の真上。鉄格子の床越しに、下の様子が丸見えだった。
「ほら、さっさと掘れ! 手を止めた奴には飯はやらねぇぞ!」
管理室から響く、下劣な怒鳴り声。
ガラス張りの眼下では、ボロボロの服を着たホームレスやスラムの住人たちが、ムチを持った見張りに急かされながら、ツルハシを振るって魔石を掘り出させられていた。
「あっ……! 所長、あそこにいるのは、俺様にパンの耳の美味い食い方を教えてくれた、浮浪者のおっちゃん達だ……!」
イグニスがギリッと歯を食いしばり、拳からチロチロと怒りの炎を漏らした。
管理室の中には、五人の見張りがふんぞり返り、酒を飲みながらトランプに興じている。部屋の中央には、巨大な『魔導結晶』が鎮座しており、そこから伸びる光の線が、施設全体の照明や、労働者たちを閉じ込める魔法障壁にエネルギーを供給しているようだった。
「……労働者をゴミのように扱いながら、自分たちは安全圏で酒盛りか。最高のシチュエーションだな」
俺は冷たい怒りを腹の底に抑え込み、リーザに視線を向けた。
「リーザ。お前の出番だ」
「はいっ、プロデューサー! 私の絶対無敵のステージですね!」
「ああ。あの部屋のど真ん中にある魔導結晶のエネルギー、そしてあいつらがパソコン(魔導端末)で管理している裏帳簿の『隠し資産』……お前の【貧乏神】で、一滴残らず吸い尽くしてやれ」
「お任せくださいませ! 愛もお金も、根こそぎ頂戴いたしますわ!」
リーザは芋ジャージの袖をまくり上げ、あの絶望的にダサい『お賽銭箱型掃除機』を構えた。
ダクトの隙間からノズルを突き出し、管理室の魔導結晶に狙いを定める。
「スイッチ……オーンッ!」
ブォォォォォォォォンッ!!
凄まじい吸引音が鳴り響いた。
物理的な風ではない。それは対象の『富』と『エネルギー』を無に帰す、理不尽極まりないデバフの渦。
「な、なんだ!? 何の音だ!?」
見張りたちが慌てて立ち上がるが、すでに遅い。
部屋の中央にあった巨大な魔導結晶の光が、掃除機のノズルに向かってスルスルと吸い込まれていく。
同時に、机の上に置かれていた魔導端末の画面から、無数の数字(裏金へのアクセス権限や電子通貨のデータ)が、文字通り物理的な光の粒となってお賽銭箱へと吸い込まれていった。
「あ、あら? なんか海外のタックスヘイブン的な隠し口座のパスワードまで吸い込んじゃいましたわ! えーい、ついでに全部没収ですのー!」
「馬鹿なッ!? 魔導ジェネレーターの出力が……ゼロ!? それに、俺たちの口座残高が、全消去されてるだとォォォッ!?」
見張りたちが絶叫した瞬間。
パシュゥゥン……という気の抜けた音と共に、施設全体の照明が落ち、労働者たちを囲っていた魔法障壁が完全に消滅した。
完全なるブラックアウト。
そして、悪徳クランの資産の完全崩壊である。
「ヒャハハハ! 最高だぜリーザ! あいつら、文字通り『一文無し』になりやがった!」
「見事だ。……暗視ゴーグル装着! 突入する!」
俺はダクトの鉄格子を蹴り破り、真っ暗闇となった管理室のど真ん中へと飛び降りた。
暗闇にパニックを起こしている見張りたちに向けて、俺は惜しげもなく『閃光弾』と『催涙スプレー』のピンを抜いて投げつける。
カァァァァァンッ!!
「ぎゃああああっ!? 目がァァッ!!」
「何も見えねぇ! 誰か、灯り魔法を……ゴハァッ!?」
灯り魔法など唱えさせる隙は与えない。
暗視ゴーグルで完璧に視界を確保している俺たちにとって、ここはまさに独壇場だ。
「月影流……乱れ鐘打ち!」
暗闇の中、キャルルの安全靴が空を切り裂く。見えない死角からの鋭い回し蹴りが、次々と見張りたちの顎を的確に砕き、意識を刈り取っていく。
「日当も払わねぇクズどもに、痛い目を見せてやるぜッ!」
イグニスの丸太のようなラリアットが炸裂し、見張りたちが紙くずのように壁へと吹き飛ぶ。
俺は背中からM870を引き抜き、銃床で残った男の鳩尾を強打した。くの字に折れ曲がった男の首筋に、容赦なくスタンガンを押し当てる。
バチバチバチッ!
わずか十秒。無傷、無音での完全制圧。
「……管理室、クリアだ」
俺が宣言すると、キャルルが素早く気絶した男たちに手錠(結束バンド)をかけていく。
暗闇の中で突然起きた襲撃に、下層にいる労働者たちも、他の警備員たちも何が起きたのか全く理解できていないようだった。
「素晴らしいチームワークですね、リオンさん。誰一人、魔法を使う隙すら与えませんでした」
「キャルルの耳で敵の配置を把握し、イグニスの知識で死角を突き、リーザのデバフで相手のシステムを全機能停止させる。……正面から殴り合うなんて、馬鹿のやることさ。俺たちは、頭脳とチームワークで勝つ」
俺がニヤリと笑うと、三人も誇らしげに頷いた。
かつては社会から見放され、その圧倒的な個性を「使い物にならない」と切り捨てられた者たち。
だが、適切な指揮官と、信じ合える仲間さえいれば、彼らの力はこれほどまでに恐ろしい化学反応を起こすのだ。
「さて……」
俺は、気絶した見張りの中で一番階級の高そうな男の胸ぐらを掴み、容赦なく平手打ちで目を覚まさせた。
「ひっ……!? な、なんだテメェらは!? 暗闇で……悪魔か!?」
「警察(お巡りさん)だよ。……おい、お前たちの『ボス』はどこにいる? この違法労働を仕切ってる、一番偉いタヌキ親父の居場所を吐け」
男はガチガチと歯の根を鳴らしながら、下層へと続く重厚な鉄の扉を指差した。
「ち、地下四階だ……。ボスはあそこで、一番質のいい魔石を一人でくすねてやがる……! 頼む、俺は命令されただけで……」
「そうか。お前もあとでたっぷりと取り調べ(カツ丼付き)をしてやるから、大人しく寝てろ」
俺は再び男を気絶させ、仲間たちの方へ振り返った。
暗闇の中でも、俺たちの瞳には絶対的な勝利への確信が満ちていた。
「行くぞ、お前ら。労働者をゴミのように扱うブラック企業の社長に、労働基準法違反の『特大の監査』をぶち込みに行く時間だ」
「「「了解!!」」」
俺たちは、最強のチームワークを武器に、悪徳クランのボスの待つ最深部へと、静かに、そして確実に歩を進めていった。




