EP 7
消えたドカジャン仲間たち。悪徳ダンジョン採掘の闇と、巡査長の静かなる怒り
「……よし、今週のクラン活動予定表はこんなところだな」
嘆きの荒野に建つ『交番』のデスク室。
ノートパソコンの画面を見つめながら、俺——手取り十六万の巡査長リオンは、マグカップのコーヒーを一口啜ってフゥッと息を吐いた。
クラン【ライジング・サン・ガード】が結成されてから数日。
特攻隊長のイグニス、デバフアイドル兼強欲の極みであるリーザ、そしてヤンデレ気質の武闘派兎耳っ子キャルル。個性が強すぎるワケアリの面々が揃ったが、意外にも交番の治安(主に内部の秩序)は良好だった。
朝は納豆定食を全員で囲み、昼は適度にギルドの安全なクエスト(薬草採取やスライム駆除など)をこなし、夜はカップラーメンをすりながら雑談する。
前世でブラック企業の社畜として精神をすり潰していた俺にとって、このアットホームでホワイトな環境は、まさに理想郷だった。
「このまま一生、平穏に手取り十六万を稼ぎながらスローライフを送りたい……」
俺が心からそう呟いた、その時だった。
ガチャリ、と仮眠室の方からドカジャン姿の巨漢が重い足取りで歩いてきた。イグニスだった。
普段は「所長! 今日の朝飯の納豆、最高だぜ!」と威勢のいい声を上げる彼だが、今日の様子は明らかに違っていた。顔色が冴えず、大きな拳をギュッと固く握りしめている。
「……イグニス? どうしたんだ、そんな難しい顔して」
「あ、いや……すまねぇ所長。朝からこんな暗い顔してよ」
イグニスは頭をポリポリとかきながら、バツが悪そうに目を逸らした。
俺のユニークスキル【犬のお巡りさん】の五感(特に嗅覚と聴覚)が、彼の心拍数の上昇と、言い淀む微細なストレス臭を敏感にキャッチする。
「隠すなよ。うちのクランのルール第三条を忘れたか? 『仲間は絶対に見捨てない』だ。何か困りごとがあるなら、所長として相談に乗るぞ」
俺が真剣なトーンで言うと、イグニスはグッと唇を噛み締め、やがて観念したように重い口を開いた。
「……実はよ。俺様が日雇い労働をやってた頃の仲間たち——『ホームレス村』の連中なんだが……最近、連絡が取れなくなっちまったんだ」
「連絡が取れない? 単に仕事が変わったとかじゃなくてか?」
「いや。あそこの連中は身寄りもねぇし、行くあてもねぇから、いつもは近くの公園や河川敷に固まって暮らしてるんだ。それに……『怪しい高額バイト』の話に飛びついて消えた奴らが、何人かいるらしい」
イグニスは苦渋に満ちた表情で拳を叩きつけた。
「『夜間のダンジョンで鉱石を掘るだけで、一晩で金貨数枚分の手当がもらえる』……そんなうまい話があるわけねぇのに、日々の生活に困った連中が、甘い言葉に釣られて次々とその『スカウトマン』についてきちまったんだよ。そして、行ったきり、誰も戻ってこねぇ……」
その言葉を聞いた瞬間。
俺の中で、ピキッと冷たい警報音が鳴り響いた。
「……夜間のダンジョンでの鉱石採掘。それも、身寄りのない貧困層ばかりを狙った『高額バイト』か」
「あぁ。誰も気にかけてやらない連中だからって、行方不明になっても誰も警察に届け出やしねぇ。……俺様も、昔はあそこでお袋宛ての合成写真を送りながら日銭を稼いでたからよ。他人事とは思えねぇんだ」
イグニスの背中が、わずかに震えていた。
それは恐怖ではない。かつての自分と同じ境遇の仲間たちが、理不尽に踏みにじられているかもしれないという『怒りと無力感』に対する震えだった。
——パンッ。
俺は立ち上がり、イグニスの肩にドンと手を置いた。
「おい、イグニス」
「所長……?」
「そいつはただの『行方不明』じゃねぇ。間違いなく、悪質な労働搾取(ブラック労働)の組織的な犯行だ」
俺の瞳から、普段のだらけた色合いがスッと消え失せた。
前世で、過酷なノルマと違法な長時間労働で使い捨てにされ、最後は誰にも救われずに命を落とした自分の記憶が、あの日の冷たいオフィスの床の感触と共に蘇る。
人間の命を、労働力を、金儲けのための『消耗品』として扱うクズども。
労働者の尊厳を蹂躙するブラック企業や、違法なピンハネ組織。
それだけは、この異世界であろうと絶対に許さない。俺の『警察官としての矜持』が、静かな、しかし強烈な怒りの炎を燃え上がらせていた。
「人命を軽視し、弱者から搾取するクズどもに、『法』と『鉄槌』を教えてやらなきゃな」
俺の低い呟きを聞き、近くで紅茶を飲んでいたキャルルと、デザートのプリンを食べていたリーザがピクリと反応した。
「……リオンさんの、あの目の色。本気モードですね」
「ふふっ、プロデューサーのスイッチが入りましたわね。あの人たち、今からとっても痛い目を見る予感がしますわ」
二人は慌てることなく、むしろ頼もしいものを見るような目で微笑んだ。
キャルルがピョコンと兎耳を揺らしながら立ち上がる。
「リオンさん、私も手伝います。私の【超聴覚】なら、広範囲の物音や、地下深くに隠されたアジトの足音も聞き分けられますから」
「私もですわ! お金や魔力を吸い尽くして、あのブラック組織を文字通り『一文無し』にして差し上げますの!」
「俺様も行く! 行方不明になった仲間たちを連れ戻し、あの悪徳スカウトマンどもの面をブチ割ってやるぜ!!」
最高の仲間たちが、迷いなく俺に賛同してくれた。
俺はデスクの上のAI賢者君ノートPCを操作し、ルナミス帝国の裏社会データベースと、近郊の未登録ダンジョンの位置情報を呼び出した。
「よし。これより、我々【ライジング・サン・ガード】は、違法労働の摘発および人命救助の『合同任務』を始動する!」
* * *
数時間後。
ルナミス帝国の郊外に広がる、通称『第十三号未登録廃坑』の周辺。
かつてドワーフたちが採掘を放棄し、現在は魔獣の巣窟、あるいは裏社会の隠れ家として使われている暗い洞窟の前に、俺たちは潜んでいた。
「賢者君の解析と、キャルルの超聴覚によれば、この廃坑の地下三階層に、違法な強制労働施設(ブラック採掘場)がある。――警備の数は、見張りを含めて二十人前後。全員、戦闘用の魔導装備を持った荒くれ者だ」
岩陰に身を隠し、俺はリーザ、イグニス、キャルルに向けて小声で作戦を告げた。
背中には、ドワーフと樹人の技術が結集した『魔導制圧散弾銃(M870・ネギオカスタム)』。タクティカルベルトには閃光弾と催涙スプレー、そして手錠。
いつもの交番の巡査長でありながら、今の俺は、悪党を徹底的に追い詰める『特命捜査官』の顔をしていた。
「正面から突っ込むのは愚策だ。……おい、イグニス。お前は以前、似たような日雇い現場に潜り込んだことがあるな?」
「おう、大体勝手はわかるぜ。裏口の通風口か、資材搬入用のリフトの裏に、警備の薄い死角があるはずだ」
「よし。キャルルの超聴覚で搬入路の警備の隙を完全に特定し、そこにイグニスが先行して物理的な壁を突破。同時に、リーザの【貧乏神】で敵の魔力と闘気を全没収して無力化する。最後に俺が突入し、M870と各種特殊弾で完全制圧(逮捕)する」
完璧なチームワークの布陣。
誰一人欠けても成り立たない、俺の指揮(知恵)と、仲間の能力(力)が噛み合った最高の戦術だ。
「了解ですわ、プロデューサー! 私のお賽銭箱掃除機で、あいつらの貯金も魔力も、一滴残らず吸い尽くして貧乏神にしてあげますの!」
「任せとけ! 仲間を騙してこき使ってたクズどもに、俺様の鉄拳と大火炎の恐怖を教えてやるぜ!」
「リオンさんの指示通りに。……私、後ろからコソコソ狙う奴らは、この安全靴で全員まとめて吹っ飛ばしますから」
三人の瞳には、強い覚悟と信頼の光が宿っていた。
社会から見捨てられ、傷つき、理不尽に耐えてきた者たちが今、さらなる理不尽に苦しむ別の弱者を救うために立ち上がっている。
これこそが、俺がこの異世界で作り上げたかった『本当に正しい組織(ホワイト企業)』の姿だった。
「よし……時間だ。突入する!」
俺の合図と共に、四人の影が暗闇の廃坑へと滑り込んだ。
手取り十六万の交番から始まった治安維持の物語は、いまや裏社会の闇を揺るがす『正義の鉄槌』へと姿を変えようとしていた。
待ってろ、悪徳業者ども。
労働者の敵に、容赦のない『公権力の執行』を叩き込んでやる——ッ!!
読んでいただきありがとうございます。
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