EP 6
クラン『ライジング・サン・ガード』結成! ホワイト企業の誓いと、夜泣きそばの温もり
「うわぁ……! なにこれ、すごい! 外はあんなに砂嵐が吹いてるのに、中はとっても暖かくて……それに、すごく綺麗な建物!」
嘆きの荒野に建つ、手取り十六万のマイホームこと『交番』。
その自動ドアをくぐった瞬間、新メンバーであるキャルルは、ウサギの耳をピンと立てて目を輝かせた。
「ふふん! 驚きましたか、キャルルお姉様! これがプロデューサーの用意してくれた、私たちの新しいステージ(事務所)ですわ!」
「おう! ここは俺たちの城だぜ! 何せ、飯が無限に湧いてくるからな!」
すでに交番暮らしに馴染んでいるリーザとイグニスが、なぜかドヤ顔で胸を張っている。
俺はため息をつきながら、防弾チョッキとタクティカルベルトを外し、装備庫のロッカーにしまった。
「とりあえず、今日は色々あって疲れたろ。お前らも適当に座って休め。仮眠室の奥にシャワールームもあるから、順番に使っていいぞ」
俺がそう言うと、三人は交番のデスク室に置かれたパイプ椅子やソファに腰を下ろした。
外の過酷な荒野とは完全に隔離された、温度二十五度、湿度五十パーセントの完璧な空調空間。
張り詰めていた緊張の糸が切れたのか、暗殺者相手に大暴れしたキャルルも、ホゥッと深い息を吐いてリラックスした表情を見せた。
「……あの、リオンさん。本当に私まで、ここで厄介になってもいいんですか? リーザちゃんやイグニスさんと違って、私は国から追われている身。一緒にいれば、リオンさんまで面倒に巻き込んでしまうかもしれないのに……」
キャルルが、少し申し訳なさそうに上目遣いで尋ねてきた。
俺は給湯室に向かいながら、背中越しに答える。
「気にすんな。俺は警察官だ。市民の平穏を守るのが仕事だからな。それに……前世の俺も、誰かに『ここにいていい』って言ってほしかったからさ」
「前世……?」
俺の独り言のような呟きに、キャルルは小首を傾げた。
俺は給湯室の配膳ボックスの前に立ち、『夜食』のボタンを人数分プッシュする。
チーン!
軽快な電子音と共に現れたのは、お湯が注がれて完璧な三分間を経過した、四個の『カップラーメン(醤油味)』だった。
「おっ! 待ってましたァ! 夜はこのジャンクな味がたまらねぇんだよな!」
「クンクン……! なんですの、この食欲を暴力的に刺激するジャンクな香りは……! エビマヨ弁当の比ではありませんわ!」
イグニスとリーザが、尻尾を振りちぎらんばかりの勢いで給湯室に群がってくる。
俺は熱々のカップラーメンをお盆に乗せ、デスクの上に並べた。
「今日はクランの結成記念日だ。本当は焼肉にでも連れて行ってやりたいところだが、交番の夜メニューはカップ麺で固定されてるからな。まあ、食ってくれ」
「いただきます!」
三人が一斉に割り箸を割り、カップラーメンを啜り始める。
「んんっ……! 美味しい! 細い麺に、魚介と鶏の旨味が凝縮されたしょっぱいスープが絡みついて……なんだか、すごく安心する味です!」
「ハフッ、ズルルルッ! 疲れた身体に、この濃い塩分が染み渡るぜ……ッ!」
「スープの一滴まで、私の胃袋に吸い尽くしてあげますわ!」
ズルズルと麺をすする音が交番に響く。
高級なフレンチでも、宮廷料理でもない。ただのインスタントラーメンだ。
だが、社会の底辺を這いずり回り、誰からも必要とされず、孤独に怯えていた彼らにとって、温かい部屋で誰かと一緒に食べるこの『夜泣きそば』は、どんなご馳走よりも心に染みる味だったのだろう。
現に、イグニスもリーザも、そしてキャルルまでもが、目尻にうっすらと涙を浮かべながらスープを飲み干していた。
全員が完食し、満ち足りた吐息を漏らしたところで。
俺は食後のコーヒー(給湯室の無料サーバー)を四つの紙コップに注ぎ、みんなの前にコトリと置いた。
「さて。飯も食ったところで、改めてウチの『ルール』を説明しておく」
俺が真剣なトーンで切り出すと、三人は居住まいを正し、俺の言葉に耳を傾けた。
「今日からお前たちは、俺が立ち上げたクラン【ライジング・サン・ガード】の正式なメンバーだ。ギルドにはEランクとして登録したが、そんな肩書きはどうでもいい」
俺は、前世で俺を殺した『ブラック企業』の社訓を頭に思い浮かべ、それとは対極にある、俺だけの誓いを口にした。
「このクランのルールは、たった三つだ。
第一条。サービス残業は絶対に禁止する。労働には適正な対価と、適切な休息を義務付ける。
第二条。一日三食、必ず温かい飯を食うこと。
第三条。どんなことがあっても、仲間は絶対に見捨てない。……以上だ」
静かな交番内に、俺の言葉が響き渡る。
イグニスが、大きく見開かれた目で俺を見つめていた。
リーザが、両手で口元を覆い、息を呑んでいた。
「俺は知ってる。この世界が、どれだけ理不尽で、強者が弱者を搾取する仕組みで回っているかをな」
俺はコーヒーを一口啜り、彼らの顔を順番に見渡した。
「イグニス。お前は火力がデカすぎるってだけで、無能扱いされてクビにされた。
リーザ。お前は利益を消し飛ばすからって、疫病神扱いされて見捨てられた。
キャルル。お前は王族の都合だけで、自由を奪われ、籠の鳥にされようとした。
……どいつもこいつも、社会の枠組みにハマらなかっただけで、落ちこぼれの烙印を押されてきた」
俺はデスクを軽く叩き、ニヤリと笑った。
「だが、俺から言わせれば、世間の連中は見る目がない節穴だ。
イグニスの火力は、どんな理不尽な壁もぶち破る『最強の矛』になる。
リーザのデバフは、どんな格上の敵も無力化する『最強の盾』になる。
キャルルの超聴覚と脚力は、どんな罠も見抜き、仲間を救う『最強の目と足』になる」
俺の【犬の五感】が、三人の心臓の鼓動が、激しく、そして温かく高鳴っているのを感じ取っていた。
「お前たちは落ちこぼれなんかじゃない。最高の逸材だ。
……だから、俺のクランで、俺と一緒に、この理不尽な世界に一泡吹かせてやろうぜ」
その言葉が、彼らの心に張られていた最後のストッパーを外した。
「う、うおおおおおっ! 所長ォォォッ!!」
イグニスが、顔をグシャグシャにして号泣しながら立ち上がった。
「俺様は……俺様は一生、あんたについていく! あんたが燃やせと言うなら、世界の果てまで燃やし尽くしてやるぜ!!」
「プロデューサー……っ」
リーザが、芋ジャージの袖で涙を拭いながら、アイドルらしからぬ泣き顔で俺の手を握った。
「私、歌います! 貴方のために、貴方の敵の全てを、愛とお賽銭箱で吸い尽くしてあげますわ! だから……ずっと、私のそばでプロデュースしてくださいませ!」
そして、キャルル。
彼女はウサギの耳をペタンと倒し、頬を桜色に染めながら、俺のもう片方の手を、両手で包み込むようにギュッと握りしめた。
その瞳の奥には、俺の言葉によって完全に着火してしまった、重くて一途な『ヤンデレ』の炎がチロチロと揺らめいている。
「……リオンさん。私、リオンさんの心音を聞いて、確信しました。貴方の言葉には、一点の曇りも、嘘もない。貴方は本気で、私たちを受け入れてくれている」
キャルルは、熱を持った吐息を吐きながら、甘く囁いた。
「私の命も、心も、この足も……全部、リオンさんのものです。貴方を傷つける理不尽は、私が全て蹴り砕いてあげます。だから……絶対、絶対に私を見捨てないでくださいね……? もし裏切ったら、私、どうなっちゃうか……ふふっ♡」
「お、おう。誓うよ(ちょっと怖いけどな)」
三者三様の、しかし絶対の忠誠と信頼の誓い。
前世のブラック企業で、ただの使い捨ての駒として死んでいった俺が、異世界で初めて手に入れた『自分の居場所』。
「よし! じゃあ、明日から本格的にクランの活動開始だ! まずは安全な薬草採取から始めて、俺の手取り十六万の平穏な生活基盤を盤石にするぞ!」
「「「おおーっ!!」」」
交番の屋根の上で、赤色灯がクルクルと希望の光を回している。
社会の底辺に落ちたワケアリの最強無職たちを拾い集めた、手取り十六万のポンコツ巡査長。
俺たち【ライジング・サン・ガード】の、本当の戦い(ホワイト労働)が、今ここに幕を開けたのである。
読んでいただきありがとうございます。
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