EP 4
アイドルには衣食住が必要だ。お賽銭箱とLove&Money
「……っ! な、なんですの、この食べ物は……! サクサクの衣から溢れるジューシーな肉汁、そして甘じょっぱいタレが染み込んだ黄金色のご飯……! 美味しいっ、美味しすぎますわぁぁぁぁっ!」
嘆きの荒野に建つ交番。
その給湯室(簡易キッチン)に、海中国家シーランの姫君にして地下アイドル、リーザの号泣が響き渡った。
「ゆっくり食えよ。喉に詰まらせるぞ」
「ハフッ、ホフッ! んんん〜っ! 舌が、私の舌が喜びのダンスを踊っていますわ! 公園でハトと取り合ったパンの耳や、タローソンの廃棄弁当とは次元が違います!」
芋ジャージ姿の絶世の美少女(人魚族)が、顔を涙とカツ丼のタレでグシャグシャにしながら、どんぶりを掻き込んでいる。
その横では、昨日同じようにこのカツ丼で救われた竜人族のイグニスが、うんうんと深く頷いていた。
「わかるぜ、嬢ちゃん。腹を空かせて社会の底辺を這いずり回った後に食う、所長の『無料カツ丼』は、魂まで救われる味がするんだよなぁ……」
「無料!? これがタダなんですの!? リオンさん、貴方は神様? それとも私の一番の太客ですの!?」
「ただの交番の福利厚生だ。俺は手取り十六万でここを管理してるだけの、しがない巡査長だよ」
俺はデスクの椅子に座り、食後の緑茶を啜りながら、カツ丼を完食して満足げにお腹をさすっているリーザを見つめた。
「で? 海中国家のお姫様が、なんでルナミス帝国のスラムでホームレス同然の生活をしてたんだ? 親善大使としてこっちに来てたんだろ」
「そ、それは……」
リーザは少しバツが悪そうに視線を泳がせたが、やがてコホンと咳払いをして、アイドルらしい(?)姿勢を正した。
「お母様(女王リヴァイアサン)は、私がここで大人気の親善大使として優雅に暮らしていると思っています。でも、私は気づいてしまったんです。外交や政治よりも、ステージの上で歌い、ファンから『愛とスパチャ(お金)』を巻き上げる……いえ、頂戴する瞬間の、あの圧倒的な快感に!」
「巻き上げるって言ったぞ今」
「私は、自分の力でトップアイドルになりたいんです! 貴族の力なんて借りません! でも……」
リーザはシュンと肩を落とし、履き古した健康サンダルのつま先を見つめた。
「どこの事務所も、私を雇ってくれませんでした。私が、こんな『ハズレスキル』を持ってしまったせいで……」
リーザが右手を前に突き出す。
すると、淡い光と共に、彼女の手の中に奇妙な物体が顕現した。
それは、神社にあるような木製の『お賽銭箱』に、現代の『掃除機のノズル』を取り付けたような、絶望的にファンタジー感のない謎の魔導具だった。
「私のユニークスキル……【貧乏神】ですわ」
「び、貧乏神?」
「ええ。この『お賽銭箱型掃除機』は、敵に向けてスイッチを入れると、相手の魔力、闘気、ステータスの上昇効果、さらには運気から『隠し財産』に至るまで、全てを吸い込んで全没収してしまうんですの」
「……おいおい、ちょっと待て。それ、めちゃくちゃ強くないか?」
俺が身を乗り出すと、リーザは首を横に振った。
「全然ダメですわ! だって、吸い込んだお金や魔力は、私や味方に入るわけじゃないんです。このお賽銭箱の中に消えて、文字通り『無』になってしまうんですの! つまり、戦利品もドロップアイテムも全部消し飛ぶ、大赤字スキルなんです!」
冒険者とは、魔獣を倒して魔石や素材を売り、日銭を稼ぐ商売だ。
敵の財産や素材ごと虚無に吸い込んでしまうリーザのスキルは、冒険者ギルドからすれば「利益を根こそぎ消し飛ばす最悪の疫病神」でしかなかったのだ。
「なるほどな。だからどこにも雇ってもらえず、公園のハトとパンの耳を取り合うハメになったと」
「うぅ……っ。私はただ、ステージで歌って、みんなの全てを奪い尽くしたいだけなのに……っ!」
リーザがボロボロと悔し涙をこぼす。
イグニスが「可哀想になぁ。俺様も火力がデカすぎて素材を焦がすからってクビにされたから、気持ちは痛いほどわかるぜ……」ともらい泣きしている。
だが。
俺の心臓は、先ほどからバクバクと激しい高鳴りを覚えていた。
前世で、ブラック企業の社畜として経済戦争の最前線を走っていた、俺の『営業マン』としての血が騒いでいるのだ。
(利益が出ない? ドロップアイテムが消える? 馬鹿か、この世界の連中は!)
俺は立ち上がり、リーザの両肩をガシッと掴んだ。
「リ、リオンさん……?」
「リーザ。お前のそのスキル、冗談抜きで『最強』だぞ」
「えっ?」
目を丸くするリーザに、俺は興奮気味に語りかけた。
「冒険者の視点で見れば、確かに赤字かもしれない。だがな、俺たち『警察官』の視点で見れば全く違う。俺たちの仕事は、利益を出すことじゃない。相手の戦力を削ぎ落とし、無力化して『制圧』することだ」
「制圧……」
「想像してみろ。どんなに強力な魔法障壁を張る魔族でも、どんなに莫大な裏金で権力を振りかざす悪徳商人でも、お前の『貧乏神』で魔力と財産を根こそぎ吸い尽くしてしまえば、ただの無力なカカシになる。お前は、敵の経済とステータスを完全に崩壊させる、究極の『デバッファー』なんだよ!」
力任せのゴリ押ししか知らないこの世界において、相手のバフとリソースを強制解除できる能力がどれほど恐ろしいか。
しかも『運気』まで吸い取るなら、相手の攻撃は外れ、こちらの攻撃は必ず当たるようになる。
イグニスという最強の盾(矛)を手に入れた俺のクランにとって、これほど喉から手が出るほど欲しい人材は他にいなかった。
「お前は無能じゃない。環境と、使い方が間違っていただけだ」
俺はリーザから手を離し、ビシッと指を突きつけた。
「リーザ。俺のクラン『ライジング・サン・ガード』に入れ。俺がお前のプロデューサー(上司)になってやる」
「プ、プロデューサー……!?」
「そうだ。アイドルには、まず安心して歌えるステージと、帰る場所(衣食住)が必要だろ? ここなら雨風は凌げるし、三食きっちり美味い飯が食える。公園でハトと争う必要もない。その代わり……俺の指示に従って、俺の敵の全てを、お前のスキルで吸い尽くせ」
俺の提案を聞いて、リーザは息を呑んだ。
芋ジャージの胸元をギュッと握りしめ、ポロポロと涙を流しながら、彼女は震える声で尋ねた。
「私……歌っても、いいんですの? ハズレスキルの貧乏神でも、貴方の役に立てるんですの……?」
「当たり前だ。俺はお前の価値を、世界で一番理解してる。うちのクランは、一度契約した仲間は絶対に見捨てない。それがホワイト企業の誓いだ」
その言葉が、彼女の心に決定的な何かを打ち込んだらしい。
リーザは涙をグイッと拭うと、アイドルらしい(と本人が思っている)満面の笑顔を浮かべ、交番の床をステージに見立ててクルリとターンを決めた。
「……ふふっ。あははははっ!」
そして、彼女の瞳の奥に、ただの純真さではない、ある種の『狂気』にも似た執着の炎が燃え上がった。
「言いましたわね、プロデューサー! 私に衣食住を与え、ステージを用意すると! だったら、覚悟してくださいませ!」
リーザは俺の鼻先に顔を近づけ、甘く、そして恐ろしいまでの強欲さを込めて囁いた。
「私は運命……私は物語。貴方達が私に愛をくれるなら、私は貴方達の視線も、お金も、心も、何もかもを全部奪い尽くしてあげますわ! その代わり、宇宙一の幸せな時間を味わわせてあげます!」
そして、彼女は大きく息を吸い込み、交番の防弾ガラスを震わせるほどの美声で、自身のテーマソングを歌い始めた。
「愛! アイ! 愛! アイ! ラ〜ブラブ! マネー! マネ! ローン! ダーリン! グ! 愛も富も一つの物! 貴方の全て(人生)を背負って生きていける〜♪ だから何処までもついて来てね、ダーリン! チュッ♡」
圧倒的な歌唱力。そして、歌に込められた『人魚の奇跡』の力が、交番の中に心地よい波動となって広がっていく。
先ほどまでの疲れが嘘のように吹き飛び、身体の底から力が湧いてくるのを感じた。
「す、すげぇ……! 歌を聞いただけで、昨日の筋肉痛が治っちまったぜ!」
「これが人魚姫の力か……。バフとデバフを一人で兼ね備えるなんて、とんでもない逸材を拾っちまったな」
俺は呆然とするイグニスの横で、満足げに頷いた。
「契約成立だ、リーザ。今日からお前は、うちのクランの専属アイドル兼、デバッファーだ」
「はいっ! プロデューサー! 私、一生ついていきますわ! だから今日のお夕飯は、ハンバーグが良いですの!」
「夜はカップラーメン固定だよ。文句があるなら昇級試験を手伝え」
こうして、手取り十六万の交番クラン【ライジング・サン・ガード】に、二番目の仲間が加わった。
社会の底辺でハトと争っていた竜人と、廃棄弁当をあさっていた強欲な人魚姫。
世間から見捨てられた『ワケアリ最強無職』たちを拾い集めた俺のホワイト企業は、いよいよ本格的な治安維持活動へと乗り出していくことになる。
――だがこの直後、俺たちはさらに厄介な『シェアハウスの追跡者』と遭遇し、クラン設立早々、命がけの防衛戦に巻き込まれることになるとは、まだ誰も予想していなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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