EP 3
貧乏神アイドルと五円玉。野良犬との死闘を制す者と、路地裏のスピード逮捕
「……美味ぇ! なんだこの『納豆』って食べ物は! 臭いけど、米麦草に絡みついて無限に食えちまうぜ! 所長、おかわりッ!」
「はいはい。ちゃんと百回混ぜてから食えよ、イグニス」
翌朝。嘆きの荒野に建つ『交番』の給湯室には、平和で騒がしい朝食の風景が広がっていた。
昨日、俺のクラン【ライジング・サン・ガード】の第一号社員としてスカウトした竜人族のイグニスは、仮眠室の羽毛寝袋で十三時間ほど爆睡した後、今朝は配膳ボックスから出てくる無料の『納豆定食』を、涙を流しながら三杯もおかわりしていた。
「いやぁ、最高だぜ所長! 屋根があって、ふかふかの布団があって、冷暖房完備で、朝からこんな美味い飯が腹一杯食えるなんて……! 工事現場のタコ部屋より一万倍マシだ!」
「うちのクランは超ホワイトだからな。しっかり食って、英気を養ってくれ。……ただし、給料(手取り十六万)をもらっている以上、最低限の仕事はしてもらうぞ」
食後の熱い緑茶を啜りながら、俺はイグニスに本日のスケジュールを告げた。
「今日はルナミス帝国の市街地に出て、『ご機嫌取りパトロール』だ。俺の階級(巡査長)を維持し、不労所得を守り抜くためには、地域住民からの『民意の信頼度』を稼ぐ必要がある。迷子の猫探しから、タローマン前の交通整理まで、笑顔でこなすぞ」
「おう! 任せとけ所長! 俺様の圧倒的筋力で、お婆ちゃんの荷物でも何でも運んでやるぜ!」
頼もしい相棒(肉体労働担当)を得て、俺は防弾チョッキと防刃服を身に纏い、イグニスと共に125ccバイク(イグニスは走って並走)でルナミス帝国の市街地へと向かった。
* * *
ルナミス帝国の市街地は、初代皇帝・佐藤太郎の知識によって発展した、西洋ファンタジーと昭和レトロが入り混じる奇妙な景観をしている。
その一角、大通りから一本路地に入った場所にあるコンビニエンスストア『タローソン』の裏手。
廃棄弁当が積まれるゴミ捨て場の前で、俺とイグニスはパトロールの足を止めた。
「……グルルルルルッ!」
裏路地に、凶暴な野良犬(体長一メートルほどある魔狼の雑種)の唸り声が響いていたのだ。
「むっ、魔獣か? 所長、俺様が丸焼きにして……」
「待て、イグニス。あれを見ろ」
俺が制止し、路地の奥を指差す。
野良犬が威嚇している相手。それは、一人の『少女』だった。
年齢は俺と同じ十六歳くらいだろうか。腰まで伸びた美しい水色の髪と、透き通るような白い肌。耳の裏にはヒレのような器官があり、彼女が海中国家シーランの『魚人・人魚族』であることを示している。
本来なら、誰もが振り返るほどの絶世の美少女。……しかし、その出立ちはあまりにも異様だった。
彼女が着ているのは、どこかで見覚えのある『くすんだ芋ジャージ』。
足元には、凶悪な凹凸が敷き詰められた『健康サンダル』。
そして、その両手には、タローソンの廃棄シールが貼られた『エビマヨ弁当』がしっかりと握りしめられていた。
「フフン! このエビマヨ弁当は、私が早朝のラジオ体操でスタンプを貰い、炊き出しの列に一番乗りした後に見つけた、ファンからの大切なお布施(捧げ物)ですわ! 貴方のような野良犬に渡すわけにはいきません!」
少女は、野良犬相手に堂々と見栄を切った。
いや、見栄を切っている場合ではない。相手は狂暴な魔狼の血を引く獣だ。噛みつかれれば大怪我では済まない。
俺が助けに入ろうとM870に手をかけた、その瞬間だった。
「私の絶対無敵のステージ、見せてあげますわ! くらえっ、御縁(五円)の繋がりッ!」
少女はおもむろにジャージのポケットから、ピカピカに磨き上げられた『五円玉』を取り出すと、なんとそれを自身の『鼻の穴』にグッと詰め込んだのだ。
「……は?」
俺とイグニスが呆気に取られていると、少女は大きく息を吸い込み、野良犬の顔面目掛けて勢いよく鼻息を噴射した。
「フンッ!!」
ピシュッ! という鋭い風切り音と共に、鼻の穴から発射された五円玉が、弾丸のような速度で野良犬の鼻っ柱にクリーンヒットした。
「キャイィィィンッ!?」
急所を撃ち抜かれた野良犬は、涙目になって悲鳴を上げ、尻尾を巻いて路地の奥へと逃げ去っていった。
圧倒的な、そしてあまりにも狂気に満ちたサバイバル術。
「ふぅ……。今日も平和に愛(ご飯)を勝ち取りましたわ。さあ、冷めないうちにいただき——」
少女がエビマヨ弁当の蓋を開けようとした、その時だった。
「おーおー。随分と面白い芸を見せてくれるじゃねえか、人魚のネーチャンよ」
路地の入り口を塞ぐように、三人の男たちが現れた。
タチの悪いチンピラ冒険者だ。ニタニタと下卑た笑みを浮かべ、腰の剣に手をかけている。
「な、なんですの……? 私は今、大切なお食事の時間の最中なんですけど」
「ディナーショーだァ? 笑わせんな。芋ジャージ着て残飯あさってる小娘がアイドル気取りかよ。おい、お前ら海中国家の人間は高く売れるんだ。大人しく俺たちについてくれば、パンの耳くらい恵んでやるぜ?」
チンピラたちが、下心を丸出しにしてジリジリと少女に歩み寄る。
少女は弁当を抱きしめながら後ずさったが、背中はすでにタローソンの壁だ。逃げ場はない。
「ち、近づかないでください! 私はアイドルです! 施しは受けませんし、貴方達のような下品なファンはお断りですわ!」
「強がってんじゃねえよ。ほら、来いよ!」
チンピラの一人が、少女の腕を乱暴に掴もうと手を伸ばした。
少女がギュッと目を瞑り、身を縮こまらせる。
——その瞬間。
俺の『警察官』としてのスイッチが、完全にオンになった。
「イグニス、後ろを固めろ」
「お、おう!」
俺は音もなく路地に滑り込むと、チンピラたちの背後から、冷たく低い声を放った。
「……おい。管轄内で、女の子を泣かせてんじゃねえよ」
「あァ? なんだテメェは——」
チンピラが振り返った瞬間、俺はタクティカルベルトからもぎ取った『閃光弾』を、彼らの足元へ正確に放り投げた。
カァァァァァンッ!!
真昼の路地裏で炸裂する、疑似的な太陽の光と、鼓膜を破る破裂音。
チンピラ三人は「ぎゃあああっ!?」と悲鳴を上げ、目を押さえてその場にうずくまった。目を瞑っていた少女だけが、難を逃れている。
視界と聴覚を奪う。これが俺の絶対的な『盤外戦術』の第一手だ。
俺は一気に距離を詰め、一番手前にいたリーダー格のチンピラの胸ぐらと腕を掴んだ。
十三年の地獄のスパルタ特訓で培われた【体術S】。
無駄な力は一切使わない。相手の重心を完全に崩し、自らの体重を乗せて刈り取る。
「大外刈り」
ドゴォォォォンッ!!
リーダー格の男が、空中で一回転し、アスファルトの地面に後頭部から激突した。
間髪入れず、俺は腰から『スタンガン』を引き抜き、二番目の男の首筋に押し当てる。
「バチバチバチバチッ!!」
「アバババババッ!!」
白目を剥いて倒れる二人目。
最後に残った三人目が、恐慌状態に陥りながらも剣を抜こうとする。
だが、その男の顔面には、俺の背後から迫ったイグニスの『丸太のような腕』による強烈なラリアットが炸裂した。
「所長の邪魔すんじゃねえッ!!」
「グブェッ!?」
三人目も壁に激突し、完全に沈黙。
戦闘開始から、わずか五秒。圧倒的な暴力の制圧。
俺は気絶したリーダー格の男の腕を取り、手錠の金属輪をガシャリとはめ込んだ。
「アルディス領周辺管轄、巡査長のリオンだ。暴行未遂、ならびに公務執行妨害の現行犯で逮捕する」
手錠の鍵を鳴らしながら、俺は冷徹に宣言した。
事勿れ主義だが、俺は『理不尽に弱い者を虐げる奴』だけは絶対に許さない。前世で、クレーマーから誰も自分を守ってくれなかった絶望を知っているからだ。
「しょ、所長……相変わらず、えげつねぇ手際だな……」
「警察の基本だ。正面から戦わず、相手の隙を突いて無力化する。怪我をしたくないからな」
俺はスタンガンをホルスターに収め、壁際で呆然と座り込んでいる人魚の少女へと向き直った。
彼女は、エビマヨ弁当を抱きしめたまま、信じられないものを見るようなキラキラとした瞳で俺を見つめていた。
「怪我はないか? 災難だったな」
俺が手を差し伸べると、少女はハッとして我に返り、慌てて健康サンダルの足で立ち上がった。
「あ、ありがとうございます……。その、貴方は……?」
「ただの通りすがりのお巡りさんさ。それより、お前……」
俺は彼女の芋ジャージと、先ほどの五円玉鼻息キャノンを思い出し、胡乱な目を向けた。
「こんな裏路地で残飯漁りなんかして、親御さんが心配しないのか? 海中国家のお姫様なんだろ?」
「残飯ではありません! これはファンからの正当なお布施です! 私はリーザ・シーラン・リヴァイアサン。いずれこのルナミス帝国を、いえ、銀河の果てまでを熱狂させる、絶対無敵のスパチャアイドルですわ!」
リーザと名乗った少女は、誇り高く胸を張った。
……が。
きゅるるるるるるるるるるるるるるる……ッ!
彼女の腹から、イグニスに勝るとも劣らない、悲鳴のような爆音が鳴り響いた。
リーザは顔を真っ赤にして、弁当で顔を隠した。
「あ、あうぅ……。ち、違いますの、これはお腹の虫がコーラスの練習を……」
「無理すんなよ。その弁当も、賞味期限が切れて腐りかけてる。そんなもん食ったら腹壊すぞ」
俺はため息を吐き、魔法ポーチから『タローソン』の肉まんを取り出そうとしたが、思い直した。
こんな強欲で、見栄っ張りで、でも必死に生きようとしているアホな少女に、コンビニの肉まんは味気ない。
「リーザ、と言ったな」
「は、はい……」
「俺の交番(お城)に来い。お前のその『五円玉』よりずっと価値のある、熱々で出汁の染みた『カツ丼』を食わせてやる」
カツ丼、という響きを聞いた瞬間。
リーザの瞳の奥に、猛烈な『執着』と『強欲』の炎がボワッと燃え上がったのを、俺の犬の五感は見逃さなかった。
「か……かつどん? それは、無料で……?」
「ああ。うちの交番の福利厚生だ。お腹いっぱい食わせてやるよ」
「行きますわ!! 貴方の全て(カツ丼)を、この私が美味しく奪い尽くして差し上げますわ!!」
リーザは廃棄弁当をポイッと捨て(野良犬がそそくさと回収していった)、俺の差し出した手をガシッと両手で握りしめた。
「所長、また食客が増えるのか? うちの交番の食費、大丈夫か?」
「安心しろイグニス。俺のスキルの飯は、無限に出てくる仕様だからな。むしろ、このポンコツアイドルがどんな『ユニークスキル』を持ってるか、少し気になっただけさ」
鼻に五円玉を詰めて野良犬と戦う度胸。
そして、あのチンピラたちを前にしても一切怯まなかった、狂気的なまでのアイドルとしてのプライド。
こいつもまた、イグニスと同じように、社会の枠組みから外れてしまった『ワケアリの天才』の匂いがした。
俺は気絶したチンピラたちを路地裏のゴミ箱に放り込み(後で冒険者ギルドに突き出す)、イグニスとリーザを引き連れて、交番へと帰路についた。
手取り十六万のホワイト企業【ライジング・サン・ガード】。
特攻隊長の竜人に続き、今度は強欲な『貧乏神アイドル』を仲間に引き入れ、俺のクランはさらなるカオスへと突き進んでいくのだった。
読んでいただきありがとうございます。
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