EP 2
未払い賃金は許さない。悪徳親方と魔導ショットガン、そしてホワイト企業の誓い
「……おい、そこのタヌキ親父。労働基準法違反、ならびに恐喝罪だ。未払い賃金、利子をつけてきっちり払ってもらうぞ」
公園の空気が、一瞬にして凍りついた。
ドカジャンを着た小太りの悪徳親方と、その後ろに控えるオークやゴブリンのヤカラたちが、俺の言葉にポカンと口を開け、やがて腹を抱えて下品な笑い声を上げ始めた。
「ギャハハハッ! なんだこのヒョロガキ! 警察官気取りか? このルナミス帝国のスラム街で、正義の味方でも気取ってるつもりかよ!」
「親方ァ、こいつやっちまいましょうぜ。身ぐるみを剥いで、闇ギルドに売り飛ばせば小遣いになりやすよ」
親方の言葉に合わせ、オークたちがニヤニヤと下卑た笑みを浮かべながら金棒を振り回す。
イグニスが顔色を変え、俺の前に庇うように立ち塞がった。
「や、やめろリオンさん! こいつらは裏の組織とも繋がってるヤバい連中だ。俺様が壁になるから、あんたは逃げてくれ! せっかくカツ丼を食わせてくれた恩人を、巻き込むわけにはいかねぇ!」
震える足で、それでも見ず知らずの俺を守ろうとするイグニス。
なんて不器用で、真っ直ぐな男だ。図体ばかりデカくて、炎を吐けば一瞬でこんな奴ら黒焦げにできる力があるのに、社会のルールと「居場所を失う恐怖」に縛られて、反撃すらできないでいる。
(ああ、クソッ。思い出すな)
前世の俺だ。
理不尽なノルマを押し付けられ、サビ残を強要されても、「ここで逃げたら次の仕事がない」「社会のレールから外れる」という恐怖に支配され、ただひたすらに頭を下げ続けて、ついに心臓が止まるまで酷使された俺自身の姿。
「イグニス、下がってろ」
俺はイグニスの背中をポンと叩き、彼の前に出た。
胸ポケットから、漆黒のカバーに包まれた『警察手帳』を取り出す。
「……身分を明かす。俺はアルディス領周辺管轄、手取り十六万の巡査長リオンだ。これより、悪質な労働搾取の現行犯として、お前たちを制圧する」
バシッ、と警察手帳を開き、親方たちの顔の前に突きつけた。
その瞬間。
俺のユニークスキル【犬のお巡りさん】の特殊効果、『威圧(公権力の執行)』が発動した。
「な、なんだ……!?」
親方とヤカラたちが、ビクッと肩を跳ねさせた。
魔法のオーラでも、強烈な闘気でもない。ただの紙切れとバッジを見ただけのはずなのに、彼らの本能が『これ以上逆らえば、国家権力という巨大なシステムに社会的に抹殺される』という見えない重圧を感じ取ったのだ。
「ひ、ひるむな! たかがガキ一匹だ、やっちまえ!」
恐怖を誤魔化すように親方が叫び、オークの一体が金棒を振り上げて突進してくる。
闘気も魔法も使えない、ただの暴力。
事勿れ主義の俺だが、ひとたび『法執行者』のスイッチが入れば、精神的な迷いは一切ない。相手がどれだけ巨大でも、最適解で無力化するだけだ。
「公務執行妨害だ」
俺は腰のホルスターから『催涙スプレー』を引き抜き、オークの顔面目掛けて躊躇なく全量噴射した。
「グギャアアアアアッ!? 目がァッ! 鼻がァァァッ!?」
異世界の魔獣の成分を濃縮した超刺激臭。オークは金棒を放り出し、顔を押さえて悶絶する。
俺はその巨体が崩れ落ちる隙を見逃さず、一歩踏み込んで相手の襟首と腕を掴んだ。
十三年間、ヴァルキュリア教官の千本投げで鍛え上げられた【体術S】のスキルが火を噴く。
「大外刈り」
ドゴォォォォンッ!!
完璧なタイミングと体重移動。俺の何倍もあるオークの巨体が、いとも容易く宙を舞い、アスファルトの地面に後頭部から激突した。
間髪入れず、腰から『十万ボルトのスタンガン』を引き抜き、オークの太ももに押し当てる。
「バチバチバチバチッ!!」
「アババババババッ!!」
白目を剥いて痙攣し、完全に沈黙するオーク。
その間、わずか三秒。
圧倒的な体格差を、えげつないまでの『盤外戦術(道具と急所攻撃)』で制圧した俺を見て、親方と残りのゴブリンたちは顔面を蒼白にさせた。
「ひぃぃっ……!? な、なんだこいつ! 魔法も闘気も使わずに、オークを素手で……!」
俺は痙攣するオークを跨ぎ、背中に背負っていた『魔導制圧散弾銃(M870・ネギオカスタム)』をゆっくりと引き抜いた。
ガシャッ!!
ポンプを引く、冷たくて暴力的な金属音。
俺の闘気と魔力が銃身のルーン文字に流れ込み、淡い緑色の輝きを放ち始める。銃口を、震える親方の額にピタリと突きつけた。
「さて、交渉の時間だ。親方さん」
「ひっ、ひぃぃぃっ! ま、待て! 撃たないでくれ!」
「お前、さっき『昨日の現場で資材を焦がしたから日当は無しだ』って言ったな? 俺の【犬の嗅覚】はごまかせないぜ。お前の口からは、腐ったドブネズミみたいな『嘘の匂い』がプンプンしやがる」
俺は銃口を親方の額に強く押し当て、冷酷に事実を突きつける。
「資材を焦がしたなんてのは建前だ。本当は、横流しして裏ギルドに売り飛ばした資材の帳尻を合わせるために、身寄りのないイグニスに責任を擦り付けて、賃金を不当に搾取した。違うか?」
「なっ……!? な、なんでそれを……!」
図星を突かれた親方の顔が、今度は青から土気色に変わった。
後ろで聞いていたイグニスが「なんだと……? 親方、あんた俺様を騙して……!」と怒りに拳を震わせる。
「ルナミス帝国労働法、第十二条違反。ならびに業務上横領、詐欺罪。……この銃の引き金を引いて、お前の頭をスイカみたいに吹き飛ばすのが先か。それとも、冒険者ギルドと帝国税務局にこの事実を突き出して、お前を一生牢屋にぶち込むのが先か。好きな方を選べ」
「あわわわわ……っ! 払う! 払います! 払うから命だけはぁぁ!」
親方は腰を抜かしてその場にへたり込み、懐からジャラジャラと音を立てて皮袋を取り出した。
俺はそれをひったくり、中身の金貨と銀貨を素早く計算する。
「……よし。イグニスの未払い賃金三日分、ならびに悪質な遅延損害金と、俺からの『慰謝料』を含めて、銀貨五十枚だ。残りはくれてやる」
俺は必要な分だけを抜き取り、残りの硬貨が入った袋を親方の顔面に投げつけた。
「二度とイグニスの前にその汚いツラを見せるな。次に見かけたら、公務執行妨害でお前らのアジトごと『カクテル・エンド・バレット(特異点崩壊弾)』で地図から消してやる。……失せろ」
「ひぃぃぃぃぃぃっ!!」
親方とゴブリンたちは、気絶したオークを置き去りにして、蜘蛛の子を散らすように公園から逃げ出していった。
完全な制圧。そして、未払い賃金の回収完了である。
「ふぅ……」
俺はM870の安全装置をかけ、背中にしまい直した。
そして、呆然と立ち尽くしているイグニスの方へ振り返り、手に入れたばかりの銀貨五十枚をチャリンと鳴らして、彼の手の上にドサリと乗せた。
「ほら、お前の正当な労働の対価だ。これで、実家の親父さんたちに、合成写真じゃない本物の美味いもんでも送ってやれよ」
「リオ、ン、さん……」
イグニスは、手のひらに乗った銀貨を見つめ、そして俺の顔を見た。
彼の大きな瞳から、またしてもボロボロと大粒の涙が溢れ出した。
「なんで……なんで、人間のあんたが、俺様のためにそこまで……っ。俺様なんて、火力バカで、すぐ失敗して、誰からも見放された落ちこぼれなのに……っ!」
「馬鹿野郎。落ちこぼれなんていない。お前の力が活きる『適切な職場』がなかっただけだ」
俺は、前世で自分自身に言ってやりたかった言葉を、不器用な竜人の男に向けて紡いだ。
「お前は力加減ができないんじゃない。お前の全力を受け止められる、デカい器の職場に出会ってないだけだ。……イグニス。俺の『交番』に来い」
俺は彼に向かって、右手を差し出した。
「うちのクラン、『ライジング・サン・ガード』のルールは三つだ。
第一条、サービス残業は絶対に許さない。労働には適正な対価を払う。
第二条、三食きっちり、温かい飯を食うこと。
第三条、どんなことがあっても、仲間(社員)は絶対に見捨てない」
夕日に照らされる公園の中。
俺の提示した『ホワイト企業の誓い』を聞いて、イグニスは子供のように声を上げて泣きじゃくった。
力があるのに、社会のルールに適合できずに、たった一人で苦しんでいた男。見栄を張ることでしか自分を保てなかった彼にとって、この言葉がどれほどの救いになったか、俺には痛いほどよくわかった。
「……うおおおおおっ! リオンさん! いや、リオン所長ッ!!」
イグニスは、俺の差し出した手を、痛いくらいの力で両手で握りしめた。
「俺様は……俺様は今日から、あんたの盾だ! あんたが燃やせと言うなら、どんな分厚い壁だろうが、敵の城だろうが、俺様の『大火炎』で絶対にぶち破ってみせる! 一生、あんたについていくぜ!!」
「ははっ、頼もしいな。よろしく頼むぜ、うちの特攻隊長」
こうして、手取り十六万の事勿れ主義だった俺の元に、初めての仲間ができた。
社会の底辺に落ちた、哀しき最強の竜人。
だが、俺の『悪知恵』と『警察官としての矜持』が、彼を最高の相棒へと変えたのだ。
「よし、じゃあ早速、初仕事の祝いと景気づけに、タローソンで一番美味いスイーツでも買いに行くか。経費で落としてやるよ」
「本当か!? 俺様、ずっとあの店の『プレミアム・ハニーロールケーキ』が食ってみたかったんだ!」
笑顔を取り戻した巨漢の竜人を引き連れて、俺は夕暮れのルナミス帝国の街を歩き出した。
この時の俺は、この後さらに、とんでもない『ワケアリ最強無職』たちを拾うことになり、俺の交番が異世界最高のホワイト治安維持部隊へと変貌していくことなど、まだ知る由もなかったのである。
読んでいただきありがとうございます。
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