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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第零章 【施設編】

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7話目 『オールイン』

 《第四区画》


 「――逃げるぞ!」


玩具の兵隊たちが軽快な音を鳴らしながら迫ってくる。無数の足音に無数の光。その全てが背後から追い縋っていた。


「やばいやばいですよ梅忌さん!」


「わかってる!!」


桜羽を抱えて走るのは梅忌だ。常に後方を見られる彼女は警戒役を担っているが、今は声を上げることしか出来ない。

 無機質な廊下を勢いよく曲がる。だが玩具の兵隊たちは壁へぶつかりながらも雪崩のように押し寄せ、数を減らす様子はない。曲がり切れずに転倒する個体もいるが、それでも後続が補い距離は一向に離れようとしなかった。


 このままでは追いつかれる。追いつかれればあの『メス』で――。


「誰がお前らの玩具になるかよっ!」


 区画の半分ほどを駆け抜けたところで、梅忌は横手の部屋へ飛び込んだ。続けて扉を力任せに閉める。息を整え、策を練る時間さえ稼げれば儲けものだ。

 近くにあったプラスチック椅子を扉へ立て掛ける。気休めにしかならないが、何もしないよりは遥かにマシだった。


「はあぁ”……ガチで死ぬかと思った……」


「ありがとうございます、梅忌さん」


 そっと桜羽を下ろし、自身も流れるように机へ凭れて座り込む。荒い呼吸を整えながら現状を整理した。


「どうする、ここ出たら即死だぞ」


「ですね、まだ外からうるさい音が聞こえてきますし」


 扉が小刻みに揺れている。軽快な音を寄せ集め騒音を放つ玩具たちは諦めていない。まるで人感センサーでも搭載されているかのように、この部屋の前へ延々と集まり続けていた。


「これぞ八方塞がり、ってやつか」


「まだピチピチのJKにもなってないのにご臨終は嫌ですよ」


「ピチピチのDKだが俺も嫌だな」


 乳白色の髪を掻き上げながら立ち上がる。息を切らしてはいるが体力にはまだ余裕があった。生きて帰る。そのための手段を探さなければここで死ぬだけだ。


「何か使えそうな物は?」


「んー、薬品はありますけど効果が分かりませんね。マリオのキノコみたいな薬だったら終わりです」


「1UPなら飲みたいがな」


「飲んでみます?」


「殺す気か?」


 桜羽が試験管を一本掲げる。それを見た梅忌は暗黒の瞳を細め、桜羽は反対に笑っていた。状況が状況なのに笑える彼女の楽観さには目を見張るものがある。

 試験管の中には赤、青、黄色、緑、見たこともない色まで並んでいる。当然ながら効能など分かる訳もなかった。


「全部混ぜたら何か起きねぇかな」


「知ってます? 塩素系と酸性系混ぜると私たち死にますよ」


「変に詳しいな…」


「博識系美女ってモテるでしょ?」


 最後の一言で台無しだが、薬品をやたらめったらに混ぜるのは危険だ。下手をすれば死期を早めるだけなのは馬鹿でも分かるだろう。


「うーん……溶かせたらいいんですけどね。燃やすとか」


「一か八か、か」


「他に案あります〜?」


 睫毛に縁取られた暗黒色の瞳を伏せ、深く思索に耽る。


 薬品を一つ掛けたとする。外れならバッドエンドだ。

 薬品を混ぜ合わせたとする。有毒ガスを放ちバッドエンドだ。

 机や鋭利な物で対応するとする。数に飲まれバッドエンドだ。

 生身で行ってみるとしよう。言うまでもなくバッドエンドだ。

 それでも。


「――それだ」


「どれですか?」


 勢いよく顔を上げる。視線の先には薬品棚。赤、青、黄色、緑、紫と名前も用途も分からない液体たちが立ち並んでいる。


「塩素系と酸性系だったな?」


「……梅忌さん?」


「混ぜるんだよ」


「はい?」


「全部混ぜちまおうぜ」


「自決なら一人でやってください」


「違ぇよ馬鹿」


 口元が自然と吊り上がる。危険だ。無謀だ。それでも胸が高鳴るのを止められない。

 幼い頃、実験に夢中になった時と同じ無邪気な感覚を再び味わっている。


「爆発するかもしれませんよ?」


「かもな」


「死ぬかもしれませんよ?」


「かもな」


「それでも?」


 それでも、梅忌は自信に満ちた暗黒の瞳を絶やさない。


「何分の一かを選ぶくらいなら、全部混ぜて一つの答えを作ってやる」


 薬品棚へ顎を向ける。


「アイツらにぶちまけてハッピーエンドと行こうぜ」


 桜羽はしばらく黙り込んだ。桜色の瞳を閉じ、逡巡する。

 やがて大きく息を吐き、暗黒の瞳と交差する。


「一か八か、ですね?」


「一か八か、だ。」


 二人は顔を見合わせる。そして静かに頷いた。


 生き残るためのギャンブルが今、始まろうとしていた。


▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


 ――《第三区画》


 「うわぁっ!」


 真横を金の玉が掠め、凄まじい速度で持ち主の元へと戻っていく。辛うじて目で追える程度の速さ。まともに当たればひとたまりもない。

 だが、こちらも人間の域を超えていた。梅雨は雪月を抱えたまま速度を落とさず走り続ける。急カーブすらも身体を傾け器用に曲がり切り、その勢いは衰えない。


「いぃいですねぇ…ッ!so beautifulッ!愛がLoveがそうさせているんですかぁ?so crazyッ!」


 人間離れした速度にも関わらず、『鬼』は難なく追って来ていた。金の玉が真横を掠め、真上を通過し、床を抉りながら真下を走る。

 その全てを梅雨は跳び、屈み、滑り込みながら躱していく。


「あぶっ!」


「あららぁ?」


 金の玉が壁を跳ねる。次いで目の前の通路を塞ぐように飛来した。触れた壁は大きく陥没し、粉塵が舞い上がる。それ見て梅雨は即座に方向転換した。

 身体を直角に捻り、横手の部屋へ飛び込む。だがそこは行き止まりだった。

 薬品棚、机、プラスチック製の椅子、それだけの殺風景な部屋。


「あぁあぁあぁ、行き止まりですねぇ?so thrillッ!」


「気色悪ぃ……」


 梅雨は鋭い視線で相手を睨みつける。凶暴な犬のように唸るように言葉を零す。

 だが雪月にとって、この状況は悪くない。


「梅雨、あれ。黄色と赤が混ざってる薬、相手に掛けられる?」


「分かった」


 迷いなく頷く。その信頼に雪月も小さく頷き返した。

 だが当然、『鬼』も黙って見ているはずがなかった。


「ワタクシを置いてお話ですかぁ?so sadッ。でも残念、目の動きで分かっちゃいましたよ?ワタクシ……ッ、so smartッ!」


 金の玉が唸りを上げる。狙いは正確だった。薬品棚を粉砕し、そのまま背後の壁へと突き刺さる轟音と崩落に粉塵が一気に吹き上がった。

 だがそれでもいい、一の案が消えれば二の案だ。避ける空間が確保出来たと考えれば最悪ではない。


「行こう!」


「うん!」


 踵を返し、そのまま粉塵の中へ飛び込んだ。塵が鼻へ入り込み咳き込みそうだ。視界も悪い。

 それでも立ち止まる理由にはならなかった。このまま隣室へ抜けられる。


 当然ながら、相手は易々とこちらを逃がしてくれるつもりなど毛頭ない。

 前へ進むためには、通路を塞ぐあの男をどうにかしなければならない。

 

「奮闘、正にso beautifulッ!称賛に値しますがぁ、袋小路ですかね?」


 正にその通りだった。『仮想空間』へ戻るためには、この男の向こう側へ行かなければならない。そのためには、男を倒す必要がある。そして男を倒すためには、あの金の玉をどうにかしなければならない。

 三段に重なる高く聳え立つ壁。

 絶望以外に何と言い表せられるだろうか。


「お二人のLoveを賛美して、一つ譲歩してあげましょう。so happyッ?」


「はぁ……?」


『鬼』がこちらをゆっくりと指差す。梅雨は露骨に眉を顰めたが、一先ず損はない為話を聞いておこう。


「ワタクシは強すぎるッ!あまりにも強すぎる!お二人が可哀想だ、so sorryッ!」


 本当に申し訳ないと思っている筈がない。それは声を聞けば、表情を見れば分かった。この男は楽しんでいる、追い詰められた獲物を眺めることを。必死に抗う姿を見ることを。

 その希望を叩き潰す瞬間を、心の底から愉しんでいる。


「そんなこと言うなら通して欲しいんだけど?」


「あぁ、それは面白くないですねぇ。so badッ!partyに参加したのなら踊らなければ!そしてdanceは平等かつ公平でなければ!so happinessッ!」


 雪月の投げやりな一言に対し、男は倍以上の熱量で返してくる。あまりの気迫に思わず口を噤んだ。

 だが好都合でもあった。相手が喋っている間に突破口を探せる。雪月に出来るのは脳を働かせる、それだけなのだから。


「だから一対一で戦いましょう?ワタクシと貴方のfieldで。ワタクシも素手で戦いましょう!これこそが…ッ、so thrillッ!」


 男の手から紐が離れる。金の玉が転がり、乾いた音を響かせた。

 両手を広げ、武器を持っていないことを示す。


「俺と?」


 その提案に梅雨は青い隻眼を細めた。


「いいよ。乗った」


 赫い双眸が梅雨を捉える。

 それに応えるように、梅雨は抱えていた雪月をそっと地面へ降ろした。

 前へ出る背中は迷いなく、堂々としている。雪月は二人を見比べた。


 もし壁を破壊したのが金の玉の力なら戦えるかもしれない。しかし、もしあれが男自身の力だったとしたら勝ち目など。


「梅雨……」


「大丈夫!俺頑丈だから」


 そう言って力こぶを作る。不安を隠すような、いつも通りの無邪気な笑顔だった。その笑顔を見てしまえば、止めることなど出来なかった。

 だからギャンブルをしよう。相手の力が、そうではないという賭けを。


「お話は終わりましたかね?さぁッ!beautifulな舞を踊りましょう!so amazingッ!」


 雪月は静かに距離を取り、梅雨は一歩前へ。

 『鬼』と真正面から向かい合う。張り詰めた空気。

 互いの準備は整った。


「ワタクシと一曲、踊っていただけませんか?」


 丁寧に差し出される手。それは決闘への誘いだった。


「まなーとか知らないけど、いいよな?」


 自身を鼓舞するように、梅雨は笑ってみせた。そして両者は構えた。


 一方は手を前に出し、姿勢を低く。

 一方は肩の力を抜き、自然体に。


 ――正々堂々と賭ける、一騎打ちの幕が上がった。

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