8話目 『お友達になれる?』
――《第四区画》
「失敗したら化けて出ますからね」
「そん時はお揃いだ」
薬品棚から片っ端に試験管を取り出し、机の上へ並べていく。有毒ガスでも、爆発でもいい。あの兵隊たちへ対抗できる何かであればそれで十分だった。
机の上には空のビーカー。梅忌はそれを扉の前へ置き、試験管立てを隣へ並べる。全てを混ぜれば溢れるだろから厳選した。根拠なんてなく、勘だけを信じて選んだ結果だ。
「椅子、退かしますよ」
「ああ。頼む」
桜羽が椅子を退かす。慎重に、ビーカーに触れてしまわないよう、壊さないよう、扉を開けてしまわないよう、遠くへ。そうした決戦準備の前に、そうとは思えない談笑を交わしていた。
「梅忌さんは、お友達になってくれますか?」
「あ? あぁ……まぁ、生きて出られたら考えてやらんこともないな」
「それフラグ立ってませんか? 死ぬなら一人で死んでくださいね」
「お前友達になる気ないだろ」
薄情な返答に思わず嘆息する。視線を上げれば、今にも破られそうな扉が目に入った。その向こうには兵隊たちがいる。もし突破されたらどうなるか、考えるまでもないだろう。まず自分が殺される。そして、その後は――
「ありますよ? こう見えてわたし、お友達少ないので」
自然と桜羽へ目が向いた。自分よりも小柄な体。どこか愛嬌のある顔立ちは贔屓目を抜きにしても、可愛い部類に入るのだろう。
彼女は何も気付いていないのか、真剣な瞳で武器になりそうな物を探しながら口元を綻ばせ笑っていた。そんな姿を見ていると、不思議と胸の奥がざわつく。
庇護欲、きっとそんな類の感情だった。
まだ出会って一日しか経っていない。だが、されど一日だろう。
「へぇ、じゃこの優しい俺がなってやるよ」
「言質取りましたからね」
共に走り、共に怯え、共に生き残ろうとしている。それだけで、情が湧くには十分じゃないだろうか。少なくとも、自分より先に死なせたくないと思う程度には。
「武器は持ってるな?」
「はい、持ってますよ」
彼女が何かを手に取ったのを見て、視線をビーカーへと戻した。手に取っていたのは二つの『メス』。凶器としては心許ないが、あの兵隊に対応し得る予備手段だ。そして彼女は扉の前へと移動して準備が完了する。
「入れるぞ」
「はい。信じます」
一本目、変化なし。
「二本目、入れるぞ」
「はい」
二本目、変化なし。
「三本目、入れるぞ」
「はい」
三本目、薄く煙が立つ。
「四本目、いくぞ」
「はい。」
四本目、正反対の液体の色が混ざる。途端、異様な泡立ちが始まった。
「開けろ!!」
「――ッ!」
桜羽が扉を翳し開く。二人は自身の持つ全力を振り絞り飛び退いた。
その時を待っていたかのように、雪崩のように玩具の兵隊さんたちが部屋へ流れ込む。その瞬間、耳を劈くような破裂音に次いで轟音が鼓膜を刺激した。世界が白く染まった。爆風、衝撃、熱風、何もかもが一瞬の出来事だった。全てが、理解よりも先に起きていた。
兵隊たちは散り散りに吹き飛び、試験管立ては倒れ、割れ、混ざり、燃え、遂には爆発する。部屋そのものが悲鳴を上げている。身体が重力を逆らい宙へ舞うのを感じる。背中から壁へ叩き付けられ、息が、呼吸が、肺が焼ける。何かが折れたような音だけが最後に聞こえた。
「――ぁ」
声にならない。耳も聞こえない。黒板を爪で引っ掻いたような耳鳴りだけが脳を掻き回している。口の中に鉄の味が広がり咳き込む。赤い飛沫が床へ散り、肺が焼けるように痛い。熱にやられたか、爆風に殺られたか、目も開かない。
それでもまだ、生きていた。刺激臭が鼻を刺し、煙が肺へ入り込む。本能が叫んでいる。ここに居たら死ぬと。
「げほっ……梅忌、さん……」
耳鳴りが段階を踏んで小さくなった頃、か細い声が聞こえた。先程まで笑っていた桜羽の声だ。掠れている。無事じゃない。それでも生きている。梅忌は震える腕で床を押した。
――生きて、友達になるんだろ。
立てない、足に力が入らない、脳が揺れて、視界が揺れる。吐き気が込み上げる。
「…行、…ぞ……」
声を絞り出し、桜羽を抱える。軽くても人は人だ。40何キロ程度が伸し掛り激痛を発する。肋骨が悲鳴を上げている。腕も痺れている。それでも掴んで離さなかった。離したら今度こそ終わりだ、そう確信があった。
そして、煙が入口側へ流れているのを見た。
今しかないと梅忌は走った。否、事実そう見えるだけだ。倒れそうな身体を無理やり前へ運んでいた。
背後から軽快な足音が聞こえる。まだ残っている。爆発でも全ては仕留められなかったようだ。振り返らない。振り返る余裕なんて無い。止まれば死ぬ。今度こそ本当に。だから進む、足を引き摺りながら。
壁へぶつかりながら無様でも生きる。生きて、生きて、生きやる。
「ぐ、ぁッ!?」
突然足元が切り替わり、躓く。前方へ投げ出され、腕にあった桜羽の軽い身体が転がっていく。
草、土、風、澄み渡る青、白鳥の羽ばたき。ここは、『仮想空間』だった。梅忌は倒れたまま土を押し付け無理矢理振り返る。兵隊たちは追って来ない。緑の地面の手前で止まっている。境界線でもあるかのように、戻っていく。「勝った」と音にならない声が口から漏れ出た。桜羽の元へ重い身体を這わせ向かう。胸が前後している。呼吸はある、鼓動もある、生きていた。
それを確認した瞬間だった。全身から力が抜けた。痛い、苦しい、寒い、もう立てない。視界が滲み、意識が沈む。最後に見えたのは、風に揺れる草花だった。
――第四区画。
化学的爆発により『鬼』を退け脱出、その幕を閉じた。




