後半 『目を覚ますとそこは悪夢だった。』
再び『仮想空間』へ戻った四人は、大樹の傍で情報を整理していた。
反応は大きく二つに分かれている。脳天気で楽観的な者、現状を受け止め思索に沈む者と。
「ありゃガチか?ガチだよなぁ」
「鬼さんってどんな人なんでしょ?」
「鬼ごっこ……」
「鬼?喰える?」
梅忌は独り言のように呟きながら、大樹の幹へそっと手を触れた。押しても引いても微動だにしない。深く大地へ根を張り、悠久の時を生きてきたかのような威容を漂わせている。
そして全員が『仮想空間』の四隅から現れたという事実。それは即ち、この場所が施設の中心部であるという可能性を示していた。隠し部屋の存在によって第三区画と第四区画は多少狭くなっているだろうが。
「これを引っこ抜けりゃぁ……」
もし大樹が中央へ配置されているのが偶然ではないのなら、施設を支える中枢そのものなのではないか。
「根ごといくには4人揃っても力不足、ですね」
「だよなぁ、除草剤とかその辺に落ちてねぇかな」
施設そのものを崩落させる、それもまた一つの手だろう。だが雪月には既に別の当てがあった。六年間をこの場所で過ごしたからこそ知る脱出口が。
問題は『鬼』に見つからずそこへ辿り着けるか、だが。
「俺出口を知っているかもです。着いてきてくれますか」
「「もちろん!」」
二人の声が重なる。梅忌も無言で首肯した。
それを確認してから雪月は自分が現れた通路へ向かい、長く入り組んだ廊下を記憶を頼りに進み続ける。
「本当に白いですね〜」
「変な場所だね」
変わっていなければ、この施設は『仮想空間』を中心に第一区画、第二区画、第三区画、第四区画へ分かれているはずだ。
雪月が目を覚ましたのは第二区画、桜羽は恐らく第一区画。施設経験者を広い区画へ配置したのだとすれば辻褄が合う。
第三区画と第四区画の間には隠し部屋が存在する。その影響で多少狭くなっているとはいえ、迷えば再会は困難だろうか。
「なんでこんなとこにいるんだか」
「早く帰りたいですね」
そして、第一区画と第二区画の間に存在する広い空間。そこが脱出口だった。
横長の階段、その先にある巨大な出入口__『口』は記憶と寸分違わぬ姿だった。
「閉まってる……な」
「閉まってますね〜」
梅雨と共に雪月は短くも長くも無い階段を上る。『口』の隙間からは外気が流れ込んでいた。
間違いない、この先は外へ繋がっているとその清涼な空気が確信を持たせた。
しかし肝心の扉は沈黙を守ったままで、壁へ触れても反応はない。手を翳しても開く気配はない。つまり、何らかの条件を満たさなければならないのだろう。
その時だった。
「「あ」」
離れた場所から声が届く、梅忌と桜羽だ。
施設特有の防音構造によって音は響かないが、それでも十分耳に届くほどの声だった。
雪月と梅雨は慌てて階段を降りる。
「何かあった?」
「お兄みてみて!ランプがあるの」
「ああ、今は一つも灯いてはいないが全部灯けたら開きそうだな」
「すごー!」
階段の右端。見落としてしまいそうな位置に、四つの小さなランプが埋め込まれている。まるで設計者の悪趣味を体現したような配置だ。
四つ全てを灯せば『口』が開く。そう考えるのが自然だった。
――それができれば、また『普通』へ戻れる。
先の案を皆へ提案しようとしたその瞬間だった。不意に視界を腕が遮り前へ出た梅忌が、鋭利な刃物のような視線を雪月へ向けていた。
「待てよ、これがお前の罠じゃないって言う確証がどこにある?」
「ど、どういう……」
「考えてもみろよ。お前らの家で泊まり起きたらここに居た。しかも隠し部屋も脱出口もお前が見つけた、まるでこの場所を網羅しているみたいじゃねぇか」
「それは……」
当然の疑念だった。梅忌からすれば、自分だけが施設の構造を把握しているように見えるだろう。
彼は何も悪くはない。防衛本能に従っているだけだ。
それでも、皆を助けようと必死に動いてきた自分の行動全てを否定されたようで、胸の奥へ棘が突き刺さるような痛みが走った。
「これがお前の企てじゃないと、証明できるのか?」
「俺は……」
「ちょっと待って!」
思わず半歩後退る。すると横から飛び込むように声が上がった。
「雪月はそんなことしないよ!ちょっとだけ怪しいかもだけど俺は雪月を信じてるから」
「馬鹿の感情論でどうにかなる問題でもねぇんだよ、いっぺん死ね」
相変わらず双子の仲は険悪だ。だが梅雨は雪月を抱き締めたまま離さない。まるで「信じる」という言葉そのものを体現しているようだ。
その温もりに、沈みかけていた心が僅かに浮上する。
梅忌はなおも疑念を抱いている様子だったが、やがて呆れたように溜息を吐いた。そして口を開く。
――開こうとした、その時だった。
「何だ?!」
「ゆ、揺れてる……?」
梅忌と桜羽が同時に声を上げる。揺れている。
防音壁と遮音壁によって音は届かないが、振動だけは誤魔化せない。人間とは思えない巨体が歩くことで生じる重低音のような振動が。
「あれは……!」
誰もが息を呑んだ。第一区画へ続く狭い出入口。
その奥から、こちらを覗き込む瞳があった。
赤く、紅く、赫く、緋く――
――赫い眼をした『鬼』が、そこにいた。
一章、本番スタートです。




