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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第零章 【施設編】

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4話目前半 『目を覚ますとそこは――』


 白い、白い、白い


 寂しい、助けて、誰か


 誰でもいい、助けて、救って


 だれか、見つけて――。


▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


 「ここは……」


 つい先程まで木の香りが漂う温かな室内にいたはずだった。背後では二人が火花を散らし、梅忌は風呂へ向かい、自分は布団の中で意識を――


 ――白い。


「ここって……」


 白い、白い、白い、白い。

 四方を囲む壁も、天井も床も、一切の彩りもない無機質な白。殺風景で、静謐で、何より孤独だ。


 ――六年間、雪月が幼少期を過ごした場所だった。


「なんで……ッ、クソ」


 鋭いい痛みが脳裏を劈き、思わず頭を押さえる。記憶の奥底に何かが引っ掛かっていた。確かにそこにあるはずなのに、霧が掛かったように思い出せない。

 だが今は、その違和感に構っている余裕などなかった。


「皆は、どこだ」


 薬の残滓が全身に重く纏わり付いている。鉛のような身体を引き摺りながら壁に手を付き、廊下へと足を踏み出した。

 扉に手を翳すと機械的な駆動音と共に扉が水平に開き、変わらぬ白の世界が姿を現した。


 桜羽は、梅雨は、梅忌は、どこにいる。


 もしこの施設がかつての機能を維持したままだとすれば、安全などという言葉は存在しないだろう。

 この場所は目的達成のためなら手段を選ばない。冷酷無比で、無知無情で、人の尊厳すら実験材料として切り捨てる場所だ。

 しかし、昔とは違う。自分もまた、あの頃の無力な子供ではないのだから。


 規則正しく並ぶ扉は全て開く事が出来るようだ。鍵という概念そのものが存在しないのか、手を翳すだけで静かに右へ開いていく。その先にある景色はどれも同じだった。机も椅子もない、備品も器具もない、ただ白だけが続く空間。

 幾度か廊下を曲がり、やがて突き当たりへ辿り着く。

 そこには雪月の半分ほども巨大な扉が鎮座していた。迷うことなく手を翳す。ウィーン、と軽快な機械音が響き、重厚な扉がゆっくりと開かれた。


 次の瞬間、清涼な風が頬を撫で、白髪が揺れる。

 施設内で唯一と言っていい異質な空間、空と大地をホログラムで再現した『仮想空間』――蒼穹には雲が流れ、白い鳥が羽ばたき、野原では草花が風に揺れている。

 そして中央、四方から緩やかに盛り上がった丘の頂には一際大きな大樹が聳え立っていた。枝葉を大きく広げ、木陰を落としている。幼い頃は、よくそこで本を読んでいたものだ。


「懐かしい……」


 九年ぶりの再会。望んでもいないそれに反吐が出る。

 それでも身体は抗えず、郷愁にも似た感覚に導かれるまま大樹へと歩み寄る。

 そして、その根元には、既に三つの人影があった。


「皆!」


「お兄!」

「雪月!」


 二人の声が合わさり、互いに顔を見合わせると再び険悪な空気が立ち込めた。

 いつも通りだ、それが妙に可笑しくて安心できて、雪月は小さく安堵の息を吐いた。

 一方で、二人とは対照的に梅忌だけは大樹から少し距離を置き、腕を組んで周囲へ鋭い視線を巡らせていた。警戒を解いていないのは暗黒色の瞳と態度で一目瞭然だった。


「全員揃ったか。……で、ここは何なんだ?」


 梅忌は人員を確認した後、改めて周囲を見回した。

 『仮想空間』、白一色の施設の中では異質極まりない場所。しかし皮肉なことに、この施設で唯一心を落ち着かせられる場所でもあった。


「施設、です。正確な呼び名は分かりませんが」


「施設ねぇ、お似合いだな」


 梅忌は顎に手を添え、思案顔で周囲を見渡す。雪月もまた隣へ並び、記憶の中と寸分違わぬ光景へ視線を向けた。

 よく見ると、四方の角だけ映像が途切れている。そこが出入口になっているのだろう。恐らく全員、別々角からここへ辿り着いたはずだ。


 雪月が現れた方角とは反対側の面、中央より僅かに左。記憶を辿るように赤、緑、青と瞬く映像を指先でなぞりながら雪月はある地点で足を止めた。


「あった」


 そこには、一見しただけでは気付けないほど微細な継ぎ目があった。映像と映像の境界、巧妙に偽装された隠し扉。廊下で開いた扉と同じように静かに手を翳してみる。

 すると横長に映像が切り離されるように揺らぎ、そのまま水平に移動していく。

 雪月の行動に気付いた三人も後を追ってきていたらしく、現れた隠し部屋へそれぞれ異なる反応を示す。


「すごい!てくのろじーって感じ!」


 桜羽は長い睫毛に縁取られた桜色の瞳を輝かせ、感嘆の声を上げた。置かれた状況など意にも介していない様子で、その表情には純粋な好奇心と期待しか浮かんでいない。


「言ってる場合か」


 対照的に梅忌は眉間へ深い皺を刻み、不快感を隠そうともせず吐き捨てる。新たに出現した空間を睨み付け、一歩前へ踏み出した。

 その背中からは露骨な警戒心が滲み出ている。他三人は顔を見合わせ、固唾を飲み四人は揃って隠された空間へ足を踏み入れる。


 まるで施設の奥底へ誘われるかのように、静寂が開かれた空間へと――。


▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


 四方を見渡しても白、どこまで行っても白。その光景は他の部屋と何ら変わらなかった。ただ一つだけ異質な存在がある。

 部屋の中央付近に設置された一基のスピーカー。白い水面へ黒い雫を一滴垂らしたかのように、それだけが異彩を放っていた。

 自然と四人の視線がそこへ集まる。――刹那、スピーカーから流れ出た音声が空間を支配した。

 誰もが息を呑み、その声に耳を傾けるしかなかった。


『ちょこーっと期待外れかなあ、まあいい。皆びっくりしちゃったよねえ?』


 甘ったるく、どこか間延びした男の声。だが雪月は知っていた、その声の主を。


『 お茶とかお菓子は出せないんだけどお、代わりに素敵な贈り物を用意したから楽しんでほしいなあ』


 その男こそ、施設。

 この悪夢のような空間を創り上げた張本人だった。


『なあに鬼ごっこをしてもらうだけだあよ、あんまり気負わず楽しんでほしいなあ』


 平和ボケしたような口調、気怠げな声音。

 しかし、その裏に潜む本質を雪月は知っている。この男は人を玩具のように扱い、人命すら娯楽へ変える奴だ。


『ルールはここを脱出することだあけ。じゃあ、頑張ってほしいなあ』


 その言葉を最後に通信は途絶えた。


 ――『鬼ごっこ』という名の悪夢が、幕を開けた。

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