37話目 『アトラクション』
「あれ乗ろー!」
そう言って腕を振り回しているのは梅雨だ。遊園地へ入るや否や片っ端からアトラクションを指差し、その全てに乗ろうと誘っている。最早誰も止めようとはせず、無視にも慣れ始めた頃合いで最初に何へ乗るかの相談が始まった。
「遊園地と言えばジェットコースターだろ」
「最初は慣らして行こうぜ?」
「そうだね、ゆったりしたやつから乗りたいかも」
雪桜に便乗した所で、今一度周囲を見回した。流石は都市最大級の娯楽施設と言った所か、園内は活気に満ち溢れている。色とりどりのアトラクションが点在し、風船を抱えた子供達や着ぐるみ、賑やかなショーなど様々な要素が視界を彩っていた。中央には飲食スペースもあるらしい。レンガ造りの道はかなり熱を持っているものの、アスファルトよりは幾分か歩きやすかった。何より至る所に植えられた木々が木陰を作り出している為、入口付近とは比較にならない程の清涼感があった。
自然様々だな、そんな事を思っていると不意に視界へ飛び込んでくるものがあった。メリーゴーラウンドだ。鹿を模した乗り物に跨り、ゆっくりと回転するだけの単純なアトラクション。それなのに何故か妙に心を惹かれる、そんな代物。
「あれ乗る?」
「いいな。あれ乗るか」
雪桜も快諾し、双子からも賛同を得る。そうして四人は目的地へ向かった。待ち時間は十分程、列へ並びながら他愛も無い会話を続ける。
「次こそジェットコースターだろ」
「どんだけ乗りてぇんだお前は」
梅忌の異様なまでのジェットコースター推しに、雪桜は露骨に辟易している様子だった。その反応を見た梅忌は何かを察したのか、口元へ手を当てながら含み笑いを浮かべる。
「もしかして……乗れない、とか?」
「はぁ?」
心外だと言わんばかりに眉間へ皺を寄せ、雪桜は鼻で笑った。雪月も二人のやり取りを眺めながら、少しだけ雪桜を心配していた。しかし当の本人は余裕綽々だ。
「誰が乗れねぇって? 別に好きじゃねぇだけだし」
「お前、ある種のツンデレみたいになってるぞ」
「乗れないなら無理しなくても……」
傍から見れば反応はあまりにも分かりやすい。梅忌は自然と雪桜を見下ろしながら呆れ混じりに突っ込み、雪月は純粋な善意から心配していた。そのどちらも気に食わなかったらしい、雪桜は腕を組みしばし逡巡した後に言い放つ。
「いいぜ、次乗ってやるよ。ほんとしゃーねぇな」
「ほんとに大丈夫?」
「あ、乗れるよ!」
何故か梅雨だけは妙な確信を持って頷いていた。梅忌は小さくガッツポーズを作る。メリーゴーラウンドの順番が近付いたのを確認すると、満足そうに先頭へ向かって歩き出した。梅雨も変わらずマイペースに雪月の腕を掴み、そのまま乗り物へと向かう。
残された雪桜は二人の背中を眺める。
「……俺は何してんだか」
深い嘆息を零しながら、その後を追った。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
「楽しかったね!」
「うん、凄かった」
メリーゴーラウンドを乗り終え、今はジェットコースターへ向かう道中だ。ただ周回するだけの乗り物とは言え、実際に体験してみるとやはり面白い。鹿の角を握り締めながら流れていく景色を眺める時間は、雪月にとって非常に新鮮だった。
道案内を担当しているのは梅忌だ。園内地図を広げ、迷いなく先頭を歩いている。正確には、この役目は梅忌にしか務まらなかった。雪月は地図をまともに読めず、梅雨は興味の赴くまま突撃していく。雪桜はそもそもやる気が無い。結果として自然と梅忌が適任になっていた。
「……なぁ、道間違えてんじゃねぇの?」
「合ってる。ほら、楽しそうな声が聞こえるだろ?」
「楽しそうな声……」
一本道を進む梅忌へ、雪桜が思わず疑問を投げ掛ける。それも当然だった。何故なら、耳を貫くような悲鳴が途切れる事なく響いているからだ。園内屈指の絶叫アトラクション、それが目の前に聳え立っていた。何度も回転するインバーテッドコースター、足元には何も無く高さは約七十メートル。遠目から見ても圧倒的な存在感を放っている。
「流石に混んでるな。待ち時間四十五分だってよ」
「そ、そうだね。早く並ぼっか」
「楽しそー!」
雪月一人なら近付こうとさえ思わなかっただろう。しかし梅忌は当然のように列へ並び始める。ならば付いて行くしか道は無い。梅雨は轟音と悲鳴を聞いてなお楽観的な感想を述べており、もはや尊敬の念すら抱いてしまう。一方、雪桜は先程から固く口を閉ざしたままだった。
「どうした? チビったか?」
「馬鹿言え。んな訳ねぇだろ」
それを見た梅忌が追撃を仕掛ける、気遣いとは最も縁遠い発言だった。雪桜は視線を逸らしたまま言葉だけで返す。その二人を横目に、雪月は周囲へ目を向けた。
轟音が反響する待機列の室内は暖色系の照明で彩られている。木製の手摺や壁が設置されており、どこか温かみを感じさせる空間だった。列は蛇行しながら奥へ奥へと伸びており、まだ終点は見えない。そうして他愛も無い会話を交わしながら時間を潰していく。
そして、本体が見え始めた頃雪月の本能が直感した。これは無理だ、と遠目からでも伝わる圧倒的な恐怖感。足が竦み、心臓が早鐘を打つ。試しに帰り道を探してみたが無駄だった。何より五十分近く並んだ今となっては、逃げ出す方が気まずい。
「こん時が一番ワクワクするよな」
「そう、なのかな」
梅忌は手摺へ体を預けながら期待に満ちた表情を浮かべている。本当に絶叫系が好きなのだろう、恐怖の欠片も見受けられない。梅雨も同様で、そういう所は双子らしい。雪桜だけは依然として無言を貫いている。気を紛らわせようと声を掛けてみた。
「雪桜、大丈夫?」
「まぁ……問題、ねぇけど」
先程までの威勢はどこへ消えたのか、声には覇気が無く心ここに在らずといった様子だった。そうしている内にも無慈悲に列は進み続ける。そして、遂に順番が回ってきた。
「お兄さんが一緒に乗ってやろうか?」
「黙ってろ」
持ち物を棚へ預けながら、余裕綽々の梅忌が萎れ切った雪桜へ声を掛ける。雪月はそんな二人を横目で眺めながら、梅雨と会話を交わしていた。
「雪月は大丈夫?」
「大丈夫、だと思う」
確証は無い、全てが未知。最初は怖くても、乗ってみれば案外平気かもしれない。そんな淡い期待に賭けて、梅雨と共に座席へ腰を下ろした。雪桜は前方、梅忌は後方とそれぞれ別の席へ座ったらしい。
安全装置が固定され、持ち手を強く握り締める。そして。
『――しゅっぱーつ!』
元気なキャストの声が響き渡った。機体はゆっくりと上昇を始める。絶叫の火蓋が、今まさに切って落とされた。
○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○
桃色の一室、一人の子供が床に座っていた。うさぎのぬいぐるみを両腕で抱え込み、赤子をあやすように優しく揺らしている。
「いいこ、いいこ。カワイイこ」
そして、腸を切り裂いた。




