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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第二章 【少年少女】

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38話目 『迷子のお報せです。』


 落ちて、回り、落ちて、回り、回り、回り――そうして絶望のジェットコースターは終わった。


「死ぬ……」


「何で、平気なの……」


 飲食スペースのテーブルに突っ伏しているのは雪桜と雪月だ。雪桜は血の気の引いた顔で口元を押さえたまま動かない。雪月も同様に酷く目が回っており、完全に酔っていた。二人揃って撃沈である。

 対して双子は飄々としていた。梅忌は飲み物を、梅雨は軽食を買って戻ってきたところだ。善意は有難いが、今何か口にすれば朝食ごと吐き出してしまうだろう。


「悪かったって。もうしねぇよ」


「うぁ……」


 身嗜みを整えながら梅忌が謝罪する。雪桜は机に顔を伏せたまま呻き声だけを返した。その様子は相当重症だ。雪月は幾分か回復してきており、冷えたジュースを少しずつ飲んでいる。梅雨と梅忌も席に腰掛け、パラソルの下で束の間の休憩を満喫していた。


「生きてるかー」


「……しね」


 憎まれ口だけは健在だった。しかし微塵も動かない姿は、まるで本物の死体のようである。

 すると次の瞬間、雪桜が勢いよく立ち上がった。青白い顔のまま口元を押さえ、何も言わず歩き出す。その様子を見た三人は即座に察し、誰も止めなかった。


「……仕返しにしてはやり過ぎたか」


「こんなに弱いなんて」


「かわいそー」


 梅忌は僅かな罪悪感を滲ませながらハンバーガーを頬張る。雪月と梅雨も昼食を口に運びつつ、今後の予定について話し始めた。


「まぁ、なんだ。後はどうする?」


「雪桜が回復しないと動けないよね」


「先に遊んじゃダメなの?」


「うーん……迷子になっちゃうかもしれないし」


 何をするにしても四人で動かなければ意味がない。結果として話し合いは堂々巡りになった。


「とりま便所近くで待ってるか?」


「そうだね」


 ある程度食べ終えたところで梅忌が提案する。雪桜の分の食事を残し、一同は席を立った。向かったのは手洗い場付近だ。

 しかし、待てど暮らせどそれらしい人物は現れない。


「……長くねぇか」


「大丈夫かな」


 三人は園内中央に設置された噴水の縁へ腰掛けていた。入れ違いになったのだろうか、そんな可能性も頭を過る。だが、どこかで鉢合わせそうなものだ。


「別の便所行ったとか?」


「そうかも」


 梅忌は少し考え、一つの可能性を口にする。飲食スペースから最も近いのはここだが、園内には他にもトイレが存在している。とはいえ全てを回れば今度は本当に入れ違うかもしれない。


「連絡入れてここで待つ?」


「あー、そうすっか」


 梅忌も頷き、園内唯一の噴水前で待機する事になった。雪桜には現在地を送り、ここで待っている旨を連絡する。梅忌はついでと言わんばかりにスタンプを連打していた。

 一息吐き、時刻を確認する。既に十二時になろうとしていた。帰宅予定は夕方四時、移動時間も考慮すれば残された時間はそれほど多くない。


「無視決め込んでやがる」


「送りすぎじゃない?」


「俺もやろー」


「やめてあげて?」


 暇を持て余した結果、雪桜へのスタンプ連打大会が始まってしまった。雪月はそれを止めるでもなく、周囲へ視線を向ける。小さなアイスクリームの屋台、熊の着ぐるみ、そこへ集まる子供達の黄色い歓声、賑やかな光景はどこか心地良かった。

 やがてスタンプ連打にも飽きたのか、梅忌が深く息を吐いて時刻を確認する。最初の連絡から既に十分、雪桜が離れてから数えれば三十分近く経過していた。


「マジで連絡付かねぇぞ」


「うん、俺も未読のまま」


「俺も」


 何かがおかしいと三人は顔を見合わせる。その表情は真剣だった。雪月だけではない。梅忌も梅雨も、異常事態だと気付いている。


「どうする。探すしかないよな?」


「迷子センター行ってみようかな」


「俺、便所回ろうか?」


 広大な遊園地を探すには手分けするしかない。一人行動は危険だが、人混みの中なら問題ないだろうという判断だった。


「通知OFFにしてるって可能性無いかな」


「いや。たまに連打すると爆速で電話掛かってくる」


「じゃあ無いか……」


 それぞれスマホを取り出し、改めて確認する。通知は届く、電話も繋がる。だからこそ不自然だった。


「俺は入口の方行ってくる」


「じゃあ、気を付けて」


「うん!」


「おう」


 そうして三人は散り散りになり、それぞれ雪桜の捜索を始めた。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


 ――《梅忌part》


 極暑の中、入口へと駆け戻る。道行く人々へ片っ端から視線を向けた。違う、違う、違う。それらしい人物は一人として見当たらない。何より、こんな真夏日に全身黒ずくめの格好をしている奴などそう居ない。あいつなら一目で分かるはずだった。


「すみません、今大丈夫ですか?」


 一縷の望みに縋るように、近くにいた女性キャストへ声を掛ける。もしかしたら園外へ出たのかもしれない、そう考えたからだ。出来る限り愛想の良い笑みを作り、人当たり良く問い掛けた。


「黒い髪で黒い服を着たチビ見ませんでした?」


「うーん……ごめんなさい。それらしい方は見ていないですね」


「そうですか、ありがとうございます」


 礼を告げながらも、喉元まで込み上げた舌打ちを無理矢理飲み込む。顎へ手を添え、思考を巡らせた。少なくとも入口は通っていない、その事実は僅かな安堵を与える一方で別の不安も生み出していた。ならば、まだ園内にいる。スマホを取り出し、RIMEのグループ画面を開く。


『外なし』


 短く打ち込み送信する。既読を確認する間もなく踵を返した。立ち止まっている暇はない、焼け付くような日差しの下、人波を掻き分けながら再び走り出した。


――《梅雨part》


 自慢の脚力を活かし、園内にある御手洗を片っ端から回っていた。一つ一つの距離こそ離れているものの、直線距離で考えればそれほど遠くはない。念の為個室の扉全てにノックもしており、見落としは無いはずだった。


「あいつ……」


 走りながら、小さく吐き捨てる。腹立たしかった。折角の休日、折角の雪月とのお出掛けだ。それをあんな奴が台無しにしている。

 胸の奥に燻る苛立ちは、熱気と共に膨れ上がっていった。


「チッ……」


 思わず舌打ちが漏れる。そのまま最後の御手洗を確認し終え、周囲へ視線を巡らせた。だがやはり居ない。何処にも、影すら見当たらなかった。


「なんであんな奴探してんだよ……」


 ぽつりと零す。自分でも分からない。あんな奴が居なくなろうが、本来ならどうでも良いはずだ。むしろ居ない方が都合が良い。

 自然と足は噴水広場へ戻っていた。スマホを取り出し、グループへ短く打ち込む。


『いない』


 送信。それだけ済ませると、梅雨は大きく息を吐いた。極暑の日差しは容赦なく降り注いでいる。額に滲んだ汗を拭いながら、近くの木陰へ移動した。

 青い瞳は人混みを睨むように見渡していた。もし見つけたら一発くらい殴ってやろう。そんな物騒な事を考えながら、梅雨は苛立ちを抱えたまま木陰に背を預けた。


――《雪月part》


 肩で荒く息をしながら額の汗を拭い、迷子センターへと駆け込む。室内は冷房が効いており、火照った体を心地良く冷やしてくれた。白を基調とした空間には小さな椅子や玩具が並べられている。迷子になった子供達を落ち着かせる為なのだろう。だが今の雪月には、それらを眺める余裕など無かった。

 一直線にカウンターへ向かう。迎えてくれたのは、清潔感のある柔和な女性スタッフだった。


「すみません、探している人がいるんですが」


「はい。特徴を教えていただけますか?」


 事務的でありながらも丁寧な対応だった。雪月は呼吸を整えながら説明を続ける。


「黒い髪で、黒い服を着てて……身長はこのくらいです」


 手で大まかな高さを示す。女性は頷きながら話を聞き、手元の資料へ視線を落とした。そして僅かに眉を下げる。


「申し訳ありません。本日はそのような届出は確認されていませんね」


「そうですか……ありがとうございます」


 肩を落としながら踵を返す。出口へ向かう足取りは重い。迷子センターにも居ない、なら一体どこへ行ったのか。スマホを取り出し、RIMEのグループへ短く打ち込む。


『無かったです』


 送信。既読が付くのも待たず、雪月は再び走り出した。胸騒ぎは消えるどころか、むしろ強まるばかりだった。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


 桃色の一室。ぬいぐるみに囲まれた空間で、一人の子が床に座っていた。小さな手でねこのぬいぐるみを歩かせながら、無邪気に問い掛ける。


「なーし、いなーいなーい。どこかなぁ」


 ぬいぐるみを寝かせて。


「みーつからなーい」


 そして、眼をくり抜いた。

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