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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第二章 【少年少女】

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36話目 『遊園地へ』


「ごめんお待たせー!」


 時刻は既に八時を指しており、遅刻寸前だった。駅の大時計の真下に居るのは二人、雪桜と梅忌だ。雪月は乱れた呼吸を整えながら、二人の元へと駆け寄る。


「よし。揃ったな」


「待て待て」


 梅忌は雪月の姿を確認するや否や足を動かそうとする。それを雪桜が慌てて制止し、今一度周囲へと視線を巡らせた。


「兄貴は、どうしたんですか?」


「今更敬語かよ」


「じゃぁ俺も……」


「勝手にしろ」


 あまりにも不自然な雪桜の敬語に、思わず梅忌が呆れたように軽く息を吐き肩を竦めていた。雪月もその流れに便乗し、敬語不要の許可が降りた所で再び質問を続ける。


「梅雨はどこに?」


「さぁ、どっかで大でもしてるんだろ」


「んな犬みてぇな……」


「ごめーーん!! 良かったいたー!」


 遠方から響いた大声と共に、一つの影が一直線に迫ってくる。全力疾走で駆けてくる梅雨は相変わらず異様に速い。人混みの隙間を器用に縫いながら距離を詰め、数秒もしない内に四人の元へ辿り着いた。そして急ブレーキでも掛けたかのように足を止める。

 これで四人が揃った。今から向かうのは、遊園地という名の親睦会だ。参加者は雪月、雪桜、梅雨、梅忌の四人。何とも形容し難い顔触れではあるが、雪月にとっては十分満足のいく面子だった。


 今日は人生初の遊園地。それも友人達と共に。楽しい一日になる――そんな期待感が胸中を満たしていた。


 難なく予定の電車へと乗り込み、人混みの中を揺られながら目的地へと向かう。五駅程乗り、三十分程歩いた先に遊園地は存在する。この都市最大級の娯楽施設だ。 ふと、三人の服装へと目を向ける。雪月は流行には疎い為、シンプルな量産型の服装をしているが、他の三人はそれぞれ異なっていた。


「人多すぎんだろ……」


「そーいや、夏休みだったか」


 文句を垂れる雪桜は、無頓着な雪月にも分かる程に洒落ていた。モード系と言うのだろうか。全体的に落ち着いた色合いで纏められており、彼によく似合っている。

 周囲の状況を冷静に把握している梅忌は、流行を取り入れたシンプルなストリート系の服装を身に纏っていた。派手さは無いが、不思議と様になっている。


「お洒落だなぁ……」


「雪月もお洒落だよ?」


 移り変わる車窓を眺めながら、梅雨と会話を交わす。悪意など微塵も無い梅雨の服装は、なんと言うか彼らしい。半袖短パンという実に動きやすそうな格好で、夏の今には非常に適していた。

 ふと、人混みに隔てられた向こう側の二人へと耳を傾ける。


「着いたら飯食おうぜ」


「そうだな、まずは腹拵えか」


 二人は妙に馬が合うらしく、気付けばよく会話を交わしている。素で会話をしている雪桜が何だか微笑ましくて、自然と口元が緩んだ。


「梅雨はどうして来てくれたの?」


「あいつが雪月が来るって言うから」


 あいつ、とは雪桜の事だろう。成程、実に彼らしい。

 遊園地相談の二週間後、雪桜からグッドスタンプ付きの日時の連絡が入った。だが、どのように説得したのかと気に掛かっていた。梅雨は何故か雪月によく懐いている為、合点が行く。ならば梅忌はどう説得したのだろうか、それは後程聞くとしよう。


「ありがとう。付き合ってくれて」


「いーよ! 雪月とお出かけしたかったしね」


 そう青瞳を細め、無邪気に笑ってみせる。未だこの距離感には慣れていないが、その好意は確かなものだ。だからこそ素直に受け取っていた。命を賭けて守ってくれた事も、今なお忘れてはいない。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


 遊園地まで灼熱の道中、皆無言で歩く。アスファルトから陽炎が立ち昇り、空気そのものが熱を帯びているようだった。汗は滝のように流れ落ち、異常気象と言われても納得せざるを得ない。入園する前から既に疲労困憊だった。

 漸く遊園地へと辿り着いた所で、達成感からか誰ともなく口を開く。


「クソあぢぃ……」


「チケット取ってくるね」


「あー、すげぇ助かるわ」


「俺もついてく!」


 雪桜は暑さに耐性が無いのか、既に半分溶けていた。対して梅雨だけは相変わらず元気で、雪月について行く事にしたらしい。そうして二人はチケット売り場の長蛇の列へと並んでいった。

 残されたのは雪桜と梅忌の二人。顔を見合わせ、どうするかと思案する。


「どうする、飲みもん買ってくるか?」


「あ”ー……そうだな」


 漆黒色の髪は陽光をよく吸収するのか、既に湯気が立ちそうな勢いだった。対して乳白色の髪は幾分かマシらしい。


「帽子とか家にねぇの」


「被っても暑くねぇ?」


「無いよりはマシだと思うがな」


「そーかぁ……」


 早朝でこれなのだから、昼頃の暑さなど想像したくもない。雪桜は深く嘆息すると歩き出し、それに梅忌も並んだ。近くでは出店が営業している。恐らく熱中症対策の飲料販売だろう。しかし、それも意味を成していなかった。何故なら行列が出来ていたからだ。


「並んでる途中でぶっ倒れんじゃねぇの、あれ」


「雪桜。行ってこい」


「俺は犬じゃねぇぞ?」


 梅忌は遠目に確認しただけで戦意を喪失したらしく、当然のように雪桜を指名する。それに雪桜は露骨に眉間へ皺を寄せ、不快感を顕にした。

 皆飲み物は持参しているものの、既にぬるま湯と化している。こんな極暑の中で温い飲み物など飲みたくない。そう考えている内に、雪月達は列の半分程を通過していた。


「ぶっ倒れたら後は頼んだ」


「ああ。神式でいいか?」


「祀るんじゃねぇ」


 軽口を叩き合いながら、雪桜は渋々行列へと並ぶ。日陰など存在しない。容赦の無い直射日光が降り注いでいた。何せ八月真っ只中。夏が最も猛威を振るう時期だ。

 紺碧の双眸で、日陰に避難している梅忌を睨む。彼は手をひらひらと振りながら、何食わぬ顔で愛想良く笑っていた。後で殺す、そう固く決意した所で、列が進んだ。


 雪桜が飲み物を買い終えるのと同時刻。雪月達もチケットを購入し終えたらしく、再び四人は合流する。雪月がチケットを一人ずつ手渡した後、雪桜が飲み物を配った。


「ありがとう、すごく助かる」


「うまぁ……」


 雪月は有難く受け取り、梅雨は謝意も見せず早速飲み始める。キンキンに冷えたサイダー程、今の身体に染み渡る物は無かった。すると。


「ッッッず!! おいこれ何入れた?!」


 突如、悲鳴にも似た声がすぐ横で上がる。


「……さぁ、何も?」


 梅忌は一口飲んだ瞬間に吹き出し、激しく噎せた。


 勢い良く雪桜へ視線を飛ばすが、当の本人は徐に視線を逸らしている。


「ちっと刺激が欲しそうな顔してたから、つい」


「ふざけんなお前。かっっら……」


 どこか清々しい表情でサイダーを飲む雪桜。


 対する梅忌は、ぬるま湯と化した飲料水を必死に喉へ流し込んでいた。


 雪月は二人の様子に苦笑を零し、気にしない事にする。


「じゃぁ、行こっか」


「ジェットコースター乗りたい!」


「絶対殺す……」


「さーて、楽しみだなー」


 そうして。


 四人の楽しい遊園地が開幕した。


○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○ ○


 桃色の一室、一人の子が床に座り込んでいた。両手でくまのぬいぐるみを掲げ、楽しそうに会話を続けている。


「たのしみ? すごくたのしみ! どうして? たのしいから!」


 そして、引き千切った。

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