3話目前半 『お泊まり会』
「後悔しちゃッてる?」
「してねぇよ、助ける義理もねぇし」
「ふ〜ん?気にしてるのが丸見えなの、可愛いなァ」
ビルの屋上。
夜の帳が降りた街には無数の灯りが浮かび、まるで地上の星空のように輝いている。フードの隙間から吹き込む夜風は肌寒く、熱を帯びた頭を少しずつ冷ましていった。
「黙ってろ」
「はァい」
屋上の縁へ腰掛け、足を宙へ投げ出す黒髪の青年。その傍らには、紫髪の子供が浮遊していた。
ここからでは人影までは見えない。それでも視線の先にある建物を、彼は知っていた。昼は飲食店、夜はバーへと変貌する店だ。
――「今回は必ず。」
誰にも届かない小さな呟き。
決意にも執着にも似たそれは、ネオンに染まる街へ溶け込み、静かに消えていった。
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「ここは……」
見慣れた天井が視界に映る。
傍らには紺色のカーテン。質素ながら必要最低限の家具だけが揃った部屋――自分の部屋だ。
勢いよく上体を起こした瞬間、思い出したかのように全身へ痛みが走った。
「うっ……!」
小さく喘ぎながらもベッドを降りる。壁に手をつき、身体を支えながらダイニングへと向かった。
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表は既に夜の顔を見せ、バーとして営業している時間だった。雪月は客席には出ず、そのまま裏口側へ回る。
カウンターの奥には長い廊下が伸び、その右手に二つの部屋が並んでいた。手前が厨房、奥が控え室兼薬剤管理室だ。
控え室の扉を開けると、中にいた四人が一斉にこちらを向いた。一人は安堵し、一人は嬉しそうに笑い、一人は無関心で、一人は忙しなく動いている。
「雪月ー!良かったぁ!死んじゃったかと思った……!」
飛びついてきたのは乳白色の髪をした青年だった。
「いだっ!痛い、お願いだから離れて……!」
自分より頭一つ分は高い身体に抱きつかれ、全身の痛みが再発する。雪月は肩を押してなんとか引き離し、改めて室内へ目を向けた。
そこで違和感に気付く__同じ顔が二つあった。後ろから肩へ腕を回している男と、長椅子に腰掛けている男。瞳の色や雰囲気こそ違うが、顔立ちは寸分違わない。
「双子…?」
「ああ、そうだな。こいつは俺の兄ってことになる」
立ち上がった男が苦笑する。乳白色の髪を自然なカールのまま整え、センターパートに分けた前髪。暗黒色の瞳は、髪色とは対照的な深い黒だった。
双子、という言葉に反応したのか、一瞬だけ眉がぴくりと動く。だが表情は崩れない。
男は後ろから抱きついていたもう一人の襟首を掴み、強引に引き剥がした。
「離せよ」
「人様に迷惑かけてんじゃねぇ、この馬鹿が」
「馬鹿って言った方が馬鹿なんですー」
「黙れお花畑」
襟を掴む手を振り切られ険悪極まりないやり取りに、雪月は思わず苦笑した。立っているだけでも身体が痛むため、近くの長椅子へ腰を下ろす。
並んでいる姿は驚くほどよく似ていた。瞳の色まで同じなら、同一人物だと言われても信じてしまうだろう。
「すっごく似てるよねー!でも、ずっと言い合ってて仲悪そうなのー」
橙色の髪の女性が、水の入ったコップを差し出してくれる。
「そう、みたいだね」
雪月が受け取ると、二人は顔を見合わせて小さく笑った。すると女性の父親が助けを求め、彼女は慌てて表へ向かう。
「保護者を呼んだら、彼が来てね」
そう説明したのは車椅子の男性だった。先ほどまで薬剤の整理をしていたらしく、相変わらず忙しそうだ。先程からこちらを頻りに見ている彼は、話しかけるタイミングを伺っていたのだろうか。
「そろそろ名前を聞いてもいいですか?」
「悪い」
「うん!」
流石と言うべきか、見事に声が重なる。双子は互いを睨み合い、今にも喧嘩を始めそうだったので、雪月は慌てて話を進めた。
「じゃあ、その……貴方は?」
「俺は榊霧梅雨、好きに呼んで!」
梅雨はそう言って雪月の手を取り、今度は優しく握手した。
「俺は松阿彌梅忌」
一方の梅忌は、目が合うと柔らかく口元を緩める。愛想は良い。けれど、その笑みにはどこか冷たい距離感も感じられた。犬と猫みたいな双子だな、とそんなことを思いながら、雪月も名乗る。
「蒼井雪月です。よろしくお願いします」
顔に貼られたガーゼを隠すように笑みを浮かべながら、二人へ自己紹介をした。
「えーと……夜も遅いですし、よければ泊まっていきますか?」
「いいの?!俺、雪月と一緒に寝るー!」
「部屋は余ってますから不自由はしないと思います」
遠回しに同室を断りながら双子へ提案する。梅雨は不満そうに唇を尖らせ、梅忌は肘を抱いて思案していた。
するとその時、廊下の向こうから慌ただしい足音が響き、控え室の扉が勢いよく開かれた。
「お泊まり?!わたしもする!」
飛び込んできたのは雪月の妹だった。整えられた卯の花色の髪を胸元まで伸ばし、桜色の瞳を輝かせながら室内を見渡している。雪月より二つ年下の妹、流行りの服装に身を包んだ華奢な体は、年相応の愛らしさを際立たせていた。
そんな妹へ、雪月は呆れた視線を向ける。
「桜羽、遊ぶためじゃないんだよ」
「えーっ!泊まりに来てくれる人なんて初めてじゃん!遊びたいよ〜!」
「というか、こんな時間までどこ行ってたの」
「それは……乙女には事情ってものがあるの」
壁時計の短針は、既に十一時を指そうとしていた。朝から姿を見せず、ほとんど一日中外出していたのだから補導されていないのが不思議なくらいである。
自由奔放な妹に頭を悩ませていると、それまで呆気に取られていた梅忌が口を開いた。
「そうだぞ兄ちゃん、乙女心ってのは難しいからな」
「だよね!お兄さん分かってますね!」
「ったりめーよ」
なぜか意気投合する二人に怒る気力も失せた雪月は嘆息し立ち上がった。
傷の痛みは、いつの間にかほとんど消えていた。先程まで立つだけでも辛かった筈、だが眠気と疲労感が勝り気にする事は無かった。
「泊まるか帰るか、そろそろ決めてくれませんか?」
「俺は泊まるよ!雪月と一緒にいたいし」
「お泊まりしましょ?えーっと……」
「梅忌だ。まあ、女の子に頼まれちゃしゃーないか」
長椅子に腰掛けたまま足を揺らす梅雨、お泊まり会気分満々の桜羽、そして何故か女の子に弱い梅忌。
――こうして、四人でのお泊まり会が決定した。




