25話目 『人生初のプレゼント』
梅忌と別れ教室へ向かう。待ちに待った瞬間、プレゼントを渡す時だ。
「雪桜!」
「うおっ、びくった」
自席へ鞄を置くなり勢いよく振り返り、声を掛ける。頬杖を突きながら窓の外を眺めていた雪桜は肩を跳ねさせ、半月のような紺碧の瞳を丸くしていた。
「おはよう。どうした?」
「おはよう、これ見てみて」
先に挨拶を交わし、逸る気持ちのまま鞄へ手を伸ばす。そして取り出したストラップを彼の目の前へ吊り下げ、自信満々に掲げた。
「おー?これみゅーもじゃん」
差し出された掌の上へそっと乗せる。雪桜はそれを受け取ると、興味深そうに細部まで観察した。やがて鞄を机の上へ置き、慣れた手付きでストラップを取り付ける。雪月はその光景を見ているだけで胸の奥が満たされていった。贈り物をするという経験そのものが新鮮だった。しかも渡した直後に飾り付けてくれる、それが思いの外嬉しくて自然と口元が綻んだ。
「どうだ。これでハーレム作れそうか?」
ストラップの付いた鞄を見せ付けるように掲げる。八重歯を覗かせながら浮かべる無邪気な笑顔。どこか得意気なその表情に釣られ、雪月も小さく笑った。
「うん、すごく似合ってるよ」
「俺って何でも似合っちまうんだよなー」
冗談とも本気とも取れる自信満々な台詞は不思議と嫌味には聞こず、むしろ雪桜らしいと思えた。
鞄が机へ戻される。それを見届けてから雪月も椅子へ腰掛けた。まだ朝早く、授業が始まるまでには余裕がある為、二人はそのまま他愛ない雑談を続ける事にした。
「ありがとな、大事にする」
「そんな大層な物じゃ無いよ」
「今日早いのはこれを買ってくれたからだろ?十分大した物じゃねぇか」
「そうかな?ありがとう」
「こちらこそ」
言葉を交わしながら自然と笑みが零れる。穏やかで平和な時間だった。特別な出来事など何もない、けれど雪月にとっては、それこそが何より尊いものだった。そうして二人は談笑を続ける。
そしてその日もまた、何事もなく全ての授業を終える事が出来た。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
帰り道。雪月は正門の傍で立ち止まり、帰宅する生徒達を眺めていた。昨日の出来事が偶然だったのなら、人混みを避ければ済む話だ。再び同じ事が起こる保証などどこにもない。
だが今朝の出来事、そして梅忌の発言。その二つが微かな違和感となって胸の内へ引っ掛かっていた。全身が強張っている。このまま何も起きなければ、昨日の一件は偶発的な事故。もし、また起きるとしたら。そこまで考え、校舎に掛けられた大時計へ視線を向けた。
針は五時半を指している。昨日帰宅した時間帯は凡そ五時前後、これだけ時間をずらせば十分だろう。そう判断し、帰ろうと足を踏み出した。その時だった。
「まだ帰って無かったのか」
「雪桜? 今帰るところ?」
「ああ。一緒に行くか?」
「うん!」
胸の内へ安堵が広がっていく。一人ではない、それだけで随分と心強かった。余程の事がない限り大丈夫だろう。そう思いながら二人で帰路を歩き始める。
ふと雪桜の鞄へ視線を向けた。そこには朝贈ったストラップが揺れている。その光景だけで少しだけ気持ちが和らいだ。
「雪桜はいつもこの時間に?」
「そ、人が少ないだろ」
「確かにそうかも」
五時頃と比べれば、今の帰宅者は明らかに減っていた。半刻の差とはいえ、人の流れは大きく変わるらしい。だから雪桜は教室で待機していたのだろう、その理由に納得がいく。この時間帯に帰るのも悪くない、そんな風に思えた。
「どうした?」
突然足を止めた雪月へ、雪桜が振り返る。
ここは昨日死んだ場所だった。車道、信号、夕暮れに染まる交差点を見て、脳裏に焼き付いた光景が鮮明に蘇る。瞳を固く閉じた後、雪桜へと向き直った。
「いや、その……雪桜の家ってどっち?」
「俺?あっちだけど」
雪桜はガチャコーナーの反対側を指差した。ならば先に雪桜の家へ向かおう、そこから帰っても遅くはないはずだ。
「遠回りになっちゃうからそっちに行こ」
「マジ? お前は遅くならねぇ?」
「大丈夫だから行こ」
半ば強引に方向を変える。青へ変わった横断歩道を渡り始めた。
心臓が不快な音を立てる。停止している車列、無数の車体。何故だろう。ただ待機しているだけだというのに、妙な圧迫感を覚え思わず顔を伏せる。
「本当に良いのか? 具合悪そうだが」
雪桜が顔を覗き込むように問い掛ける。心配してくれているのか。その言葉に返答する余裕もなく、雪月は足を動かし続けた。そして横断歩道を渡り切り、大きく息を吐く。胸を圧迫していた緊張が僅かに緩んだ。
悪い事をしたと、そう思いながら雪桜へ視線を向ける。すると彼は眉間へ皺を刻んでおり、紺碧の瞳と橙の瞳が交差する。
「本当に良いのか? 具合悪そうだが」
一音一音を明瞭に区切り、念を押すように雪桜は再び問い掛けた。怒っている訳ではない。ただ純粋に案じているように見えてどこかホッとした。
「ごめん、大丈夫だよ」
「ならいい」
短く返し、満足したのか雪桜は再び前を向く。雪月もその隣へ並んだ。
そうだ、きっと偶然だった。横断歩道を渡り切っても何も起きなかかった。誰かに押される事もなかった。昨日の一件は偶然、不慮の事故。それ以外の何物でもない。そう自分へ言い聞かせる。
歩き続ける内に周囲の人影は徐々に減ってき、辺りでは工事が進められている。鉄骨、足場、重機。数年後には高層ビルが建ち並ぶのだろう。夕陽に照らされた工事現場は、どこか無機質で不穏だった。
この先を抜ければ住宅街、そこに雪桜の家があるらしい。
「ここら辺気味悪ぃよな」
「そうだね、一人だったら怖いかも」
「だよなぁ、勘弁して欲しいわ」
雪桜は苦笑していた。おそらく毎日ここを通っているのだろう、確かに気が滅入りそうだ。人気は少なく、景観も殺風景。おまけに危険と隣り合わせだ。
「――え?」
このような事が、起こるかもしれないのだから。




