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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第一章 【誰そ彼】

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21話目 『雨後晴れ』

 

 「ごゆっくりどうぞー!」


「ありがとう」


 雪菜が働く中、四人は丸テーブルを囲むように席へ着いていた。夕暮れ時の店内は早朝ほどの賑わいは無いものの人の出入りは盛んに行われている。その為雪菜は接客で忙しく、席を外している。

 誰が口火を切るでもなく沈黙が続く中、最初にその空気を破ったのは、やはり彼女だった。


「まずは、かんぱ〜い!」


 勢いよく身を乗り出し、杯を掲げたのは桜羽だった。しかし、残る三人はそれを眺めるばかりで、誰一人として便乗しようとはしない。


「あれ、なんで?!」


「体痛てぇし……」


「楽しいことじゃなかったからなぁ」


「うーん……」


 三人の渋い表情を見て、元より丸い瞳をさらに丸くする。そして肩を落とし、しょんぼりと席へ戻った。そうだ、乾杯をするような出来事では決してなかった。痛かったね、とか辛かったね、等そんな在り来たりな言葉だけで片付けられるものではない。双子も似たような事を思っているのか、無理に笑顔を作る事はなかった。


「本っ当にごめん!」


 間を置いて雪月が勢い良く頭を下げる。三人と出会えたら必ず謝罪をしなければと思っていた。許されないかもしれない、それでも誠意を伝えなくては。

 他三人は顔を見合わせ、返答に困っているようだった。数秒の沈黙が流れ、口が開かれた。


「俺はもう気にしてねぇかな。あん時戻されたら怒ったかもしんねぇけど」


「うん、大丈夫だよ!びっくりしちゃったけど元気な雪月を見れたし」


「許してあげる!わたしは優しいからね〜」


 それぞれが謝罪の受諾を言葉にする。

 もっと責められると覚悟していたが、あっさりとした反応に拍子抜けしてしまう。叱責も非難も無い、その事実に言葉を失った雪月を見て梅忌が逡巡の後に。


「ま、帰って来られて良かったな」


「そう……ですね」


 本音が漏れた言葉に雪月が首肯した。ここまで、という区切りが敷かれたようでこれ以上は憚られた。

 雪菜が運んできた料理が机の上へ次々と並べられていく。それを摘まみながら、四人は他愛のない会話を交わした。平和で穏やかな時間。あの施設では決して得られなかった日常を、今だけは静かに享受していた。


「そうだ、停学になったって話ほんと?」


「うん、ほんとだよ」


「何したんですか?」


 桜羽が食い気味に話へ乗ってくる。だが、妹に物騒な話を聞かせる訳にはいかない。雪月は梅雨へ向けて、伝えないでほしいと目配せを送った。それを察したのか、梅雨は言葉を付け加える。


「自由な時間が増えてよかった!」


「ちょっと羨ましい……」


 ポテトを口へ運びながら、桜羽はどこか本気とも冗談ともつかない声音で呟く。だがすぐに現実へ引き戻されたように苦笑した。

 他にも様々な話題を広げた。桜羽からの高校生活はどうなのか、という質問。好きな物、食べ物、流行物、そんな他愛も無い話を。

 そうして四人は日が傾くまで語り合った。施設の話題が出たのは最初だけ。誰からともなく、その話を避けているようだった。


「そうだ!RIME交換しましょ!」


「お、いいぞ」


「雪月!交換しよー!」


 桜羽と梅忌が先に交換を済ませている中、梅雨が身を乗り出して連絡先を求めてくる。そこで雪月は、ふとある事実に気が付いた。携帯電話を持っていない。


「ごめん、俺持ってないから」


「マジで?」


 梅雨は目を丸くした。まるで信じられないものを見るような反応だ。そんなに驚く事だろうか。今まで必要になった経験がない以上、この瞬間まで実感も薄かった。そうか、『普通』は持っているのか。


「買おうと思ってて、またその時に伝えるよ」


「そっかー、分かった」


 肩を落とし、眉尻を下げる。その様子は酷く残念そうだった。それ以上食い掛かる事はせず、待つ事に決めたようだ。

 やがて三人とも交換を終え、一先ずここで解散となる。


「雪月!またねー!」


「じゃーな」


 連絡なら桜羽を介して伝えてもらえば不便はないだろう。そう考えながら、雪月は双子が別々の方向へ帰っていく姿を見送った。相も変わらず不仲な双子だ。


 兄妹だけになったところで、雪月は自室へ向かう。雪菜が片付けてくれたのか、既に荷物はまとめ終わっている。元より質素だった部屋は今や生活感すら失っていた。必要最低限の段ボールだけが置かれており、これなら一人でも十分運べそうだ。雪菜には今度菓子でも贈ろう。そんな事を考えながら段ボールへ手を伸ばした、その時だった。


「お兄はどこに帰るの?」


 背後から声が掛かる。振り返ると、桜羽が廊下の壁へ凭れ掛かっていた。桜色の瞳には雪月の姿が映っている。卯の花色の綺麗な髪先を指先で弄びながら問い掛けていた。


「そうだ、桜羽に話して置きたい事が」


「知ってるよ。お母さんがいたんだよね」


 長い睫毛に縁取られた瞳を伏せながら、言葉を被せるように返す。何故施設へ残ったのか、その理由を彼女はいつから察していたのだろうか。


「そう、一緒に来ない?」


「わたしはいいかな」


「そっか。どこに泊まってるの?もうここに住んで無いんだよね」


 自室へ向かう途中、桜羽の部屋も目に入っていた。中は既にもぬけの殻だった。だから住む場所を移したのだろうとは思っていたが、それと行く宛があるかどうかは別問題だ。

 施設を脱してから常に妹と共にいたが、頼れる人脈など思い当たらない。もし中学校でそうした相手に出会えたのなら、それは素直に祝福したい事だった。


「よく家を空けてたでしょ?その時に会ってた子がいてね、泊まらせて貰える事になったの」


「……その人の事、聞いてもいい?」


「お兄は心配症だね。大丈夫、同年代の子だよ」


 瞳を細め微笑む姿を見る限り、嘘は吐いていないように見えた。それでも懸念は尽きない。こういうのを世間的にはシスコンと言うのだろうが、家族を心配するのは当然の事だろう。


「そっか、俺もその子にお礼が言いたいな」


「どうして?」


「ん?妹が泊まらせて貰ってるなら伝えないと」


「そうだよね」


 段ボールを抱え、その発言に引っ掛かりを感じ彼女の方を向く。桜羽は両手を後ろで組み、人懐っこい笑みを浮かべていた。妹に頼れる相手が出来たのなら万々歳だ、これ以上追及するのは止めておこう。そう考え、雪月は思考を切り替える。


「お兄気を付けてね」


「うん、桜羽もね」


 そうして桜羽とも別れ、店を後にした。


 その後、雪菜は店の経営で忙しく立ち回っており話しかける隙はなかった。 父親の姿も見当たらず、今日のところは日も遅い為後日確認しよう。そう結論付け、雪月は帰路へと着いた。

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