15話目 『普通に生きたいから。』
息ができない、目が開かない、喉が焼ける、粘膜が焼ける、異臭が鼻腔を焼く。
焼ける、溶ける、焼けて溶ける、痛い、痛い?
声が出ない、肺が焼ける、皮膚が焼ける、肉が焼ける、溶ける、神経が、神経が、触れる
痛い、痛い痛い痛い痛い。
痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い……?
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またここだ、またここなんだ
痛いだけ、ずっとずっとずっと熱くて痛い熱いが痛い痛いが熱くて熱いも痛い
神経が溶け、痛いが無くなった
痛いが無くなったのに、また痛くなる。また触れる、また焼かれる、また、また、またまたまたまた
また治される、また溶かされる。
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――ドクンッ
溶ける溶ける溶け熱い熱熱い痛い痛い痛い痛い痛
やだやだやだやだやだやだやだやだやだやだ
いやいやいやいやいやいやいやいやいやいや
もうやめて助けてもう助けてお願いもういやだだれかだれかたすけてもうもうもうもう
――ドクンッ
――ドクンッ
何度も何度も何度も何度も何度も何度も
――ドクンッ
治すな治すな治さないでお願い助けないで殺して生かして死にたい
――ドクンッ
ああ
――ドクンッ。
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「ねんねこ ねんねこ 愛しい子」
ただ、『普通』に高校生活を送りたかった。
ただ、『普通』に日常を送りたかった。
それだけなのに、どうして叶えてくれないの?
だから、この施設を抜け出したのに。
そのために、頑張ってきたのに
どうして?
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「銀の月夜に 花が咲く」
死んで、生き返って、死んで、生き返って
意味もなく、ただそれを繰り返すだけ
死んで、生き返って、死んで、返って
無意味に、無慈悲に、繰り返す
呪い、呪いそのもの
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「白い小鳥が 夢へ舞う」
死に返り、何も出来ないまま
痛みに炙られて中身を曝け出して戻される
どうして生きなきゃいけないんだ
どうして死ねないんだ
どうして――ああ。
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――ドクンッ
「生ぃだい”っ!!」
生きたい、そうだ。『普通』に生きたいんだ。
それを叶えたくてずっとずっと生きてきたんだ。羨ましくて、諦められなくて、俺もいつかそう生きていけたらなって。
――ドクンッ
「あ”あ”あ”ぁ」
死にたくない、誰が死にたいものか。
だから生きる。生きて生きて生きてやる。
――ドクンッ
「ぃんで……ぁまるかッ!!」
格好悪く、みっともなく
死ぬ気で、生きてやる。
――ドクンッ
「ああああああああッ!!」
――ドクンッ
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刹那、光が眼窩へ飛び込んだ。
胃液と共に体外へと脱出すると同時に『巨鬼』の悲痛な絶叫が聞こえる。両耳を固く閉ざし、耐え忍ぶ。
その時、『巨鬼』の方へ視線を向け――ふと、自身の下半身が目に入った。
「は……、」
溢れた内臓を、見た。
そして、そのまま意識が暗転した。
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歌が、聞こえる。
眠りに誘う……懐かしい歌。
俺は、どうしたんだっけ…そうだ、鬼に喰われて。木の枝を、掴んで……脱出したんだっけ?
「起きた?体の具合はどう?」
世界が開けていくと同時に横から声が掛けられる。霜柱のように儚く透き通った声はその容姿と酷く似合っていた。
「大丈夫……です」
上体を起こし見た声の主は、白銀の如く輝く髪を腰下まで流し、色白の肌に浮かぶ瞳は藍白色を湛えていた。
その姿はあまりにも浮世離れしている。四方八方を白に囲まれたこの空間では、まるで雪の中へ溶けていきそうで思わず目を奪われる。
「良かった。服も変えたんだけどきつくない?」
「あ、あぁ……大丈夫、です」
自身の体を見回してみる。寝間着だった服は何処にもない。代わりに患者服と言うのだろうか、それを身に纏っていた。
相手にふと視線が向く。すると彼女も同じ服を着ておりそれなのに不思議と安っぽくは見えなかった。
「あの、ここは?」
「第一区画の真ん中。雪月が倒れていたからここへ運んで来たの」
「なるほど……」
真ん中、と言うと中央の広大な部屋だろうか。外見でも感じられた広さは中へ入るとその印象は更に強まる。どこか孤独にも感じられるくらいに。
彼女の発言を反芻し、引っ掛かりを感じた。雪月は、名前を教えていない。
「あの、どうして俺の名前を?」
当然の疑問だろう。にも関わらず相手は長い睫毛に縁取られた藍白色の瞳を見開かせ、数秒伏せる。思考に耽るように間が生まれた。そして、雪月の方へ瞳を向けると
「聞いたことがあるの。昔ここにいなかった?」
「この施設にはいましたが……」
「うん、その時に聞いたの」
柔和な笑みを浮かべる。
先程から脳内が慌ただしい。鋭い痛みが発している、思い出せと。何故思い出せないのかと。この人物を知っている。知っているはずなのに知らない。それは許されないことなのだと、どこかで誰かが訴えているように。
「貴方の……名前は?」
この人は、雪月にとって意味のある人なのでは無いかと。なぜ思い出せない、なぜ記憶が無い、なぜ、なぜ、なぜ。
「――すこし、休もう」
白く細い掌が頭に乗せられる。その手に導かれるままに体が傾き、彼女の膝の上へ移動した。細く華奢な体を間近に受けて、脳内の痛みがより一層増す。いつの間に傍にいたのか、もう考えられない。
「大丈夫、大丈夫。ゆっくりでいいの」
優しく割れ物を扱うかのように頭を撫でられ、睡魔が込み上げてくる。起きたばかりなのに、どうしてか抗えない。
「誰も起こしたりなんてしない、だから」
霜柱の声音が荒んだ心を均し整える。縋っていたいと思える、その声に
「今は、おやすみなさい」
抵抗など、考えられない。




