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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第零章 【施設編】

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13話目 『二度と』


 「がぁぁぁ”ああっ!あ”ぁ”ぁぁああああッ!!」


 体に穴は無い。心臓は動いている、肺も動いている、血も流れている、生きている。生きているはずだ。


「ぁ…は、ぁ……」


 死んだ。今、今、今今今今今確かに死んだはずだ。あの痛み、あの寒さ、あの熱、あの世界。あれは何だった。

 死んだのに、何故、何故まだ息をしている?


「うわぁぁぁ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッ!?」


 居る、居る、居る。手に噛み付いている『鬼』が居る。赫い瞳、血塗れの牙、肉へ深々と食い込む顎。

 やばい。

やばいやばいやばいやばいやばいやばいやばい。


「雪月!?落ち着いて!大丈夫!大丈夫だから!」


 どうにかしないと、もう嫌だ、いきたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない、死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。


「あ”け…て!」


「あ、開ける?扉!?分かった!」


 喉が焼けて熱い、肺が熱い、血が熱い、全身が焼けている。なのに寒い。骨の髄まで凍えるほど寒い。

 重力が重い、視界が沈む、瞼が落ちる、眠い。眠ったら駄目だ。理解している。 だから這う、床を掻く。惨めに無様に見窄らしく死へ抗う。梅雨が扉を開ける。雪月は血を跡に残しながら廊下を這う。

 『鬼』は未だ離れない。顎を閉じて、肉を裂きながら、骨へ食い込ませながらただ喰らい続ける。血痕が残る。赤黒い軌跡が床へ刻まれる。

 毒が、毒が心臓へ届く前に。殺される前に、生きる、生きる、生き延びる。奥歯を噛み締める。嫌な音が鳴る。口腔へ鉄臭さが広がり、口端から赤い泡が零れ落ちる。


 生きる、生きてみせる。

 机を掴む、試験管を投げる、薬瓶を叩き付ける、手当たり次第に狂乱のように全てを『鬼』へぶつける。

 甲高い破砕音、飛散する硝子片、鋭利な音が脳髄を引っ掻いた。


「は”っな、せ”よぉぉッ!!」


 熱い、寒い熱い寒い。

 また来る、あの地獄が来るその前にその前に剥がす、殺す。

 床へ散らばる硝子片を掴む。掌が裂け血が流れる。知るかそんなもの。ただただ振り下ろした。


「死ね”ぇッ!!」


 一度、二度、三度四度五度六度七度八度九度十度、まだまだまだ足りない。何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も何度も赫い瞳へ突き立てる。

 肉を裂き眼球を潰す、骨へ当たる、それでも止まらない。


「死ね”!死ね”!死ね”よぉッ!!」


 赤赤、赤。鮮血が噴き出し顔を染める。胸を染め、腕を染める。世界が赤く染まる。どれだけ刺したか分からない。気付けば噛む力が弱まっていた。

 小さな体が力無く垂れ下がる。もう動かず、もう吠えない。先程までの猛威など嘘のようだった。

 だが、雪月も限界だった。硝子片で切れた掌から血が流れ続ける。呼吸は乱れ指先は震える。全身が寒い、寒い寒い。


「雪月…?」


 梅雨の声が遠く、聞こえる。もう限界だった。全身を紅く染めている、眠い。眠りたい、横になりたい、意識が沈む、淀む、澱む、堕ちる。深く深く暗い底へ。

 そして最後に見た。青空のように澄んだ、どこまでも優しい青い隻眼を。


▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲ ▲


「うあぁぁあああっ!?」


「うお、びびった」


 寒くも熱くもない。死んでもいない。服には血痕特有の乾いた感覚が残っているものの、確かに生きていた。

 両手には包帯が巻かれており、止血も既に済まされていた。


「こ、ここは……」


「お兄が寝てる間に脱出、は出来なかったの」


「すっごく心配したんだよ!」


 『仮想空間』。心地良い風が頬を撫で、荒れ狂っていた心を少しずつ穏やかにしていく。桜羽は眉尻を下げ、どこか気まずそうな表情でそう答えた。

 だが起きている。それだけで十分だ。それこそが何よりの朗報だ。飛び込んでくる梅雨の声も一旦置いて、雪月は二人へ視線を向けた。


「桜羽と梅忌さん!良かった、起きてて……」


「こっちの台詞だ。馬鹿が死んだようなお前を運んで来てどれ程驚いたと思ってんだ?」


「ほんとだよ!すごくおっかなびっくりしちゃった」


 どれ程眠っていたのだろうか。

 二人とも包帯を巻いており満身創痍ではあるものの、意識に問題は無さそうだった。良かった、誰も欠けてはいない。第四区画で何があったのかは分からないが、以前よりも距離の縮まった二人を見ていると、不思議と胸が和んだ。

 同時に状況把握へ意識を切り替える。


「俺が寝てる時になにかありましたか?」


「あー、馬鹿が脱出口を確認して来たくらいだな」


「そう!四つ全部ついてたよー!」


「四つ?それって……」


 本当に第二区画は二つとも本物だったのか。それなら、もうここを出られるのか。


「そう!もう脱出できちゃうの!」


「ああ。何かあった時の為に起きるのを待っていただけだからな」


 脳内を見透かしたかのように頷く二人。その姿を見た瞬間、胸の内に期待感が込み上げてくる。歓喜と言い換えても良いかもしれない。どちらにせよ、今の雪月にとっては救いのような感情だった。

 やっと、漸くここから出られるのか。


 長かった。本当に、本当に長かった。


「じゃあ早く行こう。二人ももう大丈夫ですか?」


「うん!ちょっと痛いけど歩けるよ」


「俺も肋骨をやってるが問題無いな」


 梅忌の方は多少顔色が悪い。それでもその返答に安堵する。次に梅雨へ視線を向けた。すると屈託の無い笑みで頷く。これで四人全員の合意が得られた。

 全員が立ち上がった。負傷者二名を気遣いながらも『口』を目指す。この地獄から抜け出せるのかと胸を弾ませながら。


 すると、廊下を歩く最中、桜羽が当然の疑問を口にした。


「第一区画って何だったんでしょ?びっくり要素?」


「あれか」


 びっくり要素。それはここへ来て最初に発見した『鬼』、一つ目しか見えない怪物の事を指しているのだろう。


「確かに、何か守ってるのかな」


「隠したい物とか?」


 レバーの無い区画。ならば何かを守るか、何かを隠したいという意図があったのかもしれない。

 どちらにせよ、もう関係の無い事だが。


「外に出たら四人でご飯行きましょ!お腹空いちゃって」


「飯より俺は風呂入って寝てぇよ……」


「うん、早く寝たいかな」


「俺はご飯でもいいなー」


「えー、梅雨さんと二人は嫌です」


「俺も嫌だよ!」


 二人は馬が合わないのか、事ある毎に衝突している。だがそれすら平和な日常の片鱗のように思えた。自然と口元が緩む。


「それよりも先に病院行かないとね」


「やだーっ!」

「やだー!」


 病院嫌いな桜羽は眉間に皺を寄せて声を上げる。梅雨も全く同じ反応だ。不覚にも声が重なった二人は、気まずそうに顔を見合わせる。そして同時に顔を逸らした。


「着いたな」


「はい」


 第一区画と第二区画に挟まれた『口』へ到着する。改めて見れば、ただ横に広いだけの穴だ。それなのに妙な威圧感があった。

 四人は階段を登る。そして、『口』が開かれた。


 外の夜景、揺れる木々、見慣れた世界が彼らを出迎える。


「丸一日か……そりゃ疲れる訳だ」


 壁へ手を付きながら外を眺める梅忌は、ここへ来る前も夜だった事を思い出したのだろう。しみじみとそう呟いた。


「喉も渇きましたね」


 桜羽が喉元へ手を当てる。確かに丸一日飲まず食わずだった。今更になってそんな当たり前の事を思い出した。


「お腹空いたー!」


 『口』まであと少し。梅雨が元気良く声を上げる。それを煩わしそうに見る梅忌に、何度も同意するように頷く桜羽。


「出たー!気持ちー!」


 桜羽が真っ先に『口』の外へ飛び出した。両手を大きく広げるも痛そうに戻す。だがすぐに梅忌の元へ戻り、その体を支えた。


「悪りぃ」


 大人しく支えられた梅忌はそう一言だけ零し、本物の大地へ足を踏み出した。


「雪月!」


 梅雨が手を差し伸べる。

 無邪気な笑顔、澄んだ青い隻眼が真っ直ぐ雪月を見つめていた。


 その瞳が、直後、大きく見開かれる事など予想出来ていた。


「雪月?!」

「お兄?」


 梅雨なら焦るだろう。 、慌てるだろう。どうして、と疑問に思うだろうか。


 桜羽は理解してくれるかもしれない。ああ見えて賢い子だから。


 梅忌はやっぱりな、と思うかもしれない。最初から最後まで疑念の視線を向けていたから。


「また後でね」


 三人が地面へ踏み出したのを見届ける。そして勢い良く扉を閉めた。

 横へ出現していたレバー、それを迷い無く引き下げる。


 暫しの別れだ。少しだけ用を済ませてくるから。


――「二度目に会った時、ちゃんと謝るから。」



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