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『普通』を願う備忘録〜死を許されない世界で俺はただ平穏に生きたい!〜  作者: あずま微糖_連載準備中
第零章 【施設編】

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後半 『決戦前夜』

 

 「持ってきたよ!」


 意識が無いと分かっていながら声を掛ける。返事は無い、当然だ。それでもそうせずにはいられなかった。

 大樹の木陰へ目を向ける。横たわる二人の姿は先刻と変わらない。胸も上下しており、呼吸があるのが見受けられる。それだけで少し肩の力が抜けた。

 雪月は持ち帰った医療道具を傍へ並べ、その場へ膝を付く。


「少し痛いけど我慢してね」


 優しく桜羽の足を持ち上げる。刺さった破片は想像以上に多かった。一本一本、ピンセットで摘み取り慎重に引き抜いていく。抜く度に傷口から赤い液体が溢れ出すが止まらない。ここで躊躇う訳にはいかなかった。

 縫合は出来ず、医療知識も十分ではない。ならば今出来る最善を尽くすしかない。直接圧迫止血法、それが現状取り得る最も現実的な方法だった。

 消毒液を患部へ流す。桜羽の眉が僅かに動き、表情が微かに歪む。意識を失っていても痛いのだろうか。雪月は思わず視線を伏せた。


「ごめんね」


 小さく呟く。届かない謝罪と分かっていても言葉にせずにはいられなかった。幸い包帯には多少の余裕がある。丁寧に巻き、血が滲めば交換する。再び巻き、少しでも雑菌が入らぬよう慎重に処置を施していった。


「よし、次は……」


 火傷へ視線を向ける。発症から既に時間が経過している為、冷却は期待出来ない。そもそも冷やす手段も無い。消毒液を掛けるのも危険だろう。余計な刺激は避けたかった。

 故に包帯で保護する、それしか無い。患部全体を覆うように包帯を巻く。多少の違和感はあるだろうが、背に腹は代えられまい。ここを脱出するまで保ってくれれば十分だった。応急処置、今はそれでいい。


「あっ、お前!」


 不意に梅雨の声が響き、顔を上げる。

 それは犬だった。先程まで大人しく抑え込まれていたはずの犬が、梅雨の油断を突いて逃げ出していた。小さな体を器用に捩り、腕をすり抜け一直線。まるで弾丸のような勢いで雪月へ飛び込んできた。


「わっ」


 慌てて抱き留める。犬は当然のように膝の上へ収まり、そのまま丸くなった。非常に満足そうな、安堵の表情をしていた。


「どうしたの?」


 頭を撫で、尻尾が揺れ、耳も揺れる。完全に寛いでいた一方で梅雨は全く寛いでいなかった。


「お前なぁ……」


 不満気に眉間に皺を寄せ、犬へ手を伸ばすと犬は察知し雪月の後ろへ隠れる。手を伸せば逃げる。また伸ばす、逃げる。この繰り返しで完全に遊ばれていた。


「このクソ犬が」


「俺は大丈夫だからこのままでいいよ」


「そうじゃないんだよ……」


 梅雨は後頭部を掻いた。何か言いたそうだったが結局口を噤んでしまった。雪月は首を傾げる、しかし問い質す事はしなかった。言いたくない事もあるだろう、そう思い意識を切り替えた。


「梅雨、どちらにせよレバーは二つ引かなきゃいけないと思う」


「あ?うん、そうだね。俺が引こうか?」


「大丈夫?さっきの戦いで怪我とかしてるから、休みたいなら休もう」


「大丈夫!俺頑丈だから」


 何か思案していた様子だったが切り替え笑ってみせる。擦り傷に打撲、服の汚れ。見れば消耗しているのは明らかだった。それでも梅雨は笑い、まるで気にしていないかのように笑っていたそれが、彼らしいと言えば彼らしい。雪月は小さく苦笑を零し、立ち上がる。

 正直な所、今すぐ横になりたかった。何も考えず眠りに耽っていたい。全身が重い、頭も痛い、疲労は限界へ近付いていた。それでも、まだ終わっていない。


 犬をそっと地面へ降ろす。すると当然のように足元へ寄って来た。離れる気は無いらしいその様子に、雪月は思わず笑ってしまう。


「行こう」


 静かに前を見る。第二区画へ続く扉、その先に待つものは分からない。だが、進まなければならない。


「どちらも本物だったら最後の試験だよ」


「よし!俺も頑張る」


 無邪気な声、頼もしい声。雪月は深呼吸を一つした。

 目の前の扉が妙に大きく見える。まるで全てを拒む壁のように見える。それでも足は止まらない。止める訳にはいかない。

 桜羽の為に、梅忌の為に、そして自分達が生き残る為に雪月は扉を押し開いた。


 二人と一匹で終わらせよう、そう胸に刻みながら。


 ――第二区画攻略の幕が、今開かれる。

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