モノがなければ奪えばいいじゃない
「金目になりそうなのはこの銃が最後よ!!途方に暮れて歩いてたらアンタがここまで走って行くのを見かけたから腹癒せにその辺に止まってた車を盗んで突っ込んだのよ!!なんか文句ある!?」
完全なる逆恨みであり、計画性もない場当たり的な凶行。傍から見れば不確定なギャンブルに有り金を注ぎ込んだ愚かな女が、ヒステリックに喚き散らしているだけである。しかし――。
「それはゴメン!!!!!」
「きゃぁっ!?」
クロノはセンの両肩をガッシリと掴みながら深々と頭を下げた。まさか謝罪されるとは微塵も思ってもいなかったセンは盛大に困惑する。
「まさか私もフォーカード揃って負けるとは思わなかったんだよねぇ!ロイヤルフラッシュで返されるなんて想定してないもん!とりあえずゴメン!!謝っとく!!」
「…………え、ええそうよ!わかればいいのよわかれば!!」
「それにオールインで負けたから私も無一文!おそろい!じゃあもう仲間みたいなモンだ――」
「なにトチ狂ってんだお前は」
「――あいたぁ!?」
妙なテンションに突入して言動が支離滅裂になりかけた所で、海から這い上がったずぶ濡れのマガハラがクロノの後頭部を軽く小突いた。
「とりあえず頭冷やしてこい馬鹿」
「わ!?え!?ちょっ!待ってぇぇぇぇぇぇ!!?」
そのままクロノのスーツの首根っこを掴み、乱暴にマガハラは海へと放り投げた。放物線を描いて海へと着水したクロノは大きな水柱を上げて夜の水面に沈んでいく。
「そこのお前もだ」
「ひゃぅ!?あ、アタシもぉッ!?」
続けてマガハラはセンを海へと叩き込む。腕が折れていようがお構いなしに、小柄な体型のセンを両脇の下から持ち上げて、力任せに海へを放り投げた。
「――っぷはぁ! ちょっと何すんのさぁ!!?せっかくの一張羅が台無しなんですけどぉ!!?……あ、待ってサングラスない!?うっそ!?沈んでる!!?バカハラ!!ばーかー!ばーか!!祟ってやる!!」
海面から顔を出して幼稚な罵詈雑言を浴びせたクロノであったが、海に沈んだ際にサングラスが外れている事に気が付き再び海の中へと戻っていく。
「馬鹿はどっちだっつーの……ん?」
「……ッ!…………た、助けて!!」
海面でバチャバチャと激しく水を叩く音に反応したマガハラが目にしたのは、片手で水面から必死に顔を出して藻掻いているセンの姿であった。
「……アタ、シ!泳、げないのよ……!」
「オイ、そこ足つくだろ。此処はそこまで深くねぇ」
ずぶ濡れになったジャケットを脱いで海水を絞りながらマガハラはセンへと言葉を投げるが、センは変わらず必死の形相で水面から這い出ようと足掻いている。
マガハラの言う通り、この海辺の水深は1.6mほどで成人男性並の身長があれば問題なく足がつくのだが、あくまで基準は成人男性。センのアバターは小柄で水深より小さく、なおかつ泳げないとなると、溺れそうになるのも当然の帰結。
加えて『ゴロポン』にはプレイヤーのアクションを補正するスキルの類いは実装されておらず、リアルで泳げない場合はゲーム内でも泳ぐ事が出来ない。
「……届、か!ない……ッ!から!慌て、てるのよッ!?」
「……あぁ?…………チッ!」
自分で海に放り投げた手前、このまま助けるのも癪だと心の何処かで思いつつもマガハラは舌打ち混じりに海へと飛び込んだ。慣れた動きでセンまで近づくと、センは文字通り藁にも縋る思いでマガハラにしがみつこうと手を伸ばしてくるが、マガハラは水面で藻掻いているセンの顔を両手で思いっきり水面に沈めた。
「一旦落ち着け」
「ッ!!?~~ッ!!?」
海中に沈められたセンが伸ばした手は苦しさの余り伸ばした手がマガハラ離れる。その瞬間を見逃さずにマガハラはセンの背後に回ると両脇の下から抱きかかえて、センの顔を水面に浮かび上がらせる。
「――――ぷはっ!?な、なにするのよアンタ!?アタシのコト殺す気!??」
「殺す気だったらそもそも助けてねぇよ。呼吸、出来てるだろ?」
「ハァ!?――あっ」
「……溺れてる人間を助けようとする際、相手がパニック状態だと救助する側も引きずり込まれそうになるから、一旦沈めて落ち着かせる方法があんだよ。あんま推奨された方法じゃねぇけどな」
「………っ、………………ゴメンナサイ、助かったわ」
「頭、冷えたか?」
「……ええ、落ち着いたわ。……取り乱してゴメンナサイ。…………で、でも泳げないのは変わらないから陸までお願い出来るかしら?」
「…………ハァ。全身の力抜いてからめいいっぱい息を吸い込んでしばらく呼吸止めてろ。スタミナゲージが一定時間固定されて一時的に浮力が得られる。また溺れそうになったら覚えとけ。運が良けりゃ助かるだろ」
それからマガハラはセンを抱えたまま器用に泳いで陸へと上がった。パキパキと音を立てながら炎上するボックスカーを発見した誰かが通報したのか、遠方からパトカーと消防署のサイレンが鳴り響く。
「――見ぃつけたぁ!!ああもうバカハラ!!あやうくなくす所だったじゃんかもう!!?」
ほどなくしてずぶ濡れになったクロノが海水を滴らせながら陸へと上がってくる。前髪付近にサングラスを掛け、両手は水を吸って重くなったジャケットと白鞘に収められた脇差を抱えていた。
「お前の予想がハズレたんだから自業自得だ。てか無駄にボヤ騒ぎ起こしやがって、通報されてんじゃねぇか。これじゃあ逃げたカエシ対象の奴らも此処には来れねぇだろ」
「だぁって海に飛び込みたくなかったんだもん!!ところで君は誰!?鬼鋸or嶽之湖!?」
炎上する車体で暖を取る二人に近づいてきたクロノは、鞘がついたままの脇差をセンの顔に突きつけて問い詰める。
「あ、アタシはセンよ。所属は一応『嶽之湖組』……だけど、ら、ランカーとかではないわ」
「ナルホドナルホド嶽之湖ねぇー。うーん…………ならまぁお咎めなし!!『鬼鋸組』だったらたたっ斬って魚の餌にしてたけどね!」
「ひぃっ!?」
「お咎めなしも何もお前の身から出た錆だろうが。話を聞いた限りじゃお前が昨日勝ってたらこんなコトになってねぇよ」
「はぁ~ん!?私のせいだって言いたいの!?…………そうだよ!!私が悪ぅござんした!!メンゴメンゴ!!ハイこの件終わり!!とりあえず着替えたいんだけど!?海水でベタベタする!!」
『ゴロポン』にはインベントリという機能は存在しない。所持品は身の回りに持ち合わせているモノだけであり、武器や衣装に関しても同様でよくあるゲームのように虚空から取り出す事は出来ない。装備を変更するには倉庫や拠点となるセーフティハウスなどで現実と同じように着替える必要がある。
「近くに俺のセーフティハウスがあるが、女モンの衣服はねぇぞ」
「じゃあないなら奪う!これこのゲームの鉄則なり!!」
「何の理由もなく若頭補佐が強盗騒ぎはスコア下がるんじゃなかったか?カエシのどさくさ紛れなら別だが」
「んぐぅ!?そうだったぁ!!ああじゃあもうセンっち服貸して!?拠点近い!?」
「せ、センっち? え、えっとあるにはあるけれど、衣服の類いはそんなに持ち合わせてないから……」
「ないよりマシ!場所教えて!!ほらほら早く早くはりーあっぷ!」
「こ、ここから歩いて3分の『ノア花吹』って場所よ!そこの2階の角!」
「OK行こう!すぐ行こう!レッツゴー『ノア花吹』!じゃあ一旦お開きねバカハラ!お色直しして再会ね!」
「待てコラ誰がバカハラだ。……てか『ノア花吹』は俺もそこが近場のセーフティハウスだっての」
「うそん!?そんなことある!?」
「し、知らなかったわ」
「そりゃまあ使った事ないからな。あとセーフティハウスは基本的に使い切――ッ」
「うん?どしたん急に立ち上がっ――てぇ!!?」
「きゃっ!?」
何かを察知して咄嗟に立ち上がったマガハラは二人を抱きかかえて再び海へと飛び込んだ。直後、暖を取っていたボックスカーの炎が急激に膨張し、けたたましい爆発音を轟かせ、衝撃で水面が激しく揺れ動く。
「――っぷはぁ!あーもうまたビショビショじゃん!?あ、サングラス!?……セーフ!ある!!てか何事!?」
「おそらく例の襲撃だ。若頭が警戒してただろ」
「えぇ!?今このタイミングで!?間が悪いなぁもう!?」
「なになになに!?なんなのよ!?」
理由もわからず海へと担ぎ込まれたセンは、マガハラの胸元にしがみつきながら説明を求める。
「上位ランカーである若頭補佐を討伐対象にしたレイド戦だ。開始時間も場所も完全にランダム。そいつでやられるのを警戒してたウチの若頭の命令で、当面の間若頭補佐はコンビを組むように言われてたんだが……まあランカー狙いじゃねぇなら馴染みのねぇイベントだな」
「つまるところ、アタシはそれに巻き込まれた……ってコト!?」
「そうなるな」
「うーん、どんまい!!」
「……ろ、ログアウトしたらお祓い行こうかしら……」




