バイリンガルのゴリラ、ゴリリンガル
「うーん、どうしよっか」
プカプカと水面に顔を出して浮かびながらクロノは頭を悩ませる。頭上では轟々と音を立てながら車が炎上し、燃え上がる音に紛れて男達の声が届く。
「やったか!?」
「おい変なフラグ立てんな!とりあえず探せ!スコアが加算されてねぇってことはまだ死んでねぇ!」
「早く仕留めねぇとサツが来ちまうからな!モタモタしてる時間もねぇぞ!!」
頭上の会話を耳にしながら、マガハラはクロノの問い掛けに返答する。
「どうするもなにも、尻尾巻いて逃げるワケにはいかねぇから潰すしかねぇだろ。雑魚相手に逃げたとなっちゃ若頭補佐のメンツが立たねぇ」
「いやうん、潰すのはそうなんだけど、手持ちの武器がないからさぁ。ほら、海に飛び込んだから銃なんて使えないし?そもそも弾切れだし」
「武器ならそこら中にあるだろうが」
「うん?……あ~~~~~~~ね? え、描写エグくならない?だいじょーぶ?」
「それが許されるのがセールスポイントのゲームだろこれ。ダメならとっくの昔にサ終してる」
「それもそっか!じゃあどうする?」
「お前が落とせ。俺がオトす」
「かしこまりー!」
「待って待って話についていけないわ!?」
トントン拍子で進むマガハラとクロノの会話に割り込むセン。まさか今日の献立を決める程度のノリで末恐ろしい計画が練られているとは思いもしないであろう。
「ついていけなくて正解!常識人でいたいなら知らない方がいいコトもあるってコトだよセンっち!とりあえずこれ持ってて!」
「っ!?」
クロノは自身の前髪に差していたサングラスをセンの顔につける。
「そのサングラス、ぜっっっったいに無くさないでね?!大事なモノだからさ!!」
そう言い残してクロノは音もなく水面下に沈んで、陸の方へと泳いで行くのであった。
「だ、大事なものって言ったってそんな……アタシそもそも片腕折れてるのに……」
骨折してもプレイヤーにはシステム的に痛みはないが、放置しておくとスリップダメージが入る仕組みとなっている。現在進行系でセンのHPはわずかながら減少しているのが、海水で冷やされる事でその進行は運よく遅延されている。
対処法は病院で適切な治療を受けるコトだけなのだが、それが望める状況ではなく。またセン自身、ゲーム内で骨折するほどのダメージを受けたコトがないので、対処法がわからずにいた。よもやこのまま放置すれば二度と動かせなくなるとは夢にも思うまい。
「オイ、さっき教えた方法でしばらく浮いてろ」
「えぇ!?ま、待って!アナタから離れたらアタシ溺れる!!」
「なら教えた方法で浮いてるのと溺れるのと今すぐ水底に沈められるの、どれがいい?」
「実質一択じゃない!?わ、わかったわよぉ!?」
突き放すように叩きつけられたマガハラの冷酷な選択に涙目になりながら従ったセンは、身体の力を抜いて息を大きく吸い込んで口を閉じる。そしてその直後、陸の方から複数の男達の声が上がった。
「――いたぞ!!クロノだ!!」
「スコア寄越せやオラ!!」
「死に晒せェ!!」
金属バット、木刀、スリングショットをそれぞれ携えた男達が一斉にクロノへと襲いかかる。だがクロノは華麗な動きでそのすべてを回避してみせる。
「ヘイヘイ!チンピラ雑魚ランカー!!そんなしょぼい攻撃じゃあ一生かけたって当たりませんよーっだ!」
「んだとこのアマぁ!?」
「調子に乗りやがって!!」
「ちょーっとアバターのキャラメイクが上手いからってイキがってんじゃねぇぞコラ!!」
「あーもううるさいうるさい、顔面もうるさいけど言動もうるっさいなぁ!ブっっサイクなツラ見せられるこっちの身になってくれる!?どうせアバターメイキングするならもっとカッコよく作ればいいのに!なんで揃いも揃ってそんなゴリラみたいなゴツい顔なのさ!?」
「だ、誰がゴリラだクソが!!?!」
「うわぁ!?ゴリラが喋った!?最近のゴリラってバイリンガルなんだ!?」
「だからゴリラじゃねぇわ!!」
クロノの意図的な挑発行為に対して我慢の限界を迎えた男が木刀を高く掲げてクロノへと接近していく。直線的で読みやすい動きへの誘導に成功したクロノは、振り下ろされる木刀の攻撃に動きを合わせるように男の下へと潜り込むと、伸び切った腕を掴みながら一本背負い投げのように海へと放り投げた。
「はいまず1人目ぇ!!!」
「――おわぁぁぁぁ!!?」
為すすべなく海へと放り出され、派手な水飛沫を上げて落ちていく男。
「――っぷは!!っぺっぺ!!クソ!!水飲んじまった!」
幸いにも脚は余裕で海底に届くのですぐに海面から顔を上げたのだが、男は気づいていなかった。己の背後に死神が近づいている事に。
「おかわりもあるぞ」
「なん――ボガガッ!??!?~~ッ!?~~ッッッ!!?」
背後に忍び寄ったマガハラは男を海中に引きずり込むと、一瞬にして首を絞め上げてオトしてみせた。何が起きたのかも理解する暇もないまま、男の木刀を握る手は開き、沈みゆく身体とは裏腹に木刀は水面に浮かんだ。
その一部始終を文字通り息を潜めながら目撃したセンは悟った。
――アタシは知らなかったとはいえ、こんな末恐ろしい人達を襲おうとしていたのか。軽率だった数十分前の自分をぶん殴ってやりたい――、と。
そして今後は後先考えずに感情的に行動するのは控えるようにしようと、心の奥底で誓うのだった。




