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第十一話(2)

 グースカ眠りこけていた俺のもとに着信があったのは、あと少しで授業が終わるという頃。どうせ、とみちゃんだろう? と、ほうっておけばよかったのかもしれない。

 “おい、拡散されてるぜ”

 そのメッセージの通知だけで、全文が読める短文。

 スマホを見るのが、今だろうが後だろうが、俺の未来はさほど変わらなかっただろう。

 校内SNSのメッセージの送信者は、藤原。

 猛烈な、嫌な予感が全身を走って震わせる。

 リンクを開いてその画像が目に映った。

 莉緒の裸身、何もかも諦めたような瞳が、“助けて”も言えなかったあの時の瞳がうつろに俺を見ている。

 まただ……なんでこうなる……俺は守りたいだけなのに……!

 俺はガラガラと、座っていた椅子を押して立ち上がる。

 あとのことはあまり記憶にない。

 いつの間にか俺は藤原のいる教室にいた。

 あとで思えば、こいつ、自由登校のくせに、俺を挑発して分かりやすい場所にいたっていうのか。

 来たのかよ、っていう藤原の顔に俺は右の鉄拳を喰らわせる。

 藤原の蹴りを躱して逆に足を払うと、椅子から転がり落ちた藤原に馬乗りになって顔面を殴打した。圧倒的有利とか、そんなの知らない。怒りに任せて殴り続けた。藤原が防ぐのもそっちのけで殴り返してくる。

 持ち前の体格でようやっと俺を振り払った藤原は呼吸が荒れていた。腰が落ちて下がった顔面に俺は、もう一度右拳を見舞ってやった。

「春詩! やめろ! もういいって!」

 背中から誰かが羽交い絞めにして俺を藤原から引き離そうとする。

 待てよ、こいつに分からせてやらなきゃいけないんだ。

「葉月、やめるんだ。事情は分かってる」

「事情は……ペッ」

 床に膝をついた藤原が、血の混じったつばを教室の床に吐いた。

「事情は分かってる、か。五味渕……言っとくが、俺じゃねえぜ。葉月、俺はたまたま見つけたんで、教えてやっただけだ。お前のそういうところが見たくてよ」

 五味渕が、ぐっと言葉を飲み込んだ。




 俺と藤原は引き離されて、別々に救護教諭の治療を受けた。

 この騒ぎは瞬く間に全校に知れ渡った。

 ぼこぼこになった俺と藤原の顔がタイムラインを校内SNSのタイムラインを賑わせた。

 進学志望の受験組が自由登校の時期、三年の教室にいるのは就職組、進学希望だが補修がある者、出席日数の足りない者。出席者半分の、少しがらんとした教室での乱闘は、悪意のない人の興味本位で広まった。

 その興味は乱闘の原因に当然及ぶ。バカな俺を、俺は自分自身で罵り、猛烈に後悔した。

 莉緒の画像は、真白の素早い行動により、そのタイミングには削除されていた。

 でも、どれだけの人があの画像を目にして、心ないひとに画像を保存されてしまったか知れない。

 そう思うと、俺は打ちのめされた気分になった。




 それから、その日は五味渕の運転する車で、家に帰された。竹内がなぜか付き添っていて、五味渕もそれを許していた。

 家に着くと、母さんが居間に先生を通してお茶を出す。

 異常事態を悟った母は神妙に先生の話を聞いた。

 先生は、出来事を客観的に伝えた。

 それから五味渕が言うには、おそらく二週間の停学になるだろう、ということだった。

「いろいろ理由はあるが、顔の腫れと傷が治る時間と考えてくれればいい」

 そう言って五味渕は帰ったのだが、竹内が居残った。

 竹内は、俺にも着信しているグループメッセージに何か入るたびに、わざわざ報告する。

 俺も読んでるっていうのに。俺が喋らない分、竹内は心に思っていれば済むことまで口に出しては騒いだ。わかってる。気を遣ってくれているのだ。

「真白会長が、ソッコーで画像削除してくれたんだろ? オレなんか全然気づいてなかったもんな。たぶん、気づいてないやつの方が多いぜ? 安心しろよ」

 グループメッセージは夕方まで続いた。

 結局、すぐにわかることは少なく、投稿主は不明。専門的な調査が必要。

 藤原の言う通りであるならば、あいつ自身もただの閲覧者にすぎず、画像の投稿を利用して俺を挑発しただけ、と判断せざるを得ない状況らしい。

「ま、ついさっきの出来事だしな、すぐにはわかんねえよな」

 竹内は最後のせんべいをかじってほおばる。

「あ、お母さん、すんませーん。お茶とお菓子おかわりください~」

 それからお替りを遠慮なく要求すると、母さんがいつもと変わらない様子で、はいはいと出してくれる。母さんだって心配だろうに。

 そんな風な目線に気づいたのか、母さんが座って言った。

「春詩、あんた、もうちょっと成長しなさい」

 母さんは正座して俺に面と向かう。

「あのときより、莉緒も強くなってるわよ。もちろん、りこも成長してる。けど、あんたはどうなの」

 母さんの目が、優しいのになぜだか鋭く俺を見透かしていた。

「なんもかんも諦めて、暴力振るったんじゃないの」

 母さんの手が、腫れた俺の頬に触れた。

「もう、しょうのない子ね。さ、竹内くん、今日は夕ご飯も食べてってね。帰りは送ってあげるから」

「はい! いただきますっ!」




 すっかり暗くなった頃、玄関の戸が開いた。

「ただいま」

 莉緒たちだ。バスが一緒になったのか、りこもいる。

 理々香と柚羽が付き添って、莉緒を支えるように左右にいた。

 俺は、パンパンに腫れた顔でみんなを出迎えた。

 俺の顔を見るや、莉緒は俺の胸に飛び込んできた。

「ごめん、兄さん、ごめん……僕のせいで、ごめんなさい」

 莉緒は、感情が堰切ったように涙を流した。どんな気持ちなのか、俺は推し量るしかないけど、こんなふうに泣かせてしまって、俺はどうしようもない兄貴だ。母さんの言葉が、この涙で実感に変わる。自分がしたことの愚かしさを思い知った。




 その日の夕飯は、みんなで笑った。明るく、楽しく。強がりかもしれないけど、笑った。

 それもこれも、みんなのおかげだ。



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