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第十一話 悪意III (1)

 生徒会長たる私は、生徒会室で一人、お昼休みをのんびりと時を過ごしていた。

 新生徒会は、三学期は行事が少なくて、定例会議以外は静かなものだ。

 我が青陵学園への入試試験が終わり、校内は三学期の平常運転。在校生にとっては、入試日は、受験で忙しい三年生を除けば、ちょっとした骨休めだった。

 兄、蒼司は推薦入試で十二月には大学を決めていた。

 兄の恋人の三橋さんは、今日が志望校の受験日と言っていた。彼女、というより恋人という言い方が彼女に対してしっくりくる。

 彼女は昨日も焦る事もなく淡々と過去問のおさらいをしていた。きっとそつなく合格の報告が聞けるのだろう。

 腕時計の文字盤を確かめて、私は席を立った。午後の授業が始まる。

 なんだか、気怠い。誰かさんがうつったみたいだ。

 ほんの少し物さみしさを感じて、しかし気を取り直した。

 階段を降りて、二年生の教室に向かう。

 階下は、三年生の登校が少ないせいか、ずいぶん静かだ。

 二年生の並びの廊下に入ると、すぐに二年一組の教室がある。少し、扉の隙間に視線をやって、彼の姿を確かめる。食後のお昼寝なのか。机に突っ伏していて、私はちょっと笑顔をもらった。切ない。

 自分の教室に入り、席に着くとほどなく先生がやってきて授業が始まった。

 いま、三年が受験の最中だが、来年の今頃はお前たちの番なんだからな、と黒板に書いた英語の構文を示す。

 授業は静かに進んだ。




 悪意は、唐突にやってくる。




 授業も終わろうとする頃、スマホが振動して着信を知らせたのだけど、いつもと違う不規則なリズムだった。なにかの通知と、通話の着信が連続したような。

 なにかを感じて、生徒会長にはあるまじき行為と知りながら、制服のポケットからスマホを取り出す。

 ――緊急

 兄からのメッセージは冒頭にそうあった。兄は自由登校で自宅にいるはずだ。

 メッセージを開いてその緊急性がすとんと理解できる手短な文面を上から下に流し読むと、私は添えられたリンクを考えるまもなくタップしていた。

 まだ数分の授業時間が残されていることを、もはや私は考慮から外していた。

 兄の短い説明があってさえ、画像が開くまでの間、苛立ちのような、恐れのような気持ちが私の胸をざわめかせて、いまにも沸騰しそう。

 スマホの画面に開かれた画像は、まだ幼さの残る男子、おそらく中学生くらいの数人に、手足を押さえられ、無防備に全身を晒される、少女のような面立ちの少年。

 もはや校内のだれもが知る人物だ。

 その画像は、校内SNSのタイムラインに貼り付けられていた。

 こんな不正な投稿をするなんて、なんて愚かな。校内SNSであれば、投稿者などたちどころにわかる……だが、投稿者名の部分は乱数のような不規則な文字に置き換わっており、私は異常性を察した。

 画像は局部や乳房を拡大したものや、完全にそうとわかる、グラビア画像とコラージュして卑猥な画像に仕立てたものまであり、投稿者の下劣さに怒りを覚えた。

 管理者権限のある生徒会室のPC……いや、職員室がいい。先生方にも通報しないといけない。校内SNSの管理者の電子キーが付与されたPCは、校内に二つしかない。生徒会のパソコンと、職員室のパソコンだ。より強い権限があるのは職員室のPCだし、手近に先生もいたほうが良い。

 私は席を立った。

「一ノ瀬、どうしたぁ?」

 私には当然、優等生、少なくとも先生たちにとっていい子であるという評価が付いていると自負している。だから授業中に突拍子もなく立ち上がることを、先生も予想していなかったろう。

「緊急事態です、先生」

 廊下を飛び出し階段に向かう。各教室の扉は閉じられ、授業が静かに進んでいる。先生方の声が少し廊下に漏れ出るくらい。

 階段を駆け下りると、背後で二年一組の方が騒がしくなった。

 ああ、どうか早まらないで、春詩くん。

 彼の怒りと悲しみが痛いほど分かる。




 ◆◇◆◇◆




 ガタン、と授業中に立ち上がったのは春詩だった。

 秋の席替えで俺たち二人の席は離れてしまったが、目を瞑ってたって、あいつが動けばわかるってものだ。この竹内丈生と葉月春詩はもはや親友だからな。だろう?

 春詩は、とんでもない形相で教室の後ろの扉から出て行った。

「おい、葉月、どうした!」

 五味渕センセーが叫ぶ。なにせぐうすか寝ていたやつが突然走り出したのだ。

 いやそれよりも。

「あ、あいつやばいぜ、先生、俺止めてくる!」

 春詩は、人を殺しそうな顔をしていたのだ。




◆◇◆◇◆




 一年三組は、その時世界史の授業だった。授業中も後半というところで、男子の私語が騒がしい。歴史教諭の佐藤先生は、優しいというか覇気がなくて、入学して一年経過した男子たちにはすっかり舐められていた。やる気のない生徒のそういった態度など、老齢の教師には痛くもかゆくもないのだろうか。

(理々香ちゃん)

 私の肘をシャーペンの端でつつかれる感触とともに、後ろの席の柚羽が声をかけてきた。振り返ると、見てほしいのは後ろではなく前方の方らしい。

 いま思えば、秋の席替えでリオくんと離れてしまったのは悪運だった。

 柚羽が促すそちらに目をやると、リオくんの隣の男子がスマホの画面を見せるところだった。

「おい、葉月。この画像って、お前のことなのか? コラ画像ってやつなんだろ?」

 もはや小声で喋るつもりすらないその言葉。

 その画面をリオくんに見せてはいけない。そんな直感があったのに、圧倒的に間に合わなくて、リオくんの表情がみるみる青ざめていく。

「な、なにそれ……知らない」

 リオくんがのけぞり、危うく席から崩れ落ちそうになる。

 私は席を立ちあがっていた。

「ちょっと、あんたそれ見せなさいよ!」

 私は授業中であることもお構いなしに声を上げた。手首をつかんで画面をこちらに向けさせたそのスマホを見た私は鳥肌とともに断じた。

「サイテー!」


 秋の席替えに関する記述で、過去のエピソードと整合性が取れなかったので、過去エピソードを修正しました。

 具体的には理々香と柚羽の位置関係です。柚羽は教卓のド真ん前の席ということになっていましたが、修正しました。

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