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第十話(9)

 ぶらぶらと歩いて、自販機で缶コーヒーを買う。バス停の近くにある、空き地にポツンとある自販機だ。もちろんホットでブラック。ちびりちびりと飲む。寒空に近所を歩いたところで、なんにもない。ぶらぶらするのは嫌いじゃないけど、何時間もつぶせるわけじゃないからな。コーヒーくらいはゆっくり飲むさ。

 空き地を囲う単管パイプの柵に腰かけて、のどかな空を見上げた。

 ――ピー、ひょろろろろ〜。

 さすが都会の田舎。空高くをトンビが穏やかに飛んでいる。

 幸いなことに、空は晴れて、日が差した。気温のわりに寒くない。おかげで、味気ないブラックをゆっくり全部飲み干すまでの間、帰りたくなるほどには体が冷えなかった。

 トンビも気持ちよさそうだ。俺もゆったりとした時間を楽しんだ。

 ちびり、ちびり。

 初詣デートで、お参りを済ませたばかりの真白は言った。

 春詩くんは、何をお願いした?

 ――え、っと、無病息災、とか。ほんとは、真白とうまくやっていけるように、とも。

 私はね、春詩くんが、本当に大切な人と向き合えますように、って。

 ――……つまり……。

 お別れしましょう。春詩くん。

 ちびり、ちびり。

 コーヒーは、あれだけ缶が熱くなってたっていうのに、すっかり冷めていた。

 ああ、俺、ちゃんと、ショックだったみたいだな。思い出してしまった。

 ちょっとしんみりしながら、最後のひと口を一気に飲み干す。

 正直うまくない。缶コーヒーは、コーヒーっぽいものを飲みたい奴が口さみしさをごまかすために飲むものだと、俺は思っている。空き缶をがらんとごみ箱に入れて歩き出す。

 再び歩いて、途中でまた休憩して、しかしそんなことで時間をつぶせるのも二時間で限界だ。

 いい加減、散歩に飽きて家に帰ると、りこが母さんの用意してくれたチャーハンをレンジで温めていた。受験勉強組は昼休憩らしい。

「はる兄も食べる?」

「おう」

 温めなおしたチャーハンを台所で食おうとすると、

「一緒に食べないの?」 と、りこに誘われて、なんとなく、居間で受験生に混じって昼食になった。

 ひとくち、ふたくちと食べ始めたころに、ただいま、と玄関から声がした。部活から帰った莉緒の声だ。

 莉緒は、居間にいるみんなに、いらっしゃい、と声をかけると、部屋着に着替えて自分の昼食の算段を始める。

 莉緒は手際よく、刻んであった冷蔵庫の具材を使って味噌汁を作って俺たちにお椀を出し、あまりものの冷や飯を使ったチャーハンを自分用に作って、居間での食卓にくわわった。

「いただきます」

 ……なんという女子力、というのは、俺を含めた全員の心の声、だと思う。

 食事を終えると、僕が片付けておくから、みんなは勉強して? と、莉緒がささっと片付ける。

 ……なんという気遣い。これもみんなの心の声に違いない。




 中学生女子の三人は、三時ごろまで受験勉強を頑張った。

 冬は日が落ちるのが早い。早めの時間に解散となり、兄妹三人で、とみちゃんと成宮さんをバス停まで見送った。

 バスを見送ってからの帰り道、夕焼けの中、また三人で歩く。

 この歳になってからは珍しく、右隣りにいた莉緒が俺の手を取ったので、俺は左にいたりこの手を取った。

 莉緒の手は冷たかった。さっき洗い物をしてくれていた手だ。ぬくもりが伝わるように握りしめた。

 りこの手は、俺より暖かかった。まだまだお子ちゃまで体温高いな。そんなこと言ったらぷんすか怒りそうだ。

 兄妹三人、子供の頃みたいに手をつないで夕焼けの下を歩いた。

「あのね!」

 りこが突然宣言する。

「わたしも、みんなみたいに、大人っぽくなるんだから。胸だって大きくなるし、髪もきれいに伸ばすもん」

 やっぱり、よその女の子と比べられるの、わかっちゃうもんなのかな。俺は反省した。

「りこは今のままでも可愛いぞ。でも、がんばれ」

 ぶう、わかってない、と、りこは握った手をぶんぶん振った。そんなだから、子供のころと変わらない。そう思ったけど、りこの頬は赤くなっていてなんだか少し可愛らしかった。やっぱりちゃんと、女の子らしくなってきたんだな。

 ぶんぶん振り回して離れそうになった手を、俺は握り直す。りこの手が、きゅっと握り返してきた。

「莉緒は今年の目標なにかあるのか?」

「僕はコンクールでしっかり吹けるようにがんばるよ。兄さんは?」

「俺? 俺はなぁ……授業で寝ないことかな」

「兄さん……」 「それはフツーでしょ!」

 二人に呆れられたけど、二人の手はしっかりと俺の手を握ってくれていた。

 やがて、お互いの手は同じくらい暖かくなっていた。




 そして、りこの受験の日がやってきた。

 俺と莉緒は、学校が入試会場となるためお休みだ。

 去年と同じように、三人でバスに乗る。

「弁当持ったよな?」

 こくん。母さんの特製弁当だ。

「受験票も忘れてないな?」

 こくん。番号は123だった。なんとなく景気は良さそうだ。

 カチコチになったりこが、頷き返すのを確認して、よしとする。

「兄さん、どうせならバスに乗る前に確認してあげて……」

「まあ、なんかあったら俺が取りに戻るよ」

 俺たちの雑談をよそに、車窓の景色が流れる合間も、りこは集中しているのか一言もしゃべらない。

 バスから降り立ち、青陵学園への坂道を登る。セーラー服の上にコートを羽織り、マフラーは莉緒のおさがりを巻いている。

 正門の前に着いて、さあいよいよ、といったところで、がちがちになったりこが振り返る。

「はははは、は、はる兄。わたし、受かるかな、大丈夫かな」

 俺はポンポンと、頭を撫でた。ほれ、お前も、と莉緒を促す。

 莉緒もポンポンと、りこの頭を撫でた。

「大丈夫だよ、りこ。ほら」

 そういって、莉緒はスマホを取り出すと、自撮りで俺たち三人の写真を撮った。

 莉緒は、一年前までは写真を撮られるのを嫌がったはずなのに。

「りこ、イイことを教えてやる」

「な……なに?」

「ジャンプサーブするくらいの気持ちでやれ」

 ごくんと、りこが唾をのむ。次いでニヤリとりこが笑った。

「思いきり跳んで出たとこ勝負?」

「おまえのジャンプサーブはそんなもんなのか。まあいい、行ってこい」

 えへへ、とりこが笑う。

「はーい。はる兄、りお兄、ありがとう!」

「おう」

 俺と莉緒は、手を振って校門に入って行くりこに手を振り返していた。

「あれだけリラックスすれば、大丈夫だね」

「気が緩んで、覚えたこと全部忘れなきゃいいけどな」

 でも、たぶん大丈夫だ。

 俺たちの妹だもんな。


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