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第十話(5)

 葉月家での女子会がお開きのあと、バス停までリオくんが見送ってくれた。なぜか葉月先輩は来なかった。

 バスに乗り込んで、真白会長と柚羽、私の三人で一番後ろの席に座りこむと、なんとなく気分は女子会の二次会。

「真白会長は、葉月先輩とこの先も付き合っていくんですよね?」

 なんの気もなしに私は尋ねた。大学の進路はどうするんですか? というのと同じくらい他愛のない世間話を振ったつもりだったのに。彼女は思案顔をしたあと爆弾発言をした。

「じつは先日、春詩くんと、お別れしました」

『ええ~!!』

 いつもは「おとぼけ」と「お見通し」を巧みに使いこなす柚羽が、私と同じように声を上げた。

 バスの運転手が、けげんな顔でミラーを見る。他に乗客がいなくてよかった。

「今日はね、ちょっとだけ春詩くんの顔が見ておきたかったの」

 抱えた秘密を言葉にできたことを安堵したかのように、真白会長の表情は緩んでいた。

「未練があるってことですか」 と聞いたのは私。

「たっぷり」

 内緒よ、と人差し指を唇に当てた姿は、女子の私でも色気を感じた。

「でも、今の彼から、一緒にいる未来は想像できないって気づいたから」

「どういうことですか?」

 (おもんばか)るとか、想像するとか、察するとか、そういう不明瞭を柚羽が嫌うのは知っているが、その質問は大胆過ぎると私は思う。だが、遮らない私も同罪。

「彼、好きな子がいるのよ。気づいてないの。ずるいよね」

 私と柚羽は言葉をなくしていた。だから、会長が自ら言葉を継いでくれる。真白会長、泣きそうだ。

「でも、私もずるかったの。だから、彼はせいいっぱい私を大切にしようとしてくれた。でも、どこか他人。デートしたいとか、キスしたいとか、あまり思っていないのがその証拠」

 わかりやすいでしょう? と付け加えて彼女は笑った。

「とっくに振られてたんです。私は」

 自虐的に言って、彼女はそのまま黙った。

 駅前のロータリーにバスがつくまでの長い時間、私たちは三人で押し黙っていた。

 お互いが、何を思っていたのか計り知れないまま、私たちはバスを降りた。

「それじゃ、また学校でね。今の話は内緒よ」

 真白会長はそういって軽やかに歩き出す。その様は、大人の女の人みたいだ。でも――

「ちょ、ちょっ、ちょっと待って!」

 何を頓珍漢(とんちんかん)な声を私は出してしまったのか。

 会長に追いついて、左手を握る。柚羽が合点して右手を握った。

「一緒に! 一緒に帰りましょう! 真白さん!」

 柚羽と二人で、真白さんを家まで送った。三人で手をつないで歩いていると、最後の方は可笑しくなって、みんなで笑った。

 歩きながら、これからもっとおしゃべりしましょう。生徒会のことも、そうでないことも、なんでもないことも、全部、たくさん。そんな風に私は言った。彼女が明るく高校生活を続けてくれたらいいって、本気で思った。

 ――だって、私たちはまだ大人じゃない。高校生なのだ。




 その夜、ベッドの上で私はゴロゴロとスマホをいじっていた。

 葉月先輩にメッセージを打って、消す。まるで恨み言みたいな文章になってしまう。

 真白さんにメッセージを打って、考えあぐねて消した。下手な慰めは意味がない気がした。

 それからリオくんに……一文字すら打てずに、スマホの画面を消す。今日のあのことを思い出すと、羞恥心で顔から火が出そう。

 ポン、と通知音がして、すぐさまスマホを開くと“葉月家“のグループに真白さんがお礼のメッセージを入れていた。

 “皆さん、今日はありがとうございました。莉緒さん、お茶とお茶菓子をご用意くださったお母様にお礼をお伝えください”

 葉月先輩のことは触れず、常識的な内容。

 強いなあ。

「はあ……」

 私は、寝間着姿で大の字に転がった。

 葉月先輩と真白さんは、落ち着いた雰囲気をいつも漂わせていて、大人の恋人みたいに思えた。ずっと付き合っていくんだって、思ってた。

 色恋なんてよくわからない。

 わからないけど、知りたくて、私もつい大胆なことをしてしまった。思い出して、うずく胸を、枕を抱きしめて抑え込む。




 女子会の最中、コタツの熱が体に籠った私は、涼んでくる、と真冬という季節にそぐわないセリフで席を立った。

「理々香、それなら庭がいいんじゃないかな」

 リオくんが言うのは、居間の目の前にある和風の庭園だ。個人宅にしては規模が大きい。

 仏間と居間と客間の前にある縁側が、くの字を描いている。アルミサッシで縁側と外の空気を隔ててあるけど、古くは観光地の古民家みたいな木枠のガラス戸で外と仕切っていたのだろうか。

 外は寒々しく曇っている。

 リオくんが先に立ち、戸を開いてサンダルをふたつ『たたき』に落とす。そのままリオくんが庭に降りてサンダルをそろえると、私の手を取って足を降ろすのを手伝ってくれた。こういうところは、王子様みたい。

 切りそろえて整えられた松を眺めて歩き、昔は鯉がいたんだって、とリオくんが説明する池を、石の橋から見下ろす。

「あれは?」

 庭の端にある建物を指さした。見るからに小さな一軒家くらいのサイズがある。

「あれは“離れ”だよ」

 聞くところによると、お爺さんの代には親戚やお客様が季節の行事ごとに訪問してきて、泊まっていく人も多かったから、蔵だったのを来客用の離れに建て替えたのだとか。

 リオくんは、そこも案内してくれた。

 離れは、母屋と比べると柱や建具がやや地味で簡素だった。とはいえ、半世紀以上前に建てたもので、昔の大工さんが建てた重厚さがあった。

「まあ、寝泊りできる部屋がちょっとあるだけなんだけどね」

 ちょっと、というのは謙遜だろう。和室が三つに、二階はフローリングの天井部屋でベッドが四つ並ぶ。

「難点はね、昔は涼しかったからって理由なんだけど、エアコンないんだよ」

 ちょっとした葉月家共通のネタらしい。そうなの?と私は笑う。

 それから、リオくんは和室の一つを懐かしそうに眺めた。

「どうしたの?」

「ここはね。僕が閉じこもってた場所。あのとき、ずっとここに閉じこもってた。」

 ふと、私はリオくんの身に起きたことを思い出した。葉月先輩と、リオくん自身から聞いたその事件。中学校の修学旅行で、乱暴されたあの事件のことを。

「そして、兄さんが僕をここから連れ出してくれたんだ」

 私はその言葉で切なくなった。お兄さんのことを語るとき、彼の瞳に輝くものを、私は言葉で表すことができる。

「リオくんって……」

 私は、そっと後ろから抱き着いた。

「なっ……」

 リオくんは優しいから、急に振り払ったりしない。

 確信があった。

 抱きしめると、ああ、やっぱり女の子みたいに柔らかくて、彼の髪の毛に顔をうずめるといいにおいがした。

「理々香……どうしたの?」

「ごめん。立ち眩みがした」

 もちろん、嘘だ。

 私は、ちょっと踏み込みたくて、その嘘をすぐに撤回した。

「ウソ。ほんとは、どんな気持ちになるか、確かめたくて」

 同じ背丈ほどのリオくんの細い肩から腕を回すと、セーターの下には女の子と同じふくらみがある。速くなる鼓動に、それが震えているのもわかった。

「リオくんは、いまどんな気持ち?」

 私にどきどきしてくれているのかな……。

「り、理々香……僕は……」

「女の子のこと、好きになれそう?」

 私は、きっと困っているリオくんを解放した。

「ごめん、冗談。リオくんを試してみた」

 みんなのところに戻ろう、と私は促した。




 卑怯にも、私はそのあとふたりきりになるのを避けてみんなと一緒にいた。だから、リオくんの口からそのことを聞かれることはなかった。

 恥ずかしい。

 その時の感触を、声を、リオくんの言葉と言葉の合間に漏れ出る吐息を思い出して、私は枕の端を噛んだ。

 恋になるかもしれなかったこの気持ちは、そっとしまっておこう。


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