第十話(3)
俺はその日の夜、修学旅行先の真白に電話した。家族の誰にも聞かれないように、闇に沈んだ夜の歩道を歩き、バスが転回する広場のベンチに座って電話をした。
手には、自販機で買った缶コーヒー。
真白に電話して、謝った。何があったかは、また説明するからと。とりあえず心配はないから気にせず修学旅行を楽しんできて欲しいと言ったら、怒られた。あなたがいないのなら楽しみは百分の一です、と。じゃあ、それをもう一度百倍にして楽しんでくれって言ったら、今度は真白には珍しいわがままを言われた。
「莉緒くんのように私が泣いたら、駆け付けてくれますか」
もちろん、って、俺は答えたよ。一部の隙もなく、答えられたはずだ。
でも、真白には見透かされていたのかも。
それから五味渕先生に報告の電話を入れた。やむを得ない事態が起き、急遽無断で旅先から帰宅しました、と。この件は、後日改めて、先生が修学旅行から戻ってから職員室に出頭して説明した。
父さんにも、周囲への説明を済ませてから、報告の電話をした。
最後で悪いが、竹内に電話して、謝罪電話は終わった。
修学旅行が終わって一週間ほどたったある日。
事件について、校内SNSのメッセージを介した悪意のあるイタズラとして、弁護士の先生を伴って五味渕先生と面談した。父さんは仕事の都合でどうしても来れないということで、父さんの都合に合わせて時間が過ぎるのを待つよりはと、俺が文字通り父兄として、その場に座ることになった。母さんに来てもらうことも考えたが、莉緒に見つかると説明が大変になるので、相談の結果やめることにした。
青陵学園会議室にて、学校側から五味渕先生と校長が席に着いた。
俺と弁護士の側から、改めて事の経緯を説明。
学校側は、事前の通達を受けて調査した結果を、書面をもとに回答した。
内容はこうだ。今回の事件を実行できるのは、データベースを直接いじれる人間か、もしくは校内SNSの管理者アカウントでログインできる人間に絞られる。生徒のアカウントを作成する操作は、校内限定のSNSという特性上、管理者アカウントしか行えないからだ。入学時に、それぞれの生徒のアカウントを作成して、生徒に配布している。
今回の、無作為の文字列を生徒名にした生徒アカウントを作成したのは、管理ログによると、管理者アカウントによるものだった。
では、管理者アカウントはだれが操作したのか。そこが問題だった。管理者アカウントは、誰がいつどんな操作を行ったか記録を残すために、教員それぞれにログイン用のIDとパスワードを割り振るという想定で設計されている。しかし、学校側は一つのログインIDとパスワードを教員全員で共有して扱っているというのだ。
ひと言でいえば杜撰。これでは教職員の全員が容疑者になる。
物理的な面では、葉月春詩のアカウントにメッセージを送った、不正なアカウントを作成するための操作が行われたのは、職員室の管理用としているデスクトップタイプのパソコンに限定された。
「誰がその操作を行ったのか、防犯カメラなどの記録は?」
弁護士が問う。
「残念ながら、学園の防犯カメラは不審者の侵入などに備えた出入りの部分が主体で、室内は設置がないのです」
五味渕が説明した。それは回答を記した書面にも記載されていた。
「なるほど。学校側の改善と対応については、いただいた書面を吟味して、後日回答いたします。葉月さん、よろしいですね?」
弁護士の先生は、俺を大人として扱い、確認を取る。俺はそれを承諾した。
「では、失礼します」
弁護士とともに、その場を後にする。弁護士の先生と、少し立ち話で会話した。この件は手詰まりだった。物理的にも、データ的にも、例えば画像ファイルの分析といった点でも弁護士はあたってくれたが、有力な手掛かりはなかった。
学校の管理体制の改善を要求するのが妥当な線で、学校側から提示された改善案が、すでにこちらの要求すべき点を満たしているとのことだった。こちらの回答を後日としたのは、あくまで念のためということだ。
バス停で弁護士と別れ、いつものバスで帰宅すると母さんが出迎えてくれた。
「お疲れ様」
「珍しいね、出迎えなんて」
「出迎えはたまたまね。コンロの火をつけてなかったから、換気扇も回してなかったし、さすがにそこまで静かなら母さんだってわかるわよ」
確かに、夕食の準備にはまだ早い時間だ。俺は今日の面談に、授業を休んで、昼日中に堂々と学校側と対峙したのである。帰った時間もずいぶん早めだ。部活を引退したりこですら帰っていない時間だ。きっとまだ授業中だろう。
「ごめんね、ハル。母さん、なんもわからずにあんたを叱っちゃって」
母さんは謝った。でも、本当は謝るべきなのは俺だ。
「いいよ。せっかくの修学旅行代、無駄にしてごめん。もっと冷静に行動すればよかった」
「そうね。先生に報告して、学校に確認を取るとかね。あんたはいろいろ先回りして考えることができるクセに、たまに直情的よ。悪いとこだわ」
うぐ。ぐうの音も出ない。むしろ、なんでそうしなかったんだ、あのときの俺。自分の行動がバカみたいで、恥ずかしくなった。
「あんたの一番良くないところは、まだ本当に信じられる人がいないことよ」
母さんが俺のほっぺたをぺちんと挟んで、目を覗きこんだ。
「そんなことは……」
ない。俺は仲間が、友達ができた、はず。
「そうでないなら、もっと頼ること。抱え込まないこと。いいわね、ハル」
母さんが珍しく強く言った。
「はい」
俺は素直に返事をした。




