第八話(2)
学園祭が三日後に迫る。教室や、教室の中に納まりきらない飾り付けなどが廊下に溢れて、いよいよお祭りの雰囲気が出てきた。
私がクラスの出し物に必要な買い出しに出掛けて、学校の敷地に戻ると、出掛ける時にはなかった学園祭のゲートが立ち上がっていた。華やかに飾り付けられて、いよいよという雰囲気。
「理々香じゃないか」
呼ばれて振り返ると、葉月先輩が私と同じように買い物袋を提げている。
「先輩も買い出しですか?」
「ああ。たこ焼き屋の具材。足りなくてさ。そっちの出し物はなに?」
「フルーツドリンクショップです」
私が掲げた買い物袋はずっしり、フルーツたっぷり。
「なんか高価そうだな」
葉月先輩は、今まさに私たちがぶち当たっている問題を意図もあっさりと看破した。
「はい。だからシロップと氷で嵩ましするんです」
「そりゃあ、満足度が下がりそうだな」
ジュースだから簡単という安易な発想からの企画だったが、果物をなめ過ぎなのだ。
準備を進めるうちに発覚するこの企画の問題点。
原材料が高くて、スーパーで仕入れるととても高価なジュースが出来上がってしまう。中高生や近隣の住民を相手にする模擬店で、千円を超えるドリンクは、リスクばかりが先行して、成功する気がしない。
「天気予報次第だけど、かき氷に変えたほうが良いかもね」
「春詩先輩、いまなんと?」
「かき氷に変えたほうが……」
「天才ですか?!」
「フルーツは、スライスしたりシャーベットとかにして、トッピングみたいにしたら豪華っぽく見えるだろうし」
「センパイ、ありがとうございます!」
私は猛ダッシュで教室に戻る。出かける前より一年生教室の廊下は乱雑になっていて、お祭り感より、これ間に合うの? という感覚の方が強まってきていた。
一年三組に駆け込んで、私はかくかくシカジカ、伝説の技法に則って手短に説明した。
「いや、でもジュースって言っちゃってるしなあ」
わけのわからない反対意見が出るので、材料の値段と販売価格のことで、喧々諤々の議論をしてなんとか、かき氷メニューを用意させた。
そんな脇を、するっと井出が出ていく。それをとがめるクラスメイトは、誰もいなかった。
私も、彼には関わりあいたくない。
だが。
「井出くんの担当部分、終わってないよ……」
そんな井出を、体育祭で一年三組の実行委員を務めた白石さんが呼び止めた。正直私にとっては意外だった。白石さんの性格は、いつも声の大きな人々に遠慮して、ただ従うタイプ。良くも悪くも波風を立てない人間と思っていたのだ。
「いいだろ、別に。俺がいなくってもさ」
井出は、なんだろう、少しばつが悪そうにして、やっぱり出ていくには出て行ったが、ちょっと機嫌が悪い男子くらいにしか見えなかった。
私も白石さんのように、がんばって引き留めるべきだったのだろうか。
◆◇◆◇◆
買い出しで仕入れた具材を二年一組の教室に運び込んで、お役目御免。ああ疲れた。
あとは仕込み部隊がやってくれる。生ものを保管するため、冷蔵庫まで持ち込む張り切りようだからな。任せた方がいい。こういうのは、得意な奴らがぐいぐいやってくれて助かる。
任意解散という事らしいから、俺は学園祭直前の雰囲気を味わってから帰ろうと、校内を散策したのだ。
正直、後悔している。まっすぐ帰ればよかった。
中庭の隅で、井出が三人の不良グループに囲まれるように座っていた。一人は藤原だ。
うっかりそこに通りかかってしまった。それどころか、藤原と目が合ってしまった。
「葉月春詩、だったよな。おまえも飲むか? ジュースおごってやる。井出、金貸せよ」
「は……はい……どうぞ」
井出が藤原の指図で寄ってくると、俺に百円玉を差し出した。
すっかりおびえた様子で、井出がかわいそうに見える。
「井出、いらないよ。それよりお前、こいつらに金をとられたりしてないか?」
なんでこんな強気なことを口走ってしまったか、俺にもわからない。
藤原の取り巻きたちが声を挙げた。
「おー、俺たちカツアゲを疑われてるわけ?」
「心外だよねえ」
取り巻きどもが立ち上がって俺の両側に立つ。なんだろう、こいつらって、本能で威圧する方法を知っているんだろうか。敵意を持つ人間が視界の両端にいると、とても警戒が難しい。
「井出、お前、もう行っていいよ」
格好つける気はないけど、井出もやっぱり一年生だ。正直関わり合いにならなくて済むなら、放っておいたけどな。仕方ない。ついでだ。
ただし、俺もソッコーで逃げるぞ。あと半年我慢すりゃ、この不良たちは卒業だ。逃げ続けてやるよ。
井出は俺の言うことを聞いていいのか、聞いたら藤原に殴られるんじゃないかと、動けないでいた。そこまで恐怖を刷り込まれちゃったか。
ほんと、仕方ない。
「先輩、こんなところでなんかあったら、すぐ問題になりますよ」
藤原が悠々と立ち上がって、正面に立つ。
「ここじゃなきゃいいんだろ?」
「体育館裏にでも呼び出しますか? きょうび誰も来ないでしょ」
ちっ、と藤原が俺の肩を小突いて歩き出す。
「井出ぇ、俺の言ったこと忘れんなよ」
藤原の捨て台詞に、取り巻きが井出のほっぺたをぺちんと叩いて藤原に続いた。
ああもう、怖かった。
一方の井出は、藤原たちとは反対方向へ立ち去ったのだった。
礼の一つくらい言えんのか……。まあ、井出によく思われていないのも知っているけどさ。
「葉月」
低い声が、苗字一つで俺を呼んだ。
「一ノ瀬先輩、見てたんなら助けてくださいよ」
現れたのは、長身の三白眼。
「お前なら、なんとかできるだろう」
「腕ずくになったら、ほんと無理ですから」
「俺もあと半年しかいないんだ。自分で考えろ」
そうしたら、あんな面倒くさい不良もいなくなってるでしょうよ、と内心で反論しておいた。
そして土曜日。ついに学園祭一日目、開幕。
体育祭に並んで、地域に対してオープンな催しなのが、青陵学園の学園祭だ。
飾りつけされた校内を、近隣の住民や他校の中高生が練り歩いている。
――さあ、学園祭ぃ、スタートだっ!
放送部が張り切った声で祭りの開始を宣言した。
校内放送は、放送部が校内ラジオと称して、ラジオ番組風の放送を学園祭期間中ぶっ通しで何かを垂れ流す。いままさにそれが始まったところだ。掲示板(リアルな方と校内SNSの両方)には番組表も貼りだされていて今年も面白そうだ。
最初は校長へのインタビュー形式でのあいさつ。校内はがやがやしているし、ところどころしか聞いてないが、放送部が校長の話をうまく笑いのネタに変えている。校長の話が長くなりそうなところでDJが話題を転換しているので、ああ、いつもの長い話もこの形式でやってくれないかな。
なんてことを思いながら俺は……たこ焼きを焼いていた。
適度に在庫分を焼きながら、隣の鉄板ではクラスメイトがソースを熱い鉄板に落としている。
うまそうな匂いを漂わせる作戦、だってさ……なるほど。
それがうまくいったのか分からないけど、最初のたこ焼きが焼きあがる前に客が来て注文が入った。しかも、バタバタっと追加も入る。
いま焼いてるのを焼き上げて、追加分もささっと焼かないと。
焦る。練習したけど、慣れてないんだよ。
「兄さん、おはよう」
「お?」
そんなとき、莉緒が顔を出してくれた。今朝はそれぞれ集合時間が違うから、家を出るのもバラバラだった。俺がぐうたらしている間に莉緒は家を出たので、今日初めて顔を合わせたのだった。
「朝ごはん食べずに来ちゃったから、一つください」
「ん、五百円な」
莉緒の細い指先が、俺の手に五百円玉を乗せる。
「葉月せんぱぁい、うちらもくださいー」
柚葉と理々香もゾロゾロとやってきた。二人は莉緒と別行動だったみたいで、カウンターの前で莉緒とも挨拶を交わしている。
“葉月家”のメッセージグループにたこ焼きを焼いていると書いたので、義理で来てくれたらしい。
なんと、その後ろにも、朝食がわりの軽食としてのチョイスがひろまったのか、列ができ始めた。
「理々香たちのクラスは、どうなったんだ?」
彼女らに話しかけるのは、焦るなと、半ば自分に言い聞かせるためだ。客商売なんて慣れてないからな。
「おかげさまで、体裁だけはなんとか」
桐原理々香は難しい顔をした。こっちはなんだか、たこ焼きが売れ始めたので、ちょっと上から目線の余裕が生まれていたわけで、まあがんばれ。
莉緒、理々香、柚羽の注文をさばくと、クラスメイトが肩を組んでくる。
「なあ葉月、どうやったら女の子にモテるんだ?」
莉緒たち三人は、教室の机と椅子を並べただけのイートインコーナーで、たこ焼きを堪能していた。それを眺めてクラスメイトはぼやいたのだった。
何を言ってやがる、この忙しい時に。というかあのグループの三分の一は男だぞ。俺は兄としてのスタンスを脳裏で主張する。まあ、コイツの言わんとすることは分かるけど。
だって莉緒はかわいい。
そのあと行列は長くなり、俺は莉緒たちが食べ終わって自分たちの教室に戻っていくのも気づかないくらい忙しさに追われた。出だしは上々だ。
昼前に、担当の時間を終えてやっと一息。今日の仕事は終わりだ。
校内ラジオは昼どきの番組を流している。飲食店系のクラスを紹介したり、午後の出し物のスケジュールを喋ったり、ああそれから、ゲストで真白が登場した。
そういえばメッセージグループで、出演するって言ってたっけ。
校内ラジオは、一時間くらいずつ間をあけてゲストトークのコーナーを設けて間を持たせている。ゲストが次のゲストを紹介するんだとか何とか。そんなテレビ番組あったよな……。
――そういえば会長、本年の重大トピックでいうと、彼氏ができたんですって?
――えっ!?
真白の裏返った声がスピーカーに乗る。
――彼はどんな人ですか?
――プライベートなことは、ちょっと……。
――ではせめて、会長にとってどんな存在か教えてください。他の男子の留飲も多少は下がると思いますので!
マイクがごそごそと押さえられたようなノイズが入る。真白のささやかな抵抗かもしれない。まあまあ、一言だけでも、とDJが宥めるのだけはしっかり入っている。
――ええ……っと。彼は……。
『 彼 』 という単語が出ただけで、そこかしこの教室から野太い悲鳴が上がる。俺は身の危険を感じずにはいられなかった。
――彼は、やさしいひとです。そのために、行動をおこせるひとです。彼が守るものを、私も守りたいし、彼の守るものの中に、私も居られたら……いいと思っています。
俺は、いつの間にか廊下で立ち止まって、真白の声が流れるスピーカーを見上げていた。
(……真白)




