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ただのモブ(大嘘)がTSした原作主人公の代わりに逆転世界で頑張る話 ―女性特効ラスボスは俺が倒す―  作者: つくもいつき
1年目春 過去からの刃編

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第67話 モブとカイウス




-モブ Side-



 レベルアップ──。

 へっへっへっ、なんてグレートでわんだほ~な出来事だろうか。

 いまだったら俺は大抵のことを(ゆる)すことができる。帰ってすぐに祝賀パーティーを開きたいぐらいだ。リヴィエ村からエッタたちも呼ぼう。



 だから、こう。礼拝堂の端で正座し、遅れて馳せ参じたアリスに怒られるのも、俺はどうにか耐えることができていた。



「レベルアップの光に包まれて、何事かと思って来てみたら……」



 腕を組んだままアリスが俺の前に立つ。

 階段側で拘束した二名の聖騎士はメイドたちに任せて来たらしい。

 黒いレザーブーツが鈍く光る。彼女は、俺の膝を踏んづけかねない位置に足を置いていた。

 俺は親に説教される子どものように、委縮しながら言葉を返す。



「はい、はい……。すいません……」



「私のいないところで勝手に死にかけて、マリーに癒してもらった? はあ? 勘定計算できないわけこの頭は? 中開いたらくるみよりちっちゃいんじゃないかしら?」



「いや~……。結果オーライってとこで……」



「あ゛?」



「ぴぃっ!!」



 頭のてっぺんに小麦肌の手が置かれる。わしゃわしゃと髪をかき回された。

 たまらず目を細める。

 歯向かおうと視線を上げたところ、鷹のような目で見下ろされた。



 な、なんて冷たい目をした女だろうか。このままだと食肉処理場に送られかねない。

 俺はすくみ上った。

 母セリアや祖母アウレリアと近い圧を、俺はアリスから覚える。



 俺はアリスの追求から逃れるように視線を逸らす。ちらと左手側に目を向けた。

 そちらでは、まだまだマリーによる告白が続いている。



 壁にもたれかかって脚を放り出すカイウスと、その隣で正座するセレスティーネ。

 そして、ふたりの正面に座って相対するマリーを俺は眺め見る。



 マリーの言葉に、セレスティーネたちは神妙な顔つきで耳を傾けている。

 その最中、マリーの後ろで、カナメ、カーラ、ルールルーがずっと見守るように立っている。警戒の色を各々光らせ、マリーを守る気概を見せていた。



 喜ばしい光景だ。

 カーラが馴染んでいるのを見て、俺は口角を上げる。



「……ねえ、モブ?」



 猫なで声が頭上から降ってくる。

 まずい。なにがまずいとは具体的には説明できないが、俺は反射的に顔を上に向ける。



「わっ」



「……」



 薔薇の香りが鼻先をくすぐった。

 生温かい吐息が首元にかかる。

 気づいたら視界は赤いケープ一色になっていた。時たま、黒のチョーカーに結び付けられた金の輪が揺れ、気を取られてしまう。



 首の根に、屈んだアリスの重さが加わっている。

 いつの間にやら、アリスに正面から抱き着かれる形となった。



「あ、アリスさん?」



「こそばゆいわね、喋らないで」



 理不尽か?

 反論する間もなく、アリスが言葉を続ける。



「モブ。──あなたの価値は、命は、測り知れないの。同じことをするななんて私は言わない。でも、自分の価値のこと、ちゃんと憶えときなさい。計算して。……いいわね?」



 言葉尻が上ずっているのを聞き、俺は深くため息を吐く。

 相当な心配をかけたことを自省する。

 アリスの背に手を回し、赤いケープ越しに彼女の背を撫でた。

 ぴくりと肩が跳ねる。

 気にせず、俺は言葉を返した。



「ああ、気をつける」



「──うん」



 アリスが離れていく。

 潤んだ黄金の瞳とは、視線が合ったまま。

 どちらかともなく視線を外した時には、左手側で行われていたマリーたちの説明も、終盤に差し掛かっているようだった。




◆□◆




「……そう、だったのね」



「……」



 話を聞き終えたセレスティーネが視線を落とし、自身の膝に乗せた手を見つめている。

 その隣のカイウスは目をつむったまま。

 俺は立ち上がり、アリスと共にカイウスたちのそばに寄った。



 地下礼拝堂は、まだ戦いの名残を抱えている。

 濡れた石床にはいまだ血の筋が薄く残る。祈祷陣の水光が割れた石の縁を淡く照らしている。焼けた鉄と、聖素の冷たい匂いが混じり、息を吸うたび喉の奥に引っかかった。



 水たまりに足を踏み入れる。

 俺たちの足音に気づいたのか、マリーがこちらを見上げてきた。指を組んだまま、俺に向かってマリーは頭を下げる。



 マリーはまぶたを薄く開く。そこから覗いた水色の瞳を見て、俺はどことなくうすら寒さを覚えた。

 な、なんだこのプレッシャー? 祈りとも熱ともつかないものが瞳に宿っていた。



 気にし続けてもしょうがない。

 いまはそれより大事なことがある。

 俺は立ち止まる。

 口を閉ざすふたりと、その正面で正座するマリーを見下ろす。

 セレスティーネに、俺は話しかけた。



「それで、セレスティーネ様。あなたは、どうお考えで?」



 マリーが半淫魔であること。

 当時起こした事故は、不慮の事故であったこと。

 事故を起こして以降は、半淫魔に覚醒したため、女神教国に居ることができなくなったこと。

 マリーが事故を起こしたのを深く悔いており、いまもなお被害者たちに仕送りという形で贖罪していること。



 それを知ったうえで、セレスティーネがどういった選択肢をとるかを俺は待つ。

 ダガーホルダーに指をかける気はない。

 じっと、俺はセレスティーネの薄桜色の瞳を見つめる。



 やがて、セレスティーネは俺に微笑んで返す。

 俺からマリーへ、彼女は顔を向けた。



「マリー」



 呼びかけられたマリーの肩が、ぴくりと跳ねた。

 セレスティーネは腰を浮かせ、マリーに膝を寄せる。

 マリーの手を自身の手で包み始めた。

 恐る恐るといった具合に、マリーはセレスティーネと目を合わせる。

 そんなマリーに、セレスティーネは頬を緩めて返していた。



「『祝福を独占せず、痛みを抱える者と分かち合え』」



 女神教の教義のひとつ──。俺は眉根を上げて聞く。

 セレスティーネは、マリーの手を包んだまま続けた。



「マリー。あなたもまた、生まれながらに痛みを抱える者です。私は、血筋だけを理由に断罪すべき対象と見なしたくない。あなたのこれまでの行い、祈り、償いを踏まえたうえで、私はあなたへの断罪は不適当と、判断します」



「セレス……」



 答えはそれだけで十分だった。

 セレスティーネのことを、マリーはまぶしそうに見返す。

 張り詰めていた空気が、わずかにほどける。

 ふたりの間に、これ以上の言葉は不要だったみたいだ──見つめ合うふたりを見て、俺はそう感じ取る。



 やがてセレスティーネがマリーから手を放す。

 彼女は振り返って、壁にもたれかかるカイウスに言葉をかけた。

 薄桜色の瞳にはもう、迷いの色はない。



「カイウス。私はこのように判断しました。これで私が、聖女候補を追われようとも、私は構いません。──私は、自身の信じる道を、歩みます」



 カイウスが首を小さく横に振った。

 セレスティーネの覚悟を前に、彼は目を細めている。

 なだめるような声色で、彼は言葉を返す。



「いいえ、それには及びません、セレスティーネ様。……あなたが聖女候補を辞すれば、アリアーデ猊下(げいか)は悲しむでしょう。審問派のノクティア様や改革派のルチアナ様が聖女になることを、猊下は望んでおりません」



「ルチアナ……?」



 マリーがカイウスの発言に驚いている。

 俺が知るかぎりでは、マリーの女神教国時代の妹分だったか。

 マリーの反応を気にした様子もなく、カイウスは言葉を続ける。



「セレスティーネ様。私はもう、マリー・バッドガールを断罪する気は、ありません」



「!」



「私の負けです。……手は尽くしましたが、届きませんでした。残念です。細い道とはわかっておりましたが──」



 カイウスが天井──いや、地下礼拝堂の祭壇のほうに目を向ける。

 その先には、白い女神像があった。

 石の女神像は、指を組んで俺たちを静かに見下ろしている。



「カイウス、あなたはなぜこんなことを──?」



 セレスティーネが恐る恐るといった様子で尋ねる。

 俺もまた、カイウスの言葉を待った。

 初めて会った時、この男は、被害者たちへの義憤を語っていた。



 カイウスは女神像から目を背ける。

 短く、彼は答えた。



「個人的な執着、です」



 カイウスが、今度は天井を見上げる。

 灰色の瞳は、天井を越えて遥か向こうにあるものを見ているように、俺には見えた。

 カイウスの独白は続く。



「レベルを落とされた男性の聖騎士見習いたち。いまの彼らは、自分がかつて聖騎士を目指したことすら忘れようとしています。……ルーカスを始め、彼らがいまどうしているか、あなたもご存じでしょう?」



「え、ええ」



「年の近い女騎士の世話役。あるいはあなたやノクティア様、ルチアナ様の身辺を支える役目。|送り主の名がない仕送り《・・・・・・・・・・・》を受け取りながら、彼らは穏やかに暮らしている。……だが」



 カイウスが言葉を切る。

 鎧の上に置かれた組んだ指は、どこか弱々しい。

 灰色の瞳が、潤みを帯びたのを、俺は見つけた。



「そこにはもう、聖騎士を夢見て、己を律していた姿はどこにもない。彼ら自身、自分が聖騎士候補であったことを恥じ、あなた方に奉仕することこそが正しい男の生き方なのだと、口々に語る」



 マリーの顔が青ざめている。

 自分の行為の結果が、被害者視点の声として届いている。生々しく、反響している。



「彼らは過去を歪めることで、いまの自分を守ろうとしたのですよ」



 決定的な言葉だった。

 震えるマリーの肩に、そっとカーラが手を置いたのが目に入った。

 セレスティーネさえも、唇を強く結んで、カイウスの言葉に耐えている。



「……私はそれを、見逃すことが、できなかったのです、セレスティーネ様。同じ男として、男の聖騎士の先達(せんだつ)として──」



 カイウスの口元が、わずかに歪む。

 笑っているようで、笑っていない。



「マリー・バッドガールが異端に連なる存在だとわかれば、すべてが変わると思った。教国は被害者である彼らを大々的に(いた)み、手を差し伸べるだろうと……。支援を受けた彼らは再び、聖騎士を目指していた自分に向き合い始めるだろうと……。──私の思い上がった、願望です。けれど、私はそうであって欲しいと思った。だから、事件の真相を調べ始めたのです」



 カイウスが顔を伏せる。

 一拍(いっぱく)だけ時間を空けて、再度彼は天井を見上げた。

 潤みを帯びる灰色の瞳を、俺はじっと見つめ続ける。



「──マリー・バッドガールに対する彼らの擁護や沈黙。それが、自由な意思によるものではなかったと、私は彼らに気づかせてやりたかった。過去を歪めなくてもいいのだと、彼らに教えてやりたかった」



 誰も、すぐには口を挟まなかった。

 濡れた石床に落ちる水音だけが、やけにはっきり聞こえる。

 カイウスの上ずった声が、礼拝堂に響く──。



「彼ら自身さえ忘れようとしている、かつての彼らの積み重ねに、私はただ、報いてやりたかったのです」



 カイウスが、そこで初めてマリーへ視線を向けた。

 灰色の瞳に残る熱を見て、マリーの肩が小さく震えている。



「マリー・バッドガール」



「……はい」



 マリーは指を胸の前で組み直し、声を絞り出す。

 カイウスの言葉を、彼女は覚悟を持って、迎え入れようとしているように俺には見えた。

 対して、カイウスは温かみのある声色で、続ける。



「あなたを調べ、小教会で話を聞くたびに、自分が正しいことをしているのか迷いました。教国にいた頃と変わらず、あなたは人々に好かれ、多くを与え、私が信奉していた頃のあなたのままだった」



 その言葉に、マリーの水色の瞳が揺れた。

 責められることより、責めきれないことのほうが、いまの彼女には重いのかもしれない。

 カイウスは、かすかに笑った。



「……あなたが、断じるべき悪であったならよかった。淫魔として残酷に、尊大に振る舞ってくれていたならば、よかった。ふふっ、そうなら、私は(おの)が信じる道をまだ歩めたというのに……。ままならぬもの、ですね」



 カイウスが天を見上げる。

 カイウスの目じりから、大粒の涙がこぼれていった。壁の聖素結晶が冷たい光を受けて、頬を伝う雫がきらめく。

 カイウスの独白は、俺の胸に迫った。



 俺はカイウスを許したわけではない。

 この男がマリーを追い詰め、俺たちどころか市井の人を巻き込み、越えてはいけない線を越えたことは消えない。

 それでも、同胞のために戦った彼のことを、俺は憎みきることはできなかった。



 やがて彼は、セレスティーネへ頭を下げた。



「セレスティーネ様。あなたや他の聖騎士を、私個人の執着に巻き込んでしまったこと、お詫びします。……バカな真似をいたしました。いかなる処罰も受け入れます。そしてマリー・バッドガールとその仲間。……誓約をしましょう」



 誓約という単語を聞き、セレスティーネが喉を、小さく鳴らした。

 俺の隣のアリスも身を強張(こわば)らせる。

 責任の取り方として不足がないか、頭の中で帳尻を合わせているかのように、アリスは静かにカイウスを見つめている。



「いまとなっては、私の口をつぐんでいたほうが多くの者にとっての幸せとなります。ならば、魔法誓約を結んで万が一の漏洩も防いだほうがいいでしょう」



「カイウス、それは……」



「私が、そうしたいのです、セレスティーネ様」



 指を伸ばしかけるセレスティーネを、カイウスは言葉で止める。

 カイウスの提案を聞き、俺とアリスはすぐに目配せする。

 アリスはうなずく。俺もうなずき返し、問題がないことを確認する。



 魔法誓約は、契約の精霊を通して、自身を縛る魔法だ。

 気軽な口約束を補強するためのものではなく、誓いの重みを自分の魂に刻む。



 相手の同意も、対価も必要ない。破った時の反動は誓った本人へまっすぐ返る。

 実際、風の王国では過去に守秘誓約を破った政治家が議場で倒れ、そのまま息を引き取った例がある。



 アリスが、カイウスに対し口を挟む。



「魔法契約じゃなくていいのね? 必要なら、私が結べるけど」



「ええ。誰かに何かを求める気はありません。私自身の舌を縛るだけなら誓約で問題ないでしょう。不要です」



 カイウスは腰の袋から三枚の魔力紙を取り出した。

 灰色の魔力光が彼の指先にともり、紙面へ何かを書き込んでいく。

 それぞれ三回。おそらくは、写しとして三枚の誓約書を作っている。



 カイウスは誓約書二枚をセレスティーネに差し出す。

 セレスティーネは目を通し、最後の一文で指を止めた。



「カイウス。これは……」



 それから、セレスティーネは強張った指で写しを俺たちへ渡してきた。

 俺とアリスで覗き込む。

 文面は、短かった。



【誓約者カイウス・オルフェンは、契約の精霊オルディンの名において誓う。


 マリー・バッドガールに関わる一切の秘事を、本人の許しなく漏らさず、利用せず、これをもって誰も害さない。


 この誓いに期限はない。

 命令、信仰、職責、恐怖、利得、強制のいずれも破誓の理由とならない。


 誓約者が故意または悪意をもってこの誓いに背かんとする時、誓約はその言葉と行動を封じる。

 なお背こうとするならば、カイウス・オルフェンは命をもって清算する】



 最後の一文で、俺も息を呑む。

 アリスの目つきが、一段鋭くなっていた。



「命まで懸けるのね」



「ええ。構いません」



 マリー、カナメ、カーラが見開いた目をカイウスに向けた。食い入るように全員がカイウスを注視する。

 カイウスの動きによどみはない。

 続けて彼は手元の文面を声に出して読み上げる。

 魔力紙の文字が灰色に光り、光は細い糸のようになって彼の胸元へ吸い込まれていった。



 直後、吸い込まれなかった最後の一筋が、宙で小さな結び目を作る。

 そこから、灰銀の霊が現れた。



 掌に乗るほどの小さな姿。灰色の長衣をまとった書記官のようでありながら、顔立ちは老若男女のどれにも見えない。

 灰の糸のような髪が揺れ、片目には硝子のない片眼鏡めいた輪が浮かんでいる。細い指には羽ペンと小さな天秤を持つ。

 足元には影の代わりに、読めない文字列が流れていた。



 契約の精霊オルディンの分霊。

 誓いの保証者。

 分霊は俺の手の内の二枚の写し、カイウスの手のうちにある写し、そしてマリーの顔を順に見た。

 羽ペンの先が、空を軽く叩く。



【受諾。誓約はオルディンの(ちょう)、そして(なんじ)の魂に記録された】



 女性とも男性ともとれる中性的な声。

 魔力紙の隅に、天秤と鍵を組み合わせた灰銀の印が浮かぶ。

 分霊はカイウスへ静かに頭を下げると、文字列の霧となって消えた。



 地下礼拝堂は、静まったまま。

 先ほど行われた厳かな儀礼が空気に重みを与えている。

 割れた石床に落ちる水音さえ、さっきより遠い。



 残りの誓約書を、カイウスはセレスティーネに手渡している。

 それからカイウスは、数瞬目を閉じ、ひとつ息を吐く。すべてをやり遂げたかのように、息は深い。

 再び目を開けた時には、カイウスの灰色の瞳は正面にいる俺たちのことをじっと捉えていた。



「カイウス様」



 沈黙をマリーが破る。

 声に応じるように、カイウスがマリーに顔を向ける。

 マリーは胸に手を添えながら、言った。



「……私への断罪を留めてくださったこと、深く、感謝します」



 マリーが胸の前で軽く拳を作る。

 それから、言葉を継いだ。



「……あなたがこの街に来たと聞いた時、ついに罰せられる日が来たのだと思いました。それだけのことをしでかしたのだと、いまも思っています。ですが、私はもう、何があってもこの街を離れるわけにはいきません。血を明らかにして、断罪を受けるわけにも。──こんな私の力を、必要とする人たちがいます。……(ののし)っていただいて構いません。ただ、これだけは誓えます。私は自分が犯した過ちに、これからも向き合って、生きていくと」



 カイウスは目をつむる。

 マリーの答えに満足したのか、しないのか。表情からは読み取ることができない。

 短いまばたきののち、小さく口角をあげて、カイウスは応えた。



「……ええ。そのようにするのが、よいかと。それが、被害者たちにとって、せめてもの救いになるでしょう。……申し訳ありませんでしたな、マリー()。私のわがままに付き合わせて」



「カイウス、様」



 マリーが、か細い声を上げる。

 目は伏せない。必死にカイウスの目を彼女は見つめている。

 カイウスが起こした今回の騒動まで、自分の罪に数えようとしているのが、俺には伝わった。



「これ以上の言葉は不要です。……最後に、モブさん」



 俺は眉根を上げる。

 膝を杖替わりに立ち上がるカイウスを見守る。

 恰幅のいい体は、戦う前よりも小さくなったように見えた。

 金属音が鳴る。近寄ってきたカイウスは、俺を見上げてから、言葉を続けた。



「もし、次に会った時には、私は聖騎士ではなくなっていることでしょう。レベルもきっと、下がっている」



「……」



 俺は目を細めて、カイウスを見下ろす。

 脇腹の鎧には、俺が穿った穴が残っていた。焼け焦げた縁から、まだうっすらと臭いが漂う。



 視線を交わした途端、カイウスはくすりと笑う。

 その目に、もはや怨恨の色はない。

 憑き物が落ちたかのような眼差しを、彼はたたえている。



「さみしく、なりますな」



「……ええ。そうかも、しれませんね」



「私が思うに、あなたはまだまだ前で戦う技術がつたない。もっと鍛えたほうがいい」



「──はい」



「ふっ。余計なお世話、でしたかな? ……それでは」



 そう言って、カイウスは両手を俺の前に突き出した。

 掌を上に向け、手首をそろえる。

 俺はすぐに意図を察する。

 拘束しろ。

 カイウスの瞳が雄弁に物語る。



 この地下礼拝堂を出た時、他の聖騎士や小教会の人たちにどのように見られるかを考えての行為。

 喉の奥で舌打ちを噛み潰す。

 つくづく、最後まで形にこだわる男である。



 カイウスの後背で、セレスティーネたちが息を呑んでいる。

 俺はカイウスの求めに応じる。

 ダガーホルダーを外して、革のベルトを彼の両腕に巻き付けた。

 きつく締め付ける前に、俺は手を止める。



「モブさん?」



 片眉を上げるカイウスから俺は視線を切る。

 ぼそりと、彼への敬意を、俺は口にした。



「……あなたに、女神の導きあらんことを」



「!」



 俺がそう告げると、カイウスは腕を震わせた。

 俺は革のベルトを結び終える。

 顔を上げる。カイウスが俺の手に視線を落としているのを、俺はすぐに見つける。



 女神の愛を受け取る資格が自分にまだあるのか。

 それを確かめるかのように、カイウスは手元を見つめ続ける。あって欲しいと、俺は願った。



 カイウスの目尻にじわりと雫が浮く。

 やがて雫はひと粒落ち、革のベルトを叩いた。



「……ええ」



 カイウスのつぶやきが、礼拝堂の中に溶けていく。

 その濡れそぼった弱々しい声は、いつまでも俺の耳に残り続けた。




◆□◆




 カイウス・オルフェン。

 レベル4の男の聖騎士。

 交易都市ミカの小教会にて、一般市民に対し不当に武力を振るい、複数名に傷を負わせたことにより、拘束・逮捕される。

 聖女候補付きの聖騎士たちが、カイウスを捕らえたと記録には残る。



 身柄は大聖堂預かり。正式な処分は、教国本部への照会と、聖騎士団内の審問を待って下されることになった。



 地下礼拝堂で交わされた誓約の詳しい文面も、マリー・バッドガールの秘密も、(おおやけ)の記録には残らない。

 表向きには、ただひとりの老聖騎士が越権の責を問われた。

 それだけの事件として扱われる。



 カイウス・オルフェンが引き起こした騒動は、こうしてひとつの区切りを迎えた。






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