第53話 逆転世界におけるデートの流儀 ~男子たちのお茶会~
春シーズン第九週七日目、昼。
俺は目の前に座る男子ふたり──同じクラスのレン・リーダとシモン・アウクシルに昨日の出来事を語っていた。
『あ、あ、あ、遊びにぃ~~~~っっ!? わ、私がっ、も、モブくんとぉっ!?』
『あ、ああ。マリーにも声掛けてるけどな? 三人でどっか行きたいなって』
『い、行くっ、行きますっ! き、きっと楽しませるからっ、頑張ります!!』
『お、おう。頑張れ?』
場所は交易都市ミカ北部にある学院前通りの交差点。
その一角にある、学生喫茶〈シュガークレスト〉の二階個室で俺たちは休んでいた。
今日は、レンがいま流行りの浮遊帆船の模型を買いたいということで、交易都市ミカ内に繰り出したのだ。
雑貨店(俺の実家であるアイカータ商店の二号店)を紹介し、その帰りに三人で軽食を取ろうという話になり、この店を選んだ。
個室の戸の向こうからは笑い声や試験の愚痴、椅子を引く音が絶えず流れてくる。
冒険者学校(一般校)の隣に併設された店ということもあり、店内には余暇を楽しむ生徒の姿が多い。
ほとんどが、レンやシモンと同年代の街の子たちだ。見知った顔も多く、こちらに混ざりたそうに声をかけてくる連中もいたが、俺は「また今度な」と丁重にお断りしていた。
焼き菓子の砂糖を焦がした甘い匂いに、茶葉と温めたミルクの湯気が混じる。そこへ揚げ物の油の名残が薄く差している。
さっきつまんだ揚げ芋の塩気を押し流すため、俺はコーヒーを口に含んだ。
カップを置き、俺は話を再開する。
「でそっからもう、カーラ、うわの空。『きっと楽しませるから』って、なんのこったって思ったけど、結局聞けなかったなあ。……どした、レン?」
女子だらけの打ち合わせとは違う気安さもあって、俺は少しだけ肩の力を抜いている。
そんな中、レンはため息ひとつ吐き、俺に細めたまなざしを送る。
「……尻軽め」
「れ、レン様。そのような言い方は」
レンがぼそりとつぶやく。ずいぶんな言い草である。
シモンが眉をひそめ、たしなめるように手を伸ばしかける。
黒い革手袋がレンの灰色のチュニックに触れる寸前、レンはまた口を開いた。
「自分から誘うだなんて、はしたないと思わないのか、お前? それも、女ふたりに男ひとりだなんて、いくら同級生でパーティを組んでる仲と言えど、危機感がなさすぎるぞ」
「あ~……」
レンの指摘に、俺は頭をかく。腕を上げた拍子に、渋めの深紅のシャツの袖口が少し乱れた。
水の王国をはじめ、ほとんどの国では、遊びの誘いは女性から。
男性が誘う文化が強いのは、火の帝国ぐらいなものである。とはいえ、火の帝国は女性のほうがもっとぐいぐい来るのだが。
俺の行動は生真面目なレンとシモンから見れば遊び人のように感じたのだろう。
図星ではある。
「いやー、パーティ内の親睦を深めようと思っただけでして」
「ふん、パーティね」
レンが砂糖たっぷりのコーヒーに口をつけ、カップを下ろす。
受け皿とカップが触れ合い、鈍い音が響いた。
目当ての模型を見つけた時の笑顔はどこに消えたことやら。
近頃、俺が固定パーティ関連の話題を出すと、レンは露骨に機嫌を悪くする。それでいて、パーティの活動内容や俺の様子をたびたびうかがってくるものだから困ったものである。
なぜ自分たちと固定パーティを組まないのか──レンがいらだつ理由は察しているが、俺は言及しない。
それがレンの機嫌をさらに損ねようと、俺は態度を変える気はなかった。
「それで」
「ん?」
レンが青緑の瞳を俺から外す。
窓の向こうを見ながら、レンは俺に尋ね出す。
「その、カーラたちとどこに行くとか、もう決まってるのか?」
「いや、まだ決めてないけど」
「そうか、なら、この街で行きたい場所はあるか? もらってうれしいもの、とか」
レンが翡翠色の前髪を右手の指先でつまむ。
くるくると、いじり始めた。
「べ、別にこの街に限らなくても、いいぞ」
「……なるほど?」
唐突な質問に、俺は隣のシモンを見やる。
深緑の瞳と視線が合う。
シモンは肩をすくめ、困ったように眉尻を下げた。
ふたりは最近、カーラと臨時パーティを組むことが多い。
何度かの冒険を経て、魔導板帳を交換する間柄でもある。
この質問も、カーラに相談を受けたのだろう。男性との恋愛経験がないカーラが、ふたりにすがったことは容易に想像できた。
ずいぶんと仲良くなったものだと、俺は感心した。
「そうだな~」
もらってうれしいものはエロ本! ……とはさすがに言えまい。
自分の性癖にあったものを探すのがエロ本収集の醍醐味なのだ。もらうっていうのもおかしな話だろう。
それに、禁欲中の俺にとってはいまやエロ本は毒なのだ。いっさい楽しめない。ちくしょう。
「食うのも飲むのも好きだから、ご飯どころならわりと何でも。あと俺、しゃべってたらだいたい楽しいし」
「そうなのですね」
「……もらってうれしいのは?」
「実用品かな。考えて贈ってくれたらなんでもうれしいぞ」
「……そうか」
「カーラにはそう伝えておいてくれ」
「ぶっ」
レンがむせる。
口元に握った手を寄せ、ひとつ咳払いした。
「な、なんのことだ?」
「ばればれだっつーの。ふたりと遊ぶ場所、別にこっちで考えるつもりだったけどな」
俺がそう言うと、ふたりの表情が固まった。
ふたりそろって怪訝な顔つきになり、まっすぐに俺を見返した。
「モブ様、それは……」
「?」
「さすがに、カーラ様たちの顔を立ててあげたほうがよいと思います」
「まったくだ。水の王国でも、エスコートするのは女の役目とおばあさまが言っていたぞ? 風の王国でもそうだった」
「まあ、一般的にはそうだけども」
「なら、お前はどんと構えて待つことだな」
「はあ」
俺は気のない返事をしつつ、昨日のカーラの慌てぶりを思い返した。
レンとシモンに相談しているところを見るに、彼女は本気で俺を楽しませるための段取りを考えている。
三人で遊びに行くと言ったのにまったく。
いったいどうする気なのだろうと、俺は腕を組んで首を傾げる。
いや、待て──。
その時俺に電流走る。
カーラとマリーに段取りを擦り合わせさせれば、それ自体が親睦を深めるきっかけになるかもしれない──。
「ど、どうされましたモブ様」
「いや、なに。いいことを閃きましてね。いやー、今回はふたりの顔を立てるかー。しょーがねーなー」
「?」
きょとんと首を傾げるレンとシモンを横目に、俺はさっそく魔導板帳を二冊、腰の袋から取り出す。
カーラとマリーにそれぞれ連絡を送る。
【遊びに行く場所と段取りは、カーラとマリーに任せる。時間はあとで顔合わせた時に調整で! いったん希望の日時だけ送ってくれ】
うーんクソ野郎の所業。
自分から誘っておいてどうなんだとは思うが、チーム力強化につながる見込みがあるなら仕方があるまい。そう、俺は自身を納得させる。
これを見たふたりはどのような行動を取るのだろうか。
協力するのか、はたまた個別にデートプランを練るのか?
どちらに転んでもおいしい、と俺は思った。
ほどなく、魔導板帳の紙面がおのおの光る。
手始めに届いたふたりの集合案は、時間も場所も見事に食い違っていた。
◆□◆
春シーズン第十週七日目、朝。
本日は約束の日──カーラとマリーと出かける当日だ。
自室の鏡の前で身支度を整える。今日はレンガ色の長袖シャツに濃紺のゆったりしたズボン。動きやすさ優先だが、商家の息子として見苦しくない程度には整えた。
俺は部屋を出る。ふたりとの待ち合わせ場所へ向かった。




