第52話 新パーティの課題
春シーズン第九週五日目、夕方。
午前中に〈潮騒の人影〉の二回目の討伐を終えた俺たちは、戦闘の振り返りを行うことにした。
◆□◆
我が家にある四部屋のうちの左奥──ダイニングルーム。見た目だけなら酒場か食堂のようなその部屋へ、俺、カナメ、アリス、カーラ、マリー、ルールルーの六人が集まった。
壁の魔力銀盤へ触れると、シャンデリアの灯がひとつずつ咲き、黒檀のカウンターと六人掛けの卓の縁を鈍く照らした。磨いた木の匂いに、淹れてから少し置いたコーヒーの苦い香りが混じる。
午後の座学を終えた足で、みんなはそのまま俺の家に来た。全員まだ学校指定の濃紺の制服姿で、肩や袖には半日の皺が残っている。
「それじゃあ、第五回活動結果の振り返りを始めるぞ」
俺は〈魔法の携帯袋〉から、丸めた大判の魔力紙と真鍮の重しを取り出した。
薄灰色の紙を卓いっぱいに広げ、重しを四隅に置く。指先から魔力を流すと、赤い文字がすっと浮かび上がった。
先週から使い回している見直し用の魔力紙だ。
転生前、中学校の授業で使った模造紙のことを思い出し、俺は懐かしむ。似ているが、こっちはペンがいらない。魔力を通せば必要な箇所を、その場で誰でも書き換えられる。
六人とも、席についたままじっと魔力紙を見下ろす。
帰路の甲板で、戦闘に出た四人は長く口を開かなかった。
勝ちはした。だが、中級前の手応えとして数えるには、今日の内容は悪かった。
今日の戦闘にカナメはいない。だからこそ露呈した欠陥を、すぐに言葉と紙へ落としておきたい。こっちの世界の母さんに散々叩き込まれた仕事の振り返りを、俺は始める。
「まず、討伐そのものは成功だ」
俺は全員の顔を見渡した。
うーん、渋い顔が多い。明るいのはカナメぐらいである。
「大きな怪我なく戻ってこられた。みんな、よくやってくれた」
「うむ。よきかな」
うんうんと、カナメが腕を組んでうなずく。
それから、彼女は卓を囲む面々を見回し、眉をひそめた。
「な、なにやら空気が重いぞ」
「課題がたくさん見つかったからな」
ルールルー、マリー、カーラ、アリスは無言。
カーラに至ってはうつむいている。
この子らぴりつきすぎじゃない?
空気にあてられて俺の舌も少しばかり重くなる。
俺は紙の中央に浮かぶ、中目標欄を指した。
「俺たちは今年中にレベル5を目指す。そのために、まずは初級で勝ち筋を固めて、夏には中級ダンジョンをひとつ攻略する計画だ」
「うむ。いまのところ順調よな」
「ああ。予定どおり、先週は〈霧潮の入江〉のダンジョン核を各自調伏して、今週は〈潮騒の人影〉を二回討伐できた。ここまでは胸を張っていい」
誰もすぐには答えない。
拍手のひとつも入れたいところだが、俺はそのままトーンを落として言い切った。
「ただ、みんなの実力なら、少し改善するだけで消耗はもっと抑えられるはずだ。そうなれば計画を前倒しする余裕もできる。まずは、今日の計画と実戦のどこがずれたのかを振り返ろう。何が噛み合わなかったのか、対策をどうするか、決めようぜ」
俺の発言に、一同が首を縦に振る。
あまりの気まじめさに浄化されそうだ。
女性陣の真剣な顔つきを確かめてから、俺は魔力紙に赤い光を灯した。
□
魔力紙に記された作戦内容を俺は指し示しながら、話を続ける。
「まず、俺が本体の位置を見抜いて、みんなに共有するところまでは上手くいった」
「ここまでは、我がいた時と同じだな」
「その後、立ち位置の変更で問題が起こった。中衛と後衛が下がりつつ射線を通そうと横に移動したとき、カーラが前に出て先頭の魔物一体の進路を塞ごうとした。──カーラ」
「ひゃ、ひゃいっ!」
カーラの肩が跳ねる。
琥珀の瞳が落ち着きなく泳ぎ、喉がひとつ小さく上下する。視線の置き場を探しているのが、傍目にもわかった。
そんな気にしなくていいけどな。俺は手をひらひらと動かして、首を横に振る。
「後ろを守ろうとして、自分から動いたこと自体は褒めるよ。ほんと、よく動いた。さすがだったぞ?」
「え……」
「俺たちが目指してるのは、指示待ちで固まる集団じゃない。自分で判断して動ける集団だ。ただ、今日はそこが噛み合わなかったな」
アリスがすぐに言葉を継いだ。
「動こうとしたことは否定しないわ。でも今回は、あなたは遊撃寄りだった。あそこで合図前に前に出られると、敵が立ち止まるから、こっちも当てるために水際へ寄らなきゃいけない。そうなると、引き寄せを食らう危険が一気に上がる」
離れた位置に座るカーラに、アリスははっきりと釘を刺す。
カーラの肩がまた縮む。机の縁にかかった指先までこわばっていた。
このままだと、理由より先に萎縮だけが残る。
これはいかん、と俺は声を挟んだ。
「カーラからすれば、あの瞬間、前に出なきゃ後ろに抜けられると思ったからそうした。違うか?」
カーラがぱっと顔を上げ、琥珀の瞳をこちらへ向ける。
セーフ。どうやら彼女の意図を無事汲み取れたらしい。
「あ、あの、そのっ。先頭の一体は、ルールルーさんを狙おうとしていた、と思う。……その、あくまで思うってだけで、実際にそうだったかは断言できないけれど……」
カーラが両の人差し指を合わせながら答える。
目の置き場に困っているようで、カーラの瞳は揺れ動いている。
アリスが信じられないといった口ぶりで、周囲に意見を求めた。
「……そういうものなの?」
「我もなんとなく、戦闘中に連中の矛先を察することはあるから、信じてよいと思うぞ?」
「あの時確かに、ルーのほうに近づいて来てた」
カーラの説明に、カナメとルールルーが補足する。
それを聞き、アリスも一応の納得はしたようだった。
肩をすくめて、彼女は言葉を引っ込めた。
「だとしたら問題は、どこで止めるか、どの時点で前受けに切り替えるか、その判断を中衛の俺たちが自分たちの感覚でやろうとしていたことだな。カーラが持っている感覚と合わせる必要がある」
俺は続けて言った。
「カーラがどういう時に危ないと見るのか、どうやって後衛に抜かせないように立ち回っているのか、そいつを言葉に落とし込もう。で、連携訓練で合わせる」
「……うん」
「それで、俺たち中衛や後衛がどういった意図で位置取りを考えているかも、カーラに教える。アリスもそれでいいか?」
「ええ。感覚をあいまいにしたまま、また同じ目に遭うのはバカバカしいから、互いに感覚を共有しましょう。そっちの理屈はわかったわ。けど、合図を飛ばされると、こっちの組み立てが崩れるのは憶えておいて」
「す、すまない。わかった」
カーラが小さくうなずく。
カーラがアリスのほうにちらと目を差し向けるも、アリスの反応は薄い。
アリスは冷めかけたコーヒーをひとくち飲み、苦味を押し流すみたいに喉を鳴らした。冷めた苦い香りだけが卓の上に残り、言い損ねた言葉みたいに鼻に引っかかる。
「じゃあ、そこはひとつ目の修正点だな。ルー、記録頼む」
「ん」
ルールルーが短くうなずく。
指先に紫の光を灯し、グループ共用の魔導板帳に書き込みを行った。
「よし。続けて……」
□
夜。
自室の机でメモ用の魔導板帳を広げている途中、俺はゆっくりと腕を伸ばした。ついでに背筋を伸ばす。
(まだまだ、課題は山積みだな……)
壁かけ時計を見る。時刻は二十二時。針の音がやけに耳につく。
いつもの来訪者がいないかを確かめるため、俺は〈第四の目〉を開いた。
赤眼をたたえたまま、シャンデリアの光に満たされた部屋を見渡す。窓の隙間から入りこむ夜気が、火照った目のまわりに薄く冷たかった。
すると、いつもの来訪者がすでに部屋内にいることに気づいた。
窓枠の上に、黒い蛇がとぐろを巻いている。
《今宵も難しいお顔をしていますな、御仁》
「最近ほんと勝手に来るなあ。俺の監視か?」
カナメの喉元に巻き付いていた、あの黒蛇である。
カナメの才能〈女神の祝福〉と、カナメを女体化させていると思しき呪い〈男神の気まぐれ〉がぶつかって生まれたという、得体の知れない精神生命体。
艶を吸うような黒い鱗が部屋の光を鈍く返し、背の白いまだらだけが、細く浮いていた。
蛇なら土や生臭さのひとつもありそうなものなのに、夜気の匂いしかしない。そこが余計に気味悪い。
黒蛇が悪びれた様子もなく、窓辺から降りた。
黒蛇は主人であるカナメと〈第四の目〉を灯した俺以外には見えない。
最近この時間になると、黒蛇は俺の様子を見に、一匹でこの部屋にやってくる。
ほんとなんなんすかね? 俺のこと好きなんか? 俺は少しばかり警戒する。
《否定はいたしかねます。主の周りがどうほころぶか、気になるもので。主のために情報を持ち帰るのも、拙の務めでしょう》
「さいですか」
俺はため息をつく。黒蛇を放っておいて机に戻った。
視界の赤染を最低限に抑えつつ、俺は手もとの魔導板帳へ視線を落とした。
1 前衛・中衛・後衛間の連携練度
2 カナメの成長速度
3 マリーの負荷(回復役不足)
4 カーラがパーティーに融け込むには
《そちらがいまの課題とやらですか?》
黒蛇が俺の左頬の横から顔を出す。
どうやら、俺がきびすを返した際に背中へ飛びついたらしい。精神体のため、本来は感じるはずの冷たさは感じない。ただ見かけだけでも、思わず肩に力が入る。
「まーた、勝手にまとわりついてからに。……最後の以外は、カナメも知ってる内容だぞ?」
一度まとわりつく理由を問うてみたことがあるが、黒蛇は落ち着くからと答えた。
いったい何が落ち着くというのか。
原作ゲームには存在しない相手を前にし、俺のほうはむしろ鼓動が早まっている。
《して、カーラ殿の問題とは?》
「……はあ」
俺は諦めて、背もたれに体を預けながら首元の黒蛇の質問に答えてやることにした。
まだパーティを組んでから日は経っていないが、他のメンバーとカーラの間には壁がまだあった。
俺が思うに、それはリヴィエ村での学外実習を体験したかの差が大きいのだと思う。
あのリヴィエ村での実習のなか、マリーとルールルーは秘密を共有した。
マリーが半淫魔であること。男性に触れると魅了してしまうこと。
ルールルーが、大昔の魔法学者が造った魔法生物であること。
カーラだけあの場におらず、カーラだけがマリーとルールルーが何者かを知らない。
「カーラも、マリーとルーの秘密を知ったほうがいい。壁をなくすにはそのほうが早い。……ただ、それは俺の口からカーラに話す内容じゃない」
原作描写を見るかぎりは、カーラに伝えても大きな問題とはならないことはわかっている。
ただ、個人の尊厳にかかわる部分だ。
当人たちの意志を俺は尊重したかった。
「……これも、個人面談での相談ごとか」
《むむ?》
各メンバーとの週次で行う個人面談で、マリーとルールルーにそれとなく尋ねよう。
俺はそう決めて、魔導板帳を閉じた。
◆□◆
春シーズン第九週六日目、夕方。
週に一度の個人面談の時間。
自室の机を挟み、俺はマリーと向き合いながら話す。今回のマリーは青いシスターヴェールを被り、修道服の袖口をきっちり重ねて俺の前に座っていた。袖が机の縁を払うたび、モモに似た甘い香りがふっと揺れ、鼻の奥がむずつく。いかんいかん。
「申し訳ございません、モブ様。お断りします。モブ様の頼みと言えど、おいそれとそのことを口にしたくはありません」
まあ、それもそう。グラスの水を含みながら俺はうなずく。
シスターヴェールの影を頬に落としながら、マリーは困ったように微笑む。
彼女の固い意志を前に、どうしたものかと俺は頭を悩ませた。
頭をひとかきする。着ている赤基調のシャツの肩口がつっぱり、背中にうっすら汗がにじんだ。
「なら、替わりにひとつ頼みごとをしていいか? 結局、カーラのことなんだけども」
「? どういった内容でしょうか?」
「休日に、試しにカーラと俺とマリーで遊びに行かないか?」
「!」
俺がそう告げると、マリーは両手で口元を隠し、水色の瞳を大きく見開いた。
心なしか目元が潤んでいるようにも見える。
「カーラ様とモブ様と、三人で?」
「ああ。本当は、俺とふたりきりがいいんだろうけど。マリーにも友好の輪を広げてほしいと、俺は思ってる。……ダメかな?」
「いいえ、まさか。それでカーラ様と仲良くなれるかはわかりませんが……。あ、あなたとの、デート、マリーは楽しみにいたします」
そう言いきってマリーは俺から視線を逸らした。
机の一点を見つめたまま固まるマリー。
もしかしなくても、卓上にある俺の手を凝視していた。
この子、当日俺と手をつなぐことを期待してない? 絶対にそう。
魅了にかからないよう、前買った貞操帯もつける必要がある──。
俺は覚悟を決める。
以前にマリーの手を握った時の、指先にまとわりつく甘い熱を思い起こし、俺はひとり恐怖した。




