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その生物は、永い眠りについていた。
遥か宇宙の彼方から飛来して、戦いと天変地異に飲み込まれた。“星辰”、星の並びから力を得るその生物は、不運にも星辰に見放され、海底へとその身を沈めた。
その生物は、降り立った惑星の生き物からは、神と呼ばれるに等しい力を持っていた。やがて、その生物の存在が伝説の中だけの物と思われるようになり、その名も、とある作家によって、創作物に登場する神として、地上を支配するようになった人類に知られるだけとなった。
とある作家は記した。その生物の名を。
とある作家は記した。その生物の力、恐ろしさを。
とある作家は記した。星辰が揃い、その生物が再び目覚める時、人類の時代は終わるのだ、と。
とある作家、ハワード・フィリップス・ラブクラフト曰く、その生物の名は――――
「目覚めるか……! クトゥルフよ……!」
――――“大いなるクトゥルフ”。
復活の星辰は揃い、今、ルルイエの館と周囲を、矮小なる人間やディープワンズごと吹き飛ばし――――
眠りについていた旧き支配者が、ついに目を覚ました。
復活したクトゥルフの姿は、クトゥルフを知る者全てに困惑をもたらした。
クトゥルフ。ひげのような触手を持つ、タコに似た頭部。コウモリに似た翼を持つ、二腕二脚の怪物。それが、クトゥルフの本来の姿。しかし、目覚めたクトゥルフの姿は、どう見ても――――
「やつも“星の戦士の呪い”を受けていたということなのか……? だが、なぜ……」
クトゥルフは木製の車椅子から立ち上がり、館のあった丘の上から人間やディープワンズを見下ろした。深い色のサングラスに隠された双眸の。老齢な男性の姿だ。
そう。その姿は――――
「なぜ、“クトゥルフ”が“ラバン・シュリュズベリィ”と同じ姿をしている!?」
クトゥルフは己の体を見回してから、空を仰ぎ見る。
「深き海の底で、明日を信じ続けた……。道のりは遠く、険しい。だが、私はやり遂げる。あと、ほんの一歩だ。我が夢は、この日をもって結実する。そして、それは更なる夢の始まりでもあるのだ。ああ……。ああ! 素晴らしい! 素晴らしき宇宙の理よ!! 我が運命はここに在り!!」
そして、クトゥルフの視線が、とある人物に向けられた。
「お前もそう思わんか? 荒井純。ラバンに選ばれし切り札よ。やはり、あの程度のことでは死ななかったようだな」
ルイスに連れられ、ルルイエにやって来た純。クトゥルフはサングラスを取り、横長の瞳孔を持つ、タコの如き瞳で純を見つめていた。
「知るか。てめえ、ラバンの爺さんに何をした? みんなを元に戻せ。エインセルを返せ」
「エインセル? こいつのことか?」
クトゥルフは両手で自分の胸元の肉を破り、体内に取り込まれたエインセルを純に見せつける。
エインセルのスマホが、クトゥルフの脈動する体内に、無数の肉糸に包まれ閉じ込められていた。
「エインセル!!」
おぞましく捕らわれたエインセルを救おうと、純がクトゥルフに迫る。ファイアスターターに炎を全力で噴き出させ、クトゥルフに向かわせた。
クトゥルフが炎に包まれる。さらに、純の手がエインセルを取り戻そうと、クトゥルフの開いた傷口に伸びた。
だが、愚直すぎるこの攻撃が、純の命運を分かつことになってしまう。
エインセルへと伸ばされた腕を、炎に包まれたクトゥルフが掴んだのだ。
ファイアスターターがはめられた、純の左腕を。
「クトゥグアの力のほんの一部にも満たないこんな炎で、私を倒せると思っていたのか? 哀れだな。お前の戦いは、何も成し遂げられずにここで終わる」
純はクトゥルフの手を振りほどこうともがく。けれど、純のあがきは、クトゥルフとの圧倒的な力の差を彼に理解させるだけだった。
クトゥルフが自分の左手を空にかかげ、純に告げた。
「何もできないまま、見ていろ。お前の守り続けた世界が終わる光景を」
すると、クトゥルフの左手から禍々しい黒色の光の矢が、無数に空高く飛び出した。光の矢は空を覆い尽くすようにあらゆる方向に飛んでいく。
「お前……、何を……?」
疑問を口にした純の視界が、伊須升市の街並みを映した。クトゥルフが純に、伊須升市の景色を見せているのだ。
伊須升市の街並みが、一筋の黒い光が落ちてきた瞬間、爆発し、跡形もなく消え去ったのを見て、純の疑問が氷解した。
「やめろ……。おい……! やめろ!!」
ルルイエの地面が激しく揺れる。世界が揺れる。日本列島が、地球のあらゆる大陸が、揺れる度に、文字通り消え去っていく証拠だ。
「やめろおおおおおおおおおおおおおおおおおおおお!!」
純の視界が次々に切り替えられていく。アメリカ、中国、ロシア、イギリス、あらゆる国のあらゆる場所と残されていた人々が、クトゥルフの光の矢によって無残に消し飛ばされてしまった。
「人間如きにできることなど、何もないと知るが良い。お前の夢も覚悟も、何の意味もないと理解しろ」
消え去った世界中の街並み。惨たらしく転がる死体。地球は邪神の手により、地獄と化した。
一瞬にして行われた、あらゆる命を冒涜する、残虐な破壊行為。
純の夢は、平和にしようとしていた世界は、クトゥルフの手によって、ほんの数秒で消え去ってしまった。




