35
伊須升神社の境内に、神宮は一人で佇んでいた。
浴衣を着た神宮を彩るように、神社も境内も、提灯や飾りを輝かせている。その景観はまるで、夏祭りのようであった。
神社の階段を上がって来た純に、神宮は振り返る。
「来てくれたんですね……。先輩……」
静かな境内に、神宮の震えた声が響く。
他の人たちと違い、神宮は自分の意識を保っているようだ。純は安心して、神宮に駆け寄った。
「神宮! 無事だったのか!」
「先輩……」
近寄ってきた純に、神宮が抱き着いた。純も思わず、抱き返してしまう。
『ちょっとちょっと! ラブコメってる場合じゃないでしょ!』
「よかった……。神宮……」
神宮を強く抱きしめようと、彼女の背中に手をしっかり当てた時だった。
純は、神宮の背中に何か、背びれのような突起があることに気が付いてしまった。
「先輩……。ごめんなさい……」
神宮は涙を流す。
無力な少女が運命から逃れることなど、できるはずがなかった。
ディープワンズの血を引く彼女が、クトゥルフから命じられた純の殺害を避けることはできない。
地面に落ちたのは、空になった注射器だ。神宮が抱き着いた拍子に、純の背中に針を刺し、中身の毒を全て体の中に流し込んだ証。
純を殺した。その、証だ。
「神……宮……?」
「ごめんなさい、ごめんなさい……!」
純は全身が痺れ、地面に倒れた。こみ上げる気持ち悪さと、混濁する意識で、泣きじゃくる神宮を見上げる。
「純! しっかりしてください! 純!!」
エインセルが必死に叫ぶのが聞こえる。倒れた純を心配して、どうしていいか分からず、ただ純を呼びかけることしかできないエインセル。
そして純は、自分のポケットから、誰かがエインセルの入ったスマホを抜き出す感覚に、ぞっとした。
エインセルのスマホを奪ったのは、いつの間にか神宮の隣に立っていた、茜だった。
「ごめんね……。純くん……。私たち、ずっと純くんのこと騙してた……。クトゥルフ様が夢に出てきて、ずっと黙って言う通りにしてた。私とお兄ちゃんは、純くんがテレビに出るようになる少し前から。神宮ちゃんは、純くんと初めて会った時から……」
茜は泣き止まない神宮の背中をさすりながら、神社の階段を降りて行った。エインセルのスマホを持って。
「純! 純!!」
エインセルは咄嗟に、純に精神防壁をかけた。自分が離れても、しばらくはクトゥルフに純が洗脳されてしまわないように。毒に侵された純が、どうか生き残ってくれることを祈って。
「待て、茜、神宮……! エインセルを返せ!!」
茜も神宮も、純を置いて何処かへと去っていく。エインセルを連れ去って、純の手の届かない彼方へ。
意識を失う純に最後まで聞こえていたのは、彼を呼ぶエインセルの声だった。
「おい! おい!! お前らも……、エインセルも……、どうなっちまうんだよ!!」
声は届くことなく。
純の意識は消え、毒が彼の体からその命の灯火を奪っていった。