28
数日が経ったある日の夜、純が風呂からあがり、そろそろ寝ようかと思っていた時、“彼女”は純の部屋に突然現れた。
「こんばんわ! 久しぶりだね。純くん」
「あ、あんたは……!」
肩と腰のシースルーの黄布をひるがえし、どこからともなく現れた砂漠色の髪の踊り子は、純に抱き着いて来た。
「またあなたですか! 純から離れなさい! いかがわしい!」
純のポケットから、エインセルが威嚇する声で踊り子に怒鳴る。踊り子は気にも留めずに、しなを作って純の体にまとわりついた。
「ふふ。純くんに会いたいなーって思ったから。また出て来ちゃった」
「ぼ、僕にですか……」
「はあ!? ふざけんなこの露出狂!!」
エインセルのガチギレっぷりに、踊り子ではなく純がびくりとしてしまう。
「最近どう? 変わったこととかない? 誰かの態度が今までと全然違ったりとか」
「いやー……、ど、どうですかねぇー……」
踊り子の色香に、純は理性を保つのに必死でまともな答えを返せない。
「いいから純から離れなさい!!」
だが、踊り子は離れない。純を見上げる踊り子の表情は、何故か不安げだ。
「今の私には、あなたの周りに超越者がいるかどうかしか分からないから……。あなたの周りで何が起こってるか、見ることも聞くこともできないの。だから、警告だけはしておくね」
純の耳元で踊り子はささやくのは、彼が忘れかけていた夢の中での忠告。
「裏切り者に気を付けて。ノーデンスが言っていたことを、忘れないで」
「裏切り者……」
ノーデンスが出てきた夢のことを、純は思い出した。どうして、この踊り子が夢の内容を知っているのか、純にとって謎は増えるばかりで。
不安の種が再び純の中に戻り、芽吹く瞬間を待ちわびるかのように彼の中で蠢き始める。
踊り子が純から離れようとした時、ふと、純と踊り子の目が合った。
すると、踊り子が妖艶な笑みを浮かべ、純の顔に自分の顔を近づける。
「もしかして、期待してた?」
「な、なにをっすか……?」
図星の純は、さっと目を逸らす。踊り子はクスクスと笑い、純の頬に口づけをした。
「可愛いなぁ。純くんは。なんだろう。この胸がむずむずする感じ。こんな気持ちいい感覚が味わえるなら、この体も悪くないかもね」
「がああああああああ!! 私、この人嫌いです!! 純! やっておしまいなさい!」
「“やっておしまい”じゃねーよ……。俺はお前のそのテンションの方が怖い」
純とエインセルのやり取りを見る踊り子は、至って愉快そうだ。
「ふふ。仲良しなんだ。それじゃ、そろそろ限界だから、私戻るね。私の言ったこと、忘れちゃダメだよ」
踊り子の姿が薄れていく。純とエインセルに、謎と忠告を残して。
「――――君の敵は、君の周りにある全てを操れる存在なんだから」
翌朝。
「行ってらっしゃい。気をつけてな」
「行ってきます」
正道に見送られ、純は学校へと向かう。
最近の正道の父親らしい態度に、純はまだ少し慣れることができないでいて、こそばゆい気持ちはどうにもなくならない。
でも、純は嬉しかった。父が勇気を出して、変わるための一歩を踏み出してくれたことが、純の心にも大きな勇気を与えてくれた。どことなく不安なことが続く日々も、その勇気が純を元気づけてくれていた。
「お父さん、本当に元気になりましたね! 純!」
登校中、エインセルが機嫌よく話しかけてきた。
父のお陰か、最近の純は機嫌がよく、エインセルも純に影響されてご機嫌気味だ。女性がらみのことになると、度々ご立腹になることもあるが。
「そうだな。なんか、昔の親父が戻って来たみたいだ。……、お前のお陰なのかもしれないな。エインセル」
「え? 私ですか?」
エインセルは意外そうだ。けれど、これは純に褒めてもらえる流れかもしれないと、少し胸を踊らせる。
取り出したスマホに映るエインセルに、純は感謝の気持ちを述べた。
「お前と一緒に過ごすようになってから、なんかいろんなことが変わってきた気がする。一人で家でぼーっとすることもなくなったし、今までできなかった人助けもできるようになった。きっと、お前が良い流れを俺にくれたんだ。だから、親父も元気になってくれた。ありがとう。エインセル。お前と出会えて、よかった」
予想以上の褒め言葉に、エインセルは顔を赤くした。すっかり照れてしまって、純の方を見ていられない。
純はそんな彼女の頭の所を、ぽんぽんとタップする。
「じゅ、純……。恥ずかしいです……」
純は笑って、エインセルをさらにつついた。
「恥ずかしいって言ってるじゃないですか!! もう……」
「ははっ」
幸福で、平和だった。
でも、純はこの時間がずっと続くとは、どうしても思えなかった。
曇り空のせいか、やけに少ない人通りのせいか。昨夜の踊り子の忠告のせいか。
純の胸中には、今再び、一抹の不気味さが浮かんでいた。




