第5話
暖炉で薪が爆ぜる音が響くそれほど広くない応接間。
広さだけを見ればそれは中小の商家のものと大差なかったが、そこにある家具は彼らでは到底手が出ないような緻密な装飾をあちこちにちりばめられていた。
「詰みだよ、エレナ」
得意げな声で金髪の少年が告げた声に対面に座っていた少女がんあ~っ!という悲鳴を上げた。
「レオずるい!こんなところに騎兵を置いてるなんて!」
少女の様子にちょっと困ったような顔を浮かべた。
「エレナはまっすぐだからね。次にどうするかがわかりやすいから」
「……つまりレオはわたしのことがよくわかってるってこと?」
ぱぁとまるで雲の切れ間から覗いた日の光のような笑みを浮かべたエレナにレオは、頬赤らめながら目を逸らした。
「そ、そうと言えるかもね」
「嬉しい!」
エレナはそういうと椅子から飛び降りて机を回り込んでレオの腕を引っ張ると、強引に踊り始めた。
アルタ湖北西で起こった皇国軍52師団とプーケ王国軍の決戦は、皇国軍の勝利で終った。
皇国軍第8歩兵連隊と第6騎兵連隊第2大隊が西側から回り込んで横から攻撃したことで、プーケ王国軍は包囲されるのではないかと動揺した。
その瞬間を見過ごさなかったヴァレリオが第6騎兵連隊主力に突撃を命令したことで勝負は決した。
結果、王国軍は分断され、壊乱。
第一王子自ら率いていた軍勢は散り散りになって逃げて行った。
レオ……レオポルド・プーケ第一王子は無事に逃げ切ったようだった。
殿となって全滅したアルブラ公爵軍という犠牲のおかげで。
「父様が?」
「ああ。アーノルド・アルブラ公爵の遺体が確認された。最期は自ら剣を執られ、立派な最期だったそうだ」
「そうですか……」
ヴァレリオの言葉に私は気のない返事をして頷いた。
父が死んだ。
だがその言葉にはまったく実感が湧かなかった。
おそらく、いやほとんど確実に私があの人の死を招いたというのに。
もしかしたらレオも死んでいたかもしれなかったというのに。
私は急に寒気を覚えたかのように自らの身を抱いた。
とんでもないことをしてしまった。
そんなことばが頭を駆け巡った。
私は周りを見た。
暖炉はなかった。
ヴァレリオはそんな私の目を見つめて言った。
「私はそなたを王都に連れて行く。約束したとおりに」
私は力なく頷いた。
それからは王国軍が首都の南側にある山岳地帯に防衛線を敷いて、皇国軍はその前で一旦停止したので、大きな戦いはしばらく起きなかった。
その間、私は父の死を思い返す余裕がないぐらい仕事に忙殺された。
玉や火薬の補充の書類の処理、作戦計画を立てるための資料の用意、黒茶の用意、軽食の用意、寝床の確保、あれやこれや。
師団長の世話だけでこれなのだから、本職の補給関係の部署の忙しさは想像を絶するのだろう。
というか私がいなかったらどうしたんだろう、この人は。
「そなたがいないなら従兵に任せていた」
黒茶を飲みながら書類に目を通していたヴァレリオはそう言った。
なるほど。
あの大尉さんに任せていたのかもしれない。
「しかしそなたの国は一筋縄ではいかぬな」
壁に貼られた地図に顔を向けながらヴァレリオはぼやいた。
「帝国の軍も援軍として向かってきている」
「帝国が?」
頷いたヴァレリオは私から視線を外し、窓の外を見た。
私も視線を追ったけどそこには何もなかった。
「プーケ王家は帝国の姫を貰い受けるそうだ」
婚姻同盟。
貴族や王家にとっては当たり前のこと。
そして、第一王子には相手がいなくなった。
私はその言葉が聞こえなかったかのように質問した。
「それで、戦争はどうなっているの?」
ヴァレリオは、部屋の中に、地図に視線を戻した。
「時間が無くなった以上、我が軍は力攻めをするだろう。最も西側の街道に沿っての攻勢をして、一大決戦だな。そこが一番策源地となっている町に近く、道も広い。」
私はじっと地図を見る。
それを見たのかヴァレリオは言葉を重ねた。
「とはいえ、52師団はしばらく後方だろう」
「れ……王国側はこれに気付いているのかな」
「間違いなく気付いている。いや、誰でもわかるだろう」
なら、レオはどうするだろう。
あの人は、動きがわかっているなら対策も立てる。
地図に近づく。
王都から伸びている河をなぞる。
それは皇国軍の東側の湖に繋がっている。
あの暖炉がある別荘はこの湖のほとりにあった。
いや、今もあるんだ。
「ヴァレリオ。レオは決戦に付き合わないと思う」
私の意見を聞いたヴァレリオはガレスさんをはじめとした何人かの参謀を呼んだ。
「河川と湖を用いた迂回ですか。いやしかし……」
ガレスさんは唸った。
「遊兵となる可能性が高すぎます。決戦場に一兵でも多く用意するのが普通でしょう」
他の参謀たちも同じ意見のようだった。
「決まりだな。敵はこの手を使う」
断言したヴァレリオをガレスさんはあちゃーという目で見、他の参謀(その中にはあの大尉さんもいた)たちは信じられないモノを見るような目でヴァレリオを見た。
「間違いなく奇襲になる。決戦のつもりで拘束された我が軍主力は後方に現れた1万の軍に狂乱するだろう」
「しかしこんなもの侵攻軍司令部は信じませんよ」
ガレスさんのぼやきにヴァレリオは頷いた。
「司令部に伝令。52師団は、後方で警戒活動を行うとな」
「皇子……!」
「師団長と呼べと言っているだろうガレス。師団は湖の側に警戒線を張る」
そこまで言うとヴァレリオは私の方を向いて笑った。
「どうせ予備扱いなんだ。好きにやるぞ」




