第4話
それから私の個人副官生活が始まった。
個人副官制度は皇国独自の制度で、主に高位貴族が従兵の代わりに自分の個人的な部下……家令などの家人に軍での自分の世話をさせると言ったもののようだ。
ちなみに個人副官には、あらゆる意味で軍への指揮権は与えられない。(要望レベルなら出せる)
軍としては従兵としてそれなりの経験と能力を持つ下士官や下級将校を引っ張られなくて済むし、貴族側は馴れた人に身の回りを世話させられる。所謂win-winの関係というわけだった。
つまり秘書のようなもの、と言った感じが近い。
書類の処理、スケジュールの調整、会議の時に飲み物を出したり資料を用意したり、そういったあれこれだった。
ヴァレリオの部隊は準備が整っていないようで、私が個人副官となってから数日経ったけどまだ動かないようだった。
その日は、幹部クラスを集めての会議だった。
軍服姿の私は黒茶を出したあと、ヴァレリオの後ろに控える。
机の上には、地図が、このあたりからプーケ全土を含んだ地図が広げられていた。
そこにはプーケ南の国境を成している巨大な湖と河、山岳、そしていくつかの街道が描かれている。
他には私が知らない記号が描かれていた。
ガレスさんが口を開いた。
その手には指揮棒が握られている。
「課題となっているのは侵攻ルートだ」
席についている全員の注目が集まったことを確かめたガレスさんは言葉を続けた。
「時間的余裕から、このアルタ湖と山岳地帯の隘路を抜けるしかないが、抜けた先の敵の拠点や配置があまり把握できていない」
ガレスさんが地図の上の巨大な湖、アルタ湖の西側に描かれた街道を指揮棒でなぞる。
「この道を進むしかないが、隘路を抜けたところで行き詰ってしまい、この侵攻自体が失敗するわけにはいかない」
1人が手を挙げた。
若い貴族だった。
「あー、その少将閣下の龍偵の結果はどうだったのでしょうか?」
ガレスさんが反射的に怒鳴りつけようとしたところをヴァレリオの笑い声が押しとどめた。
「私は敵の竜騎士に追い払わられた。よってなにも情報は得ていない。ああ、敵がそれぐらい警戒していることはわかった」
その言葉を聞いた若い貴族は青い顔して
「承知いたしました、閣下」
と言った。
ヴァレリオを非難するような言葉になったことに気が付いたらしい。
ガレスさんがなにか言いたげにヴァレリオを見たが、ヴァレリオは素知らぬ顔で話を継いだ。
「よって強行突破する際の問題点と手順を検討し、共有する」
首を傾げる私に、隣にいたあの世話をしてくれた下級士官さん、覚えた知識で階級章を見ると大尉さんらしい、は小さな声で教えてくれた。
「1人ずつしか通れない扉の向こうで3人とかが待ち構えているようなものです。こっちが例え100人でも一度に戦えるのは1人になってしまう」
「つまり他に扉がないと絶対的に不利ってことですか?」
「ええ」
私は、あれ、とまた首を傾げた。
そもそも前提となっている街道が一本と言う点が気になった。
思わずヴァレリオを見た。
視線が合う。
なんだ?と言いたげな顔をした。
ならいいかと思って、小さく手を挙げてみた。
部屋にいる全員がこっちをみた。
私は、一度唾を飲み込んでから声を絞り出した。
「街道、他にもありますよ?」
私の出身地を知っているヴァレリオ以外の全員が一度目を剥いてから、場を和ませるための冗談だと受け止めようとして、そして多くが失敗した。
つまり顔が歪んだ。
「よい。場所を示してみろ」
誰かが何か言う前にヴァレリオが手招きをした。
私は頷くと彼の近くに進んだ。
地図を眺めながら説明を始める。
今いる拠点から指でアルタ湖までの街道をなぞる。
「確かに、今はアルタ湖からの水上交通網が発達したので、アルタ湖へと向かう街道が整備されたため、それが主流となっています」
そこから西に戻して北へと指でなぞる。
「でも古来よりアルブラ公爵領への交易路として二つの道がありました。遠回りだけど平地を通る道と」
さらに西の山岳部分を同じようになぞる。
「険しいけど最短経路を通る道です」
先ほどの若い貴族が嘲るような声で言った。
「そんなものがあるわけがない」
ヴァレリオはそれを無視するように命令を出した。
「直ちに偵察を出して確認させろ」
その指示を受けて、部屋から伝令が駆け出していく。
あまりにも早い対応に唖然とした部下たちの前で、ヴァレリオは立ち上がり睥睨したあと口を開いた。
「指揮官として構想を述べる」
最も西には騎兵連隊から1個大隊と騎兵砲中隊を抽出。迂回させる。同じくもう一つの道からは歩兵連隊を迂回させろ。部隊選出は任せる。
残りは主力として、事前想定通りに行動。
主力は力功し、できるだけ多くの敵を誘引・拘束し、迂回部隊による包囲によって敵を殲滅する。以上。
それだけを言うと周りの反応を無視して偉そうに座った。
ガレスさんが漸く声を絞り出した。
「閣下、道がなければ……?」
「たわけ。先ほど話していた通りだ。これから決める」
なんでもないように言うヴァレリオの言葉には妙に諧謔味があった。
偵察部隊からの報告は、道がある。荒れているが通行には問題ない、とのことだった。
命令は既に出ていた。一気に敷地内は騒がしくなった。




